「元気な赤ちゃんを産んで」と言うお兄ちゃんに、
 もう一度、産んであげたいとは思います。
 でも、やっぱり、怖いです。
 もし、また同様のことになれば、
 もう、立ち直ることなど、できないような気がします。
 もしも生まれたとき、お兄ちゃんは、
 どのような気持ちになるのでしょう。
 考えると、不安はつのります。



 お兄ちゃんが、ちょっと体調を崩しただけでも、
 また、死んでしまうのでは・・・と、
 不安に襲われることもあります。



お産は怖いし
お兄ちゃんも死んでしまうのでは
って思うんですね・・・



予期しなかった出来事に遭遇すると
同じことをするにしても
これまでとは違った感情に包まれしまいます

立場は違うけれど
ちょっと医療者の話をさせてください

実は、医療者も予期せぬお産を経験すると
「また何かが起こるのでは・・・?」
って、お産に向き合うことが怖くなるんです

それでも、また次の日から、仕事として
お産に関わってゆかなくてはいけない
それはつらいことです

きっと、みなみさんのお産に立ち会った
助産師さんたちもそう感じていると思います

その時に感じている気持を表出し
受けとめてもらいながら
お産の場で過ごさせてもらう
それが、一番いいのかなって僕は思っています

以前と同じには戻れないし
時間はかかるけれど
また新たな自分を見つけることができるん
ちょっと謙虚に、ちょっと優しくなれるんです



みなみさん おはよう
お返事ありがとう(ブログ398にも掲載)

 先生とお話をさせていただくことができ、
 誰かを責めるのは間違っているのだとわかりました。

 助産師さんが気づかなかったから、とか、
 先生が来てくれなかったから、とか、
 そのような思いがありましたが、
 見た目は異常なく、誰にもわからないところで、
 息子の容態が悪くなっていたのでしたら、
 誰のせいでもありません。



 先生や助産師さんに、
 何を話せばよいのかわからなくなってしまいました。


そうでしたか・・・

僕と話したことで
誰かを責めるのは間違っていたとわかった
何を話せばよいかもわかならくなってしまったのですね

最初にブログで、みなみさんの経緯を知った時
みなみさんから直接お話しを聞かせてもらうことで
お役にたてるのかもしれないとも思いました

それは、湧き上がってくる、疑問や不信の「なぜ?」対して
きちんと応えてくれる相手がいればいいのですが
そうでなければ、そこから生まれてくる憤りや憎しみが
心のおおくを占領してしまい

本来おこってくる、悲嘆に
集中できなくなってしまうことがあるからです

できれば、直接かかわった医療者と
このようなやりとりが、できればいい
でも、実際は難しいですよね

今回お会いさせてもらった理由のひとつに
その時に、かかわった医療者に
みなみさんの、そのままの気持を
知ってもらいたいと感じたことがありました

不信や疑問って
お子さんが亡くなられたときにの
ショックで真っ白であった時期から
間をおいて芽生えてくることが多く

その時には、担当だった医師や医療者が
知ることは残念ながらとても少ない

その両者のすれ違いを埋めることはできないけれど
そうして、お互いの思いが
違ってるんだって感じることから
生まれてくることがきっとある

その“つなぎ”役になれればって思いました

390.「どうして?」 母子手帳:深い背中の傷:1か月検診:そして言葉

にこれまでの経緯を書いていますが
昨年の11月からブログをとおして
かかわらせていただいた
みなみさんと3月9日にお会いしました



そのみなみさんが
今のそのままの気持ちを教えてくれました
ありがとうございます

僕の感じたことは、またあらためて
書かせてもらいますね

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竹内先生こんばんは
みなみです。



医師に話を聞きに行くべきか、行くべきではないのか、
どうするべきか、毎日考えていました。
考えれば考えるほど、どうしていいか、
わからなくなってしまいました。



先生とお話をさせていただくことができ、
誰かを責めるのは間違っているのだとわかりました。
助産師さんが気づかなかったから、とか、
先生が来てくれなかったから、とか、
そのような思いがありましたが、
見た目は異常なく、誰にもわからないところで、
息子の容態が悪くなっていたのでしたら、
誰のせいでもありません。



先生や助産師さんに、
何を話せばよいのかわからなくなってしまいました。



もし、第三子の出産を考えたとき、
今回のことが、次回の分娩にもかかわることであれば、
しっかりと聞いておかなければなりません。
「そんな出し方したら、あかちゃん死ぬぞー」と言われましたから、
私は、あかちゃんを殺すような分娩をしていたのかもしれません。



「元気な赤ちゃんを産んで」と言うお兄ちゃんに、
もう一度、産んであげたいとは思います。
でも、やっぱり、怖いです。
もし、また同様のことになれば、
もう、立ち直ることなど、できないような気がします。
もしも生まれたとき、お兄ちゃんは、
どのような気持ちになるのでしょう。
考えると、不安はつのります。



お兄ちゃんが、ちょっと体調を崩しただけでも、
また、死んでしまうのでは・・・と、
不安に襲われることもあります。



疑問に思うことや、私のつらい気持ち、こうしてもらいたかった、等、
病院に伝えたい思いは、たくさんあります。
でも、これまでの病院の対応を思い返すと、
私の思いを伝えたところで、
受け止めてはもらえないような気がしてしまうのです。
急に、言動が変わるとも思えないのです。
想像でしかないのに、弱気な思いだとは、わかっているのですが。
病院にとっても、医師にとっても、助産師にとっても、
私は、通りすがりの、ひとりの母親でしかないのです。



気持ちをわかってもらいたいとは思いません。
当事者でないと、わからなくて当然ですから。
搬送してしまえばおしまい、といった感じの、
事務的な病院では、つらく、悲しい気持ちを
一緒に受け止めてもらえるような温かさを、
感じることはできませんでした。



搬送先では、マニュアルではなくて、
息子をたったひとりの一個人として、
大切にかかわってくださり、
息子のためにどうすればよいのか、
また、いずれ遺族になる私たち家族にとって、
今、なにができるか、と、考えてくださいました。
お兄ちゃんを、生きている弟に会わせてあげることもできました。
自分の声で目を開けてくれたから、
弟はお兄ちゃんのことが一番大好きなのだと、
嬉しそうにしています。



1回3mlの母乳を、胃に入れてあげることもできました。
かすかな匂いで、母のぬくもりを感じることができたのだと思います。
いずれ、あげられなくなるとわかっていても、
そこで産んでいなくても、助産師さんは、
母乳の指導をしてくださいました。
最期に、初めて抱くこともできました。
力をふりしぼって、私を見つめた、
ママ・・・と言っているかのような、かわいい、大きな目を、
私は忘れることはないでしょう。
自分の手で、沐浴をさせてあげることもできました。



NICUでは、私たちに、しっかりとかかわってくださいました。
そこに、優しさや温かさが感じられ、
つらいながらも、息子は幸せであったと感じることができました。



竹内先生にお会いして、話を聞いていただくことに、
不安はありませんでした。
先生の言葉から、私の気持ちに寄り添ってくださる
温かさを感じたからだと思います。



息子が、竹内先生なら大丈夫だから、と、
めぐり合わせてくれたのだと思いました。
先生が一緒でしたら、何も心配することはありません。
もし、心が傷つくようなことを言われても、
助けてくださるのでは、という安心感があります。
そこまで甘えてはいけないのだと思いながらも、
先生が病院に、付き添ってくださるなど、
普通はありえないこと、奇跡的なことなのだから、
話を聞きにいくべきだと思いました。
思ったこと、感じたことを、伝えるべきだと思いました。



そう思っているうちに、お兄ちゃんが体調を崩しました。
私は、亡くなった息子のことにばかり
心がいっていてはいけない、という気持ちになりました。



お兄ちゃんは、小さい頃から、感受性豊かな子でした。
私の気持ちを敏感に受け止めます。
お兄ちゃんに目をむけ、大切にしているつもりでも、
何かを感じるのだと思います。
弟を亡くしてから、ぐずるときには、今までにないくらい、
強い力で、私をなぐるようになりました。
私にしか、しないことです。
まるで、いつも抑えている気持ちを、発散するかのように。
ママ、ママと、甘えん坊のお兄ちゃんですが、
弟のことを大切に思い、優しく言葉をかけています。
でも、心の中には、私以上に、つらい気持ちを抱えているのです。
これから先も、弟を亡くした事実が消えることはありません。
私よりも、長い年月、悲しみを抱えて生きなければならないのです。
今はお兄ちゃんが、4歳児らしく、
笑って過ごすにはどうしたらよいか、考えています。



今は、過去に戻って、
話を聞きに行くべきではないのだと感じています。
例えば、胎盤の検査をしたわけでもなく、
今更、真実を知ることはできないでしょう。



事実として言えることは、
息子は17日間、精一杯生きていたということです。
私のおなかの中で、10ヶ月間、元気に生きていたということです。



もう、幸せな日々には二度と戻れないと絶望していました。
でも、お兄ちゃんは、幸せに生きていってほしい、と願います。
しかし、母親の私が幸せではないのに、
わが子は幸せだと思えるでしょうか。
私が幸せでないということは、
お兄ちゃん、そして、亡くなった息子の存在を、
喜ばないことになるような気がしてきました。



私は、不幸になりました。
でも、ふたりのかわいい息子は、私を母に選んでくれました。
私は、とても幸せです



息子が私を母に選び、
生まれてきてくれたことを幸せに思いながら、
17日間、一生懸命に生きていた息子を、
がんばったね、えらかったね、とたくさんほめて、
ふたりの息子を大切に思い、生きていくことが、
一番よいのではないかと、今は感じています。



医師の言動など、すべてを許せたわけではありません。
たぶん、そのままの自分、ではないのですが、
上手く言えませんが、母として、子を大切に思うとき、
自分中心の思いを抑えなければいけないときもあるのでは、
と今は思います。



誰かを恨んでも、憎んでも、
先へは進めないのだとわかりました。
なぜ、どうして、と振り返るよりも、
心穏やかに、亡くなった息子のことを思いながら、
お兄ちゃんのことを考えることが大切なのだと思っています。



文章がまとまらず、
何が言いたいのかわからなくなってしまいました。
すみません。
私の考えは、間違っているのかも知れません。
これからも、つらい気持ちが続くのかもしれません。
でも今は、病院に話を聞きに行くのはやめようと思っています。



先生が、思いをつづった私の言葉に気づいてくださり、
見ず知らずの私に、手を差し延べてくださったこと、
本当に嬉しかったです。
また、伝えたいことがありましたら、
お伝えさせていただきたいと思います。
そのときはまた、よろしくお願い致します。



竹内先生には、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございます。



投稿: みなみ | 2010年3月29日 (月) 01時26分