とらこさんこんんちは



 わたしが生後2週間で第2子である娘を亡くしたとき、
 お兄ちゃんは4歳でした。
 おばあちゃんと家にいたお兄ちゃんは、
 両親が前夜に救急車を呼び、
 明け方に妹が病院で死んだことを、
 翌朝起きるまで知りませんでした。
 それから病院に娘を迎えに行くのから、
 通夜の夜は家族四人で寝て、
 葬儀、火葬、納骨も全て両親と一緒に連れて行きました。


そうでしたか

娘が亡くなった直後から、
けっこうきわどい事まで
お兄ちゃんにはっきり説明してきたように思います。
あいまいな言い方だと
「赤ちゃんが生き返ってくる」と思わせそうで、
おにいちゃんからいろいろと聞かれるときは、わざと
「○○ちゃん(妹)は病気で14日しか生きられない、
それはどうしようもないことだったの。
死んでしまったのでもう○○ちゃんが
同じ赤ちゃんとしては生き返らない」
と答えました。



そうですか

 一年以上たった今はほとんど悲しがる様子はありません。
 の前で「○○ちゃんに見せるの」とCDに合わせて踊ったり、
 折り紙や摘んできた花を飾ったりしてくれます。
 お兄ちゃんとしてお世話している気分のようです。


お兄ちゃんになれてるんですね

 夫は娘を亡くして、
 いちばん悲しいのは母親の私だという思いが強く、
 「守らなければ」と思っていたようです。
 でも嫌がる夫をムリヤリ受けさせた職場のカウンセリングで、
 「守るとはなにから?
 それに奥さんは守られたがっているのでしょうか?」
 とカウンセラーから言われてはっとしたそうです。


「守るとはなにから?」
そうか
なるほどね・・・



 それからはわりと、
 自分の気持ちをお互い話せるようになったのですが
 娘の写真やビデオをときどき見ている私と、
 いまだに見れない夫。
 成長した娘の姿を想像する私と、
 生きていたときの記憶で止まっている夫。
 どちらがいいとかでなく、
 だいぶ違うんだなあと思います。


たしかに
どちらがいいというのでなく
やっぱり違うんですね

 竹内先生に、こうやっていろいろな方の話を
 聞ける場を作っていただけてほんとうに感謝です。
 ありがとうございました


そういってもらえて
嬉しいです
教えてくれてありがとう



鳩山さんは
鳩山さんなりに
頑張ったけど

政治は
彼の理想を形にしてゆく
場ではなかったのだと
僕は思います



「国民が聞く耳を持たなくなった」
発言が波紋を呼んでるけど
これは鳩山さんの本音でしょう

甘いといえば
甘いのかもしれない

ただこれを
資質の問題と
切り捨てていいんだろうか

じゃあ、誰がやればいいの?

首相が代わっても
政権、政党がかわっても
「コンクリートから人へ」
のコンセプトは
これからの時間軸に
しっかりと刻んでいって
ほしいです

こういうことは
制度や力で
すなわち政治で
切り開いてゆくのでなく

根っこにいる
僕たちひとりひとりの
意識から生まれてくる
ものだから

変える
変わるためには

文句を言うでも
人のせいにするのでもなく

やっぱり
自分からだよね

まずは、自分たちが
生き抜いてゆくことが
先決だけど

つながってきた命を
次の世代へ
つないでゆくために

未来、将来のこと
もう少しだけ意識して

痛みをともないながらでも
僕たちにできることは
やっていこうよ

結果はでなかったけど
次につなげる
とっかかりを
作ってくれた
鳩山さんに

僕は
お疲れさまでしたを
言いたいです

のんのさんおはよう

今日は当直で
今、ひとつのお産が終わりました

前回は児頭の回旋も悪く
最後に僕が鉗子をひいた方でした
産院に来てから19時間かかりました

ところが、今回は19分でつるん
僕は横で見ているだけでした

お産っていろいろだな・・
って、思いながら
部屋に帰ってきて
のんのさんからの
返信を読みました

 早くから名をつけて
 一生懸命こちらに
 引き寄せようとしましたが
 かなわず


そうでしたか・・・

半分の心臓って
左心低形成だったんですね

 苦しい時期を通過して
 長男と、次男の死後一年を待たずに迎えた
 長女と、暮らしています


きついけど
きつかったけど
皆にはかかせなかった
時を過ごしてきて
今がある

苦笑しながら
「お母さんより長生きしてね」
って、子どもたちにも言うことができる

読ませてもらって
清々しい思いがしました

今日も、1日
産院に来てくださる方々
一人一人に
丁寧にかかわらせて
もらうことができそうです

また、大切なこと
教えてもらいました

ありがとう

あ~、お腹すいた
これからシャワー浴びて
朝ごはん行ってきます

産科医として
至福のひとときです

→ のんのさんからの最初のお便り

朝、7時55分