ケイママさん こんにちは
来月で第二子の長女を36週で子宮内胎児死亡で亡くしてから、一年を迎えます。
産院から胎児に異常があると言われて
自宅から車で一時間の周産期センターへ転院し、
娘の体の奇形、予後の事、羊水検査の事…
数々のショックと、その娘を産む怖さ、
でも産みたいと頭の中がぐちゃぐちゃのまま、毎週通っていました。
梅が咲き、桜が咲き…脱け殻のような妊娠後期でした。
そうでしたか…
最後は不思議な夢を見て、翌朝娘の心臓は止まってしまいましたが、
不思議な夢を見た次の朝でしたか…
転院先での先生との出会いに救われることもありました。
娘が出会いをくれた、優しい先生…
救われた出会いもあったのですね
よかったです
先生の子宮的に生きる 言葉に救われました。
伝わっこと、嬉しいです
どんな私でもいい。このままで良いんだと。
そのままのケイママさんでね
今月にあるグリーフケアの講演会に申し込みました。
今は、四歳の息子にお空じゃなくて
地上にきょうだいを迎えてあげたくて待っていますが、
なかなか来てくれなくて、悩んでいます。
講演会を聞いてまた主人と一緒に一歩進めたらと思っています。
そうですね、ボチボチと一歩ずつ・・・
教えてくれてありがとうです
コーチさん
おはようございます
「許す-許されるの関係」
「正直に話し合える関係」
その理想の関係を築くために必要なことは、
双方が「しきゅうちゃん」の考え方を持つこと
だと思います。
ありがとう
人と人が関わる仕事って
そういう関係が築ける場があって
成り立ってゆくのかなって思います
何らかのきっかけで
一度かぶってしまった殻を
意図的に自分で脱ぐのは
きっと独りじゃ不可能に近く、
「しきゅうちゃん」的な考え方の人がそばで
支えてあげることが必要なんじゃないかと思います。
そうですよね
この人なら話せる
この人ならそのままの
自分でいれるって
思える人って
きっと“しきゅう(ちゃん)”的に生きている
人なんじゃないかなって思っています
”しきゅうちゃん”は
自分がこうなりたいと思って
つくったキャラクターでもあります
人が「生まれて良かった、生きてて良かった」
と思えるためには
お金も診療行為も、実はオプションで、
一番大事なのは「空気」(気持ち)なのかもしれません。
医療の場でも
“私はあなたのことを気にかけている”
って空気は相手に伝わります
結果が約束できない場で働くものとして
相手とのコミュニケーションで一番大切なのは
沢山の情報を伝えることでなく
その時の情緒・空気を共有することって
僕も感じています
この仕事をしていて
一番よかったって思うことは
そうして、空気を共有できたことで
その方のお役に少しだけたてたかもしれないって
感じる時です
私事ですが、この春からの就職が決まり
今度は学校現場で働かせていただくことになりました。
このブログの、先生や皆さんからのメッセージの
「医療」を「教育」に置き換えても
同じ事が言える、としみじみ拝読しています。
人と人が関わる仕事の
根っこはきっと同じなのでしょう
仕事に復帰されるのですね
おめでとうございます
また感じたこと
いろいろと教えてくださいね
Yさん こんばんは
搬送を断った病院に勤めていました。
そして、医師が断った瞬間に立ち会っていました。
その日の夜勤の分娩係でした。
そうでしたか・・・
引き受けられるなら引き受けたい。
でも、引き受けることができないのであれば断らざるを得ない。
き受けられないのに引き受けることが、無責任になるのを知っているから。
そうですよね・・・
私は、分娩係助産師として当直医師と共に
引き受けないのが最善だと判断したので断りました。
でも、そのことはなかなかまわりの人には受け入れてもらえず、悩みました。
そうでしたか ・・・
その時にはなかなかわかってくれないかもしれないけど
苦しかったと察しますが
ブレずに、あなたのままで
仕事を続けていって欲しいです
そういう不全感を持ち続けている助産師も
この世の中にいることを知ってもらいたいと思います。
教えてくれてありがとうです