先日、離婚経験のある学生時代からの友人と数年ぶりに会いました。


友人の元旦那さんは、友人と別れてから数年後に体調不良が原因で亡くなったと聞いていますが、友人との会話で、色々と考えさせられました。


「生きていたから、憎らしさもあったのに、

まさか死んじゃうなんてさ…」と。


亡くなると美化される…

これは、姉のこともそうかもしれません。


姉のことで悩んでいた、あの日々の感情はどこかへ消え去られ、

姉と過ごしたたくさんの良い想い出だけがキラキラとよみがえり、愛おしい日々だったと振り返る。


ならば、いま自分が旦那に抱いている感情も。

もしも離婚したら、気持ちが解放されるのかもしれない。

でももしも、もう二度と会えない人になってしまったとしたら。


感覚の違いから生まれたこの夫婦の溝は、

どうにか出来たはずだと、わたしはまた後悔するのかな。

私がどんなに怒りをぶつけ、無視する日々が続いても、

“おはよう”、“いただきます”、“お弁当ごちそうさまでした”などと、毎日欠かさず声かけしてきた旦那。

そうして過ごしてきたこれまでの日々も、すれ違ってばかりだった感情も、美化されていくのかな。


良いことも、そうでないことも。

相手が、生きているからこそ生まれる感情。


『明日も、あなたはそこに居る。』


当たり前すぎて、時々忘れてしまうのです。

それが、必ずしも当たり前ではないということを。