他人に関心が無く、息子の発達障害にも関心の無い旦那。
園や市との就学前相談・面談も全てわたし一人。
小学校で支援級か普通級か。
そんな大事なことも旦那は黙り込んで話し合いにすらならず、結局は私が何度かソーシャルワーカーさんと面談を重ねて息子の意見も聞きながらですが決断しました。
相談を持ちかけると黙り込み、話しをやめるとスマホをいじりだすか、もうこんな時間か…と言ってすぐ席を立とうとする。
穏やかで、子育ても家事も非協力的というわけでもなく、仕事も真面目。
だけど、私にとってはもう夫婦として一緒に居る意味が分からず、
この先一緒に居たいと思えない。
息子の進路や障害のこと、その他一人で抱え込んでしまい、「もう疲れた」と伝えても、何事もなかったかのように関係のない話だけに食い付く旦那に腹が立ち、ここ最近は話しもしていません。
子供にとって良くないと分かっているけど、毎日一緒に過ごさなくてはならないからどうしようもない。
わたしはすぐに態度や顔に出てしまうので、
仮面夫婦にもなれそうにない。
離れたい。
でも、出来ない。
勇気もない。
わたしは収入も無く、子供の事もある。
だけどそれはきっと甘えのような、言い訳のようなものであって、必死に一人で働いて子供を育てている方達は沢山いて。
わたしが離婚に踏み出せない一番の理由はきっと。
『何が何でも、この子はわたしが育てていくんだ!』
という強い気持ちが持てない。
自信がない。
コロナ緩和で各地で様々なイベントが行われるようになり、息子の好きな乗り物イベントを調べ、行きたいと言ってくれたので連れて行った時。
その場に着いてすぐ、人の多さからか不機嫌になり、一つも見ずに帰りました。
じゃあ次は、滅多にない重機のイベントなら大丈夫かと、車で約1時間かけて向かった先でも。
会場に着くなり不機嫌で、「見ない」と。
息子の特性の一つなのか、
イベントによってはやったりする物もありますが、
何か試乗したり、体験するのを嫌がるようになり、
こういったイベントで欲しいオモチャが無いと、もう一切何も見ない。
行くと言って向かったのに…というイラ立ちと、ガッカリと、
楽しそうに過ごす周りの家族を見ては、泣きそうになりました。
連れて行かなければ良いのに、と言われるかもしれませんが、行ってみないと分からないし、何より、楽しんだり喜ぶ姿が見たかった。
全部、わたしの勝手な期待だけれど。
コロナ禍で体験させてあげられなかったこと、経験させてあげたかった。
きょうだいが居ないぶん、一緒に色んなところに行って、楽しい思い出つくらせてあげたかった。
全部、全部、わたしのただの期待と願望。
特性なのか性格なのか分からないけど、その期待と願望はいつか叶うかわからない「夢」となる。
勝手に抱いた期待を裏切られ、息子にイラ立ってしまうのは情けないとわかっているけれど、
少しはわたしも「普通」を夢見てしまうんだ。
もし、特性が無かったら…
もし、旦那がもっと理解してくれていたら…
そして息子は、イベントをなんとか楽しませようとするわたしの手を振りほどき、旦那とずっと手を繋いでいました。
その夜に行く予定だった、わたしが楽しみにしていた花火も。
行かないと言った息子は、夜になって
旦那と二人で観に出かけました。
息子を理解しようと、特性と向き合おうと、
必死に日々もがくわたしよりも、
自分の仕事と趣味、スマホと会話しているような旦那のほうが、息子に合っているんだな、と。
わたしのしていることは、
きっと息子にとってわたしの自己満足で、おせっかいで、うっとおしいのかもしれない。
旦那にとって、「そのうち成長していくのに考え過ぎ」と思われているのかもしれない。
そう考えたら、
わたしって何のためにここに居るのだろう?
息子と旦那のいる休日が、今は一番つらい。
息子の不機嫌に対して不機嫌になるわたしが家に居ると、空気が悪くなってしまう。
でも、全て私が悪いの?
変わらなくてはならないのは、わたしのほうなの?
「みんな、私が居なくなればいいと思ってるんでしょ?!」
…そう母に言ったという、姉の言葉を思い出す。
いまのわたしは、
自分の存在が息子の生き方に影響してしまうことが怖くなり、
“育て方で変わる”、“環境で変わる”、
“お母さんが笑顔で居ることで…”と、
こういった言葉を聞くとズシッと心が重くなる。
「もう少し、生きていたい」。
もう一つ、度々思い出す姉の言葉。
あの時、あなたはどんなことを叶えたかった?
あの時、何が違っていたら、
あなたは今ここに居たのだろう。