もう少し続きますが、
がんばっていきましょう。
さて、
日本の神社には
石が祀られていますね。
日本では
祭祀は
巨岩から始まり、
陸上に降りてきたので
石が
祀られているのでしょう。
光岡八幡宮の境内の
小さな石を祀る祭祀場で
写真家の奥聖さんが
撮影された写真を
お届けしていきます。
石は波動を持っている
エネルギー体だと感じる映像です。
古代の人は
境内・石の祭祀場
確かに
光の文字は、
梵字や古代文字の様に見えますね。
梵字
梵字(ぼんじ)とは、
インドで使用されるブラーフミー系文字(英: Brahmic script)(インド系文字(英: Indian script))に対して、日本や東アジアで歴史的・伝統的に用いられてきた総称的な漢訳名である。
の意だが、
起源であるブラーフミー文字が「ブラフマー(梵天)の創造した文字」を意味するので、
それを意訳したものとも解される。
日本には
神代文字、古代文字という
文字がある事は明らかにされています。
その文字を
一部紹介させて頂きます。
出雲文字(いずももじ)、
豊国文字(とよくにもじ)、
阿比留草文字(あひるくさもじ)
この光の文字は
古代文字の一つである
阿比留草文字(あひるくさもじ)
に見えてきました。
阿比留草文字
阿比留草文字(あひるくさもじ)は、
各地の神社において神璽や守符、
奉納文などに用いられている文字である。
神代文字の一つともされている。
この阿比留草文字(あひるくさもじ)
を掘り下げた学者がいて、
その方の見解を
引用させて書かせて頂きます。
「今から三千数百年前まで遡ると言われている
中国の甲骨文字と比べて、
両者のつながりを調べた結果、
日本の阿比留草文字(あひるくさもじ)は
殷の甲骨文字の草書体である、
という結論に達した。
阿比留草文字は、殷代より
だいぶ後なってから作られたのではないか、
とも考えてみたが、
これは、1899年(明治32年)に
中国で発見されるまで
長い間、その存在が忘れられてきたことや、
甲骨文字の発見以前に
すでに阿比留草文字の存在が
平田篤胤の「神代日文伝」に
記されていることを考えれば、
ありそうにも思われない。
しかも
日本の縄文遺跡から
甲骨文字と見られる
文字を刻んだ遺物が
最近になって
次々に見つかり始めている事から考えると
日本における
阿比留草文字(あひるくさもじ)
の歴史もまた、
少なくとも
縄文時代まで遡ることが、
ほぼ確実だといえる状況になってきている。」
以上になりますが、
長くなるため、端折って
学者の見解を書かせて頂きました。
石は波動持っていて生きていて
神が宿っている。
私自身、
波動を持っている石から
その事を
伝えて欲しいと
託されているのでしょう。
巨岩信仰
古代の人は
巨岩と向き合ったとき
神の存在を感じた。
汚してはいけないと。
祭祀の場所は
巨岩の岩に始まり巨岩の陰、
そして
露天の平坦地と移行していった。
世界文化遺産に登録されている
沖ノ島では
岩と岩の重なる隙間に
丁寧に奉献品が並べらていました。
詳しい事を知りたい方は
世界遺産「神宿る島」
宗像・沖ノ島と関連遺産群のホームページ
沖ノ島と古代祭祀
をご覧下さい♪
亀石