すぅママ さん
つづけてこんにちは

 お腹にいる時から18トリソミーと聞かされていたので
 健常児とは違うだろうと予測はついていました。
 実際産まれて顔を見た瞬間に可愛くて親バカになったくらいです。
 体を見ると、右手の多指症、両足底がロッキングチェア様、でした。
 そんな体さえも私には全てが可愛かったです。



そうでしたか
全てがかわいかった
わが子ですもんね

 病室へ戻り顔馴染みの看護師さんが
 『可愛い顔してたね』と言ってくれたことが
 凄く嬉しかったです。


ねえ、きっとその看護師さん
素直にそう思ったんでしょうね

現場で働く僕たち医療者に
そんな意識があれば
どんな状況であっても
きっといい出会いができる

僕はそう思っています
 

すぅママ さんこんにちは

 私は一昨年11月に息子を死産しました。
 その時、上の娘は当時5歳になったばかりでした。
 出産直後の息子に会わせるのは酷かと思い、
 火葬場での初対面となりました。
 未だに弟の死をどのくらい理解しているか分かりません。


そうでしたか

 その当時、保育園に通っていてクラスの皆が
 娘に兄弟ができることを知っていました。
 死産後、私が保育園に行くと一人の子に
 『赤ちゃんどうしたの?』と聞かれました。
 私は素直に『赤ちゃんは病気で死んじゃったんだよ』と答えました。


素直に言えたんですね

 もしかしたら娘も同じ質問をされていたのかと思うと
 申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。


ねえ

 こちらから聞いても多くを語らない娘なので
 娘が弟を亡くして悲しかったのか、ホッとしたのかは分かりません。 
 でも、今でも時々ではありますが息子に話しかけてくれています。


息子さんに話しかけてくれる
それは嬉しいですね

 どういう接し方が正しいのか分かりませんが、
 私は普段通りがいいのではと思って過ごしてきました。


そうですか
普段通りがよかった・・・
教えてくれてありがとう

星のママさんおはよう
ご無沙汰です

 日々の仕事と、歩みで必死でした。
 良武を亡くして8月で4年、
 そして星李良の2年目の命日を迎えました。
 その日々の中で、現在11歳である長男は
 とても私の心身状態に左右されたと思います。


そうでしたか

 良武を亡くした時に、
 私は「母である自分」を意識出来ませんでした。
 亡くして3週間経った時に
 やっと会話をした際に笑みを少し浮かべたら
 「お母さんが久しぶりに笑ったね」と
 当時小学2年生だった長男が発しました。
 そこでやっと「私は母である。。」と認識しましたが、
 この子の前では泣いてはいけない…と
 ある意味闘志に近かったと思います。
 でも、夫とはすれ違いでした。


そうだったんだ・・

 その2年後星李良を亡くした際には、
 長男の方が泣き崩れました。
 そして私が亡くして5ヵ月後に職場復帰後、
 長男は半年間不登校になりました


ねえ・・

 現在は、自分の存在意義、
 自信を取り戻しつつあると思います。
 そして、亡くした当初は、
 「お母さんを失うのが怖い。生きているのが怖い」
 と話していた長男に、
 「貴方の人生をいつも見守っているし、
 お空に行っても独りでは無いよ。
 兄弟もいるし、君が願えばお母さんはいつも一緒だよ。」
 と諭して来ました。
 夜中に急に泣き出した事もありました。
 でも、生を大事に毎日を生きていく姿を見せていく中で
 落ち着いて来た気がします。


生を大事に毎日を生きていく姿を見せる・・・
すごいことだね

 そして、来月からやっと
 不妊治療を再開しようと決意出来たのも
 「お母さん、絶対、絶対諦めないで」との
 長男の言葉と、成長から勇気を貰っています。


そうだったんだ・・・
教えてくれてありがとう

祈っています