先日行われた、息子の就学前健診。
会場には別の幼稚園や保育園からの子もたくさん来ていて、
“小学校では新たにこの子たちと過ごす事になるんだな”と、息子に新しいお友達が出来るのかなという楽しみよりも、また環境が変わる小学校生活に大丈夫だろうかという不安のほうが大きくなってしまいました。
そんな中、その日は同じ幼稚園のママ友さんとたまたま受付で一緒になり、色々とお話ししながら健診の順番待ちをしていたのですが、
スクリーニングのことや、来年度のクラス編成のこと…
いつやったのか?・何クラスあるのか?などについて。
小学校の支援級見学にも行き、就学相談で何度かソーシャルワーカーさんにも面談や検査をして頂いている私は大体の事は知っていたけれど、ママ友さんの疑問に、わたしも知らないふりをしてしまいました。
そしてなにより、支援級を希望していることを、言えませんでした。
同じ園のママさん達の中でも息子の事を話しているのは支援級見学でたまたま一緒になったかたと、
もう一人、あるきっかけで上のお子さんが息子と同じ障害をもち別の学校の支援級に通学していると知ったママさんのみ。
入学したらいずれみんな分かるだろうし、隠すことでも、悪い事なんかでも全く無いのに。
息子の障害、そして支援級について、
自分が一番抵抗感を持っているのではないかという気がしてしまいました。
入学後、いま同じ園のママさんや子どもたちは、どんな反応をするのだろう。
みんな新しいお友達も出来ていくと思うけれど、変わらず一緒に遊んでくれるといいな。
それから。
そのママ友さんと、きょうだいの話しになった時。
息子が一人っ子という話しの流れで、わたし自身についてきょうだいが居るのか聞かれた時に。
“姉が居たけど、もう亡くなっている”という言葉が浮かんだものの、
とっさに「(私も)一人っ子です」と嘘をついてしまいました。
居ると答え、姉について聞かれたとしても。
生きていること前提で話しを造り上げるか、
もしくは病気で亡くなったと言って、微妙な空気になるか…
きっとどっちかだと思ったから。
でも、姉の存在を私が消してしまったような、姉と過ごした日々を全て無かった事にしてしまったような、なんだか自分の中でなんともいえない感情になりました。
わたしには、お姉ちゃんが居た、のに。
でもこの先、もし新たに誰かに出逢えても
姉のことを話せる人は現れるのだろうか。
亡くなったことは言えても
“自殺だったんです”、なんて。
息子にさえも、伝えることが出来ないことを。