医の本質~本編②~

 

「宇宙の法則」と不調和な状態、バランスを取ろうとしている状態、それをお知らせしてくれているのが、病気、疾病の状態です

 

そして「本当の自分」=「宇宙の法則と調和している意識」=「宇宙の本質」に向かう道、そのプロセスそれが「医」の本質です

 

医の文字の「矢」は、「小さな自分」→「宇宙の本質」に向かう「矢」であり、

 

本当の自分=形のない次元、一つの命に導くもの

 

それが医であり、その案内図、道案内、、それが医療と申し上げました

 

つまり、医療とは、小さな自分が宇宙の本質に進むべき道(

プロセス)を教えてくれるガイドさんみたいなものですね

 

しかしそう申し上げると何か、自分がこの地点から次の場所にいくようなイメージを持ちますが、

 

これは、全くそうではなく、実は「その真反対」のことなのです

 

外側の何か環境を変えたり、何か努力して行動したりすることではなく(それも必要ならするのもいいのですが)、

 

昔から、家宝は寝て待てと言いますが、じつは「何もしないこと」なのです

 

何かしたくなってしまうのが、人間の性ですが(これをカルマといいますが)、、

 

実は医療の本質は「何もしない」をおしえる道案内なのです

 

このことは一見今の常識からすると、とても受け容れられないような感じがしますが、

 

実はそうではなく、巷には色んな療法、現代医療、代替医療、ホリスティック医療、心理療法、セラピー等々溢れかえっていて、

 

病気を治す為なら、どれでも片っ端からとっついていく傾向がありますが、

 

そうではなくどの療法を選択するにしても、その療法をよくよく吟味して検討して(多元的に)自分と向き合うプロセスが最も大事ということです

 

何もしないの道案内というのは、何もしないことを「する」ことではなく、

 

自分と向き合い、自分を緩めていく、自分を赦していく、自分を解放していく、開放していく、自分を手放していく、自分を明け渡していく、、様々な表現ができますが、

 

実は、この身体を生かしている大いなる命、唯一無二のこの生命がこれをしてくれているわけなので、

 

そこに降参するようなイメージです

 

ですから、自我が執着して余計なことをしなければ、潜在意識の蓋が開いて自然治癒力が発動します

 

身体をかためているのも、呼吸をしているのも、体温をたもっているのも、

 

血液を流しているのも、心臓を動かしているもの、

 

全てこの宇宙の本質の力(五大)、唯一無二の大いなる命、無意識の大きな世界がしていることで、

 

「この小さな自分=自我」がやっていることなど何一つないのです

 

ですから医療の本質は、「無意識と一つになる」その道案内なのですね

 

もう一度申し上げると、言葉は本当に難しく、「何もしない」ことが、病気が治る最も近道というと、

 

「食事も水もとらず、ただぼーっとしていればいいのか」と思われるかもしれませんが、

 

実はそうではなく、(それは「何もしないを、意識的にしていることなので逆効果)、余計なことをしない、意識しない、病気を持たない、病気を抱えている自分に気づくというか、病気をやめていく、そういう表現ができると思います

 

あるいは、色々な療法を一つひとつ丁寧によく(多元的に)吟味して、

 

自分と真正面から向かい合うプロセスが大事ということなのです

 

執着的に次から次へと「何かすること」ではないのです

 

実は、病気になろうが、なるまいが、

 

問題は、病気そのものが苦しみを作っているわけではなく、

 

無意識のうちに病気の状態からなんとか「離れたい」と思っている、

 

自分を病気を嫌なもの、忌み嫌うものとして、分離して、離そう離そうとしている、

 

病気を否定、抑圧、分離しているあり方そのものが、苦しみを生んでいるのです

 

病気は「治そう治そう」と「すればする」ほど、

 

病気を嫌なもので「離そう離そう」と「すればする」ほど、

 

苦しみは生まれ、治りは悪くなります

 

あと、もう一点、「施術側のあり方」(Being) がとても大きく影響することを書かなければなりません

 

実はこれには医療のとても深い意味が、隠されています

 

施術する側、医療を提供する側、医師、セラピスト、ヒーラー、がどのような意識態度、どのような意識状態でいるかということが、

 

医療という案内図を出す時にとても重要なことなのです

 

それによって同じ療法をしていても、全く結果の違ったものになりえるのです

 

このあたりは、現代医療においても全くの盲点になっていて、

 

施術方法や療法の違いのみが浮き立たされて、どうやったら、どの療法、どの薬、その手技や方法、やり方に意識が向いているのです

 

結果、論文、研究、メディアや雑誌、ネットの情報でこれで病気が治ったとかというと施術側もクライアントもそこにのみ意識がフォーカスしてしまうのです

 

例えそれが、EBMにのっとったものだとしても、施術側がどのような意識状態どのようなあり方でクライアントさん患者さんに施術、治療するかによって結果は全く異なる様相を呈してきます

 

次回はこのことについて、書いてみたいと思います

 

 

 

いつも読んでいただきありがとうございます