おはようございます!

 

今回は、もっと深い部分まで触れてみたいと思います

 

前回、前々回のお話で、

 

「宇宙の法則」と不調和な状態、バランスを取ろうとしている状態、それをお知らせしてくれているのが、病気、疾病の状態

 

そして「本当の自分」=「宇宙の法則と調和している意識」=「宇宙の本質」に向かう道、そのプロセスそれが「医」の本質ですとお伝えしました

 

医の文字の「矢」は、「小さな自分」→「宇宙の本質」に向かう「矢」であり、

 

本当の自分=形のない次元、一つの命に導くもの

 

それが医であり、その案内図、道案内、、それが医療であると本編①で綴ってみました

 

本編②では、実は「医療の本質」は「何もしない」をおしえる道案内で、

 

つまり、何もしないというのは、外側の何か環境を変えたり、外に向かって何かを「する」ことや、

 

何か努力して行動したりすることではなく、

 

じっくりと自分と向き合い、自分を緩めていく、

 

自分を赦していく、自分を解放していく、

 

開放していく、自分を手放していく、自分を明け渡していく、、様々な表現ができますが、

 

実は、この身体を生かしている大いなる命、唯一無二のこの生命がこれをしてくれているわけなので、

 

そこに降参するようなイメージ、降参するとは、諦めることではなく、

 

今ここを受け入れる=自分を受容していくこと

 

そのためには、自分の無意識の条件付けにアクセスしていく、自分が何を感じているかをしっかりと感じて、

 

その「気づいている自分」に寄り添って、自分の感情をしっかりと受け止めていくことが大事なことであります

 

そうすると、潜在意識の蓋が開いて、自然治癒力が発動し、人はシンプルに癒されていく。。

 

そして、このプロセスは、この医の道案内をする全ての施術者にも言えることで

 

その施術者の「あり方」が、患者さんやクライアントの向かう方向を定めてしまいますから、

 

施術側も同時に(むしろ先回りして自分の無意識に入っていく必要があります)向き合っていかなければならない

 

全ての施術者は、セルフワークに取り組み、自分を癒すこと、自分の潜在意識と向き合い、意識を広げ、高い人間力をつけ、洞察力、観の目を養い、普遍意識と繋がり、クライアント患者さんに魂の手を差し伸べて一緒に心の深い部分に道案内をしなければ、真の医療をしたことにはならないのですと本編③で綴ってあります

 

ヒプノセラピーの村井啓一先生からおしえていただいた、施術する側の心得としての「あいうえお」すなわち、「相づち、いたわり、うなずき、笑み、オウム返し」そして傾聴する、、このことは「医療の本質」と直結しています

 

この愛の行動と態度がとても大事で、

 

クライアントさんの頑な心を開き、自分の内側を見つめる準備ができると言えます

 

 

さて、今回はもっとさらに本質に触れたいと思うのですか、

 

ここから先は言葉の限界があります

 

思考では触れられない世界だからです(今までもそうでしたが、、)

 

だから、どうか分析的に理解、解釈とかではなく、

 

感覚で捉えていただき言葉の向こうに指し示すものを感じていただけたらよろしいかと思います

 

 

そもそも何故病気が起こるかということについて、本質的な見方をしていきます

 

私達多くの人達は、通常「小さな自分」「自分と他を分けている自分」

 

「前回の条件付けをしている自分」=自我という次元で日常を過ごしております

 

この自我は、自分と自分以外を分けていて

 

分けているがゆえに

 

分離した自己は、欠乏感、死への恐怖といった感覚が常に生じ、休まることがない自己なわけで

 

そこから安堵を、平和を求めて彷徨います

 

そして、寝ているときが一時的に束の間の休息に休む、唯一平和が繰り広げられますが、

 

朝起きると、この分離した自己が起き上がると、また新たに欠乏感から何某かの探求が始まります

 

その分離した欠乏感、死への恐怖を埋めるために、

 

ものやお金や人間関係、地位や権力、名誉、物質で満たされないとわかると

今度は心を満たすスピリチュアル・ヒーリングや引き寄せの法則や覚りへの探求が始まります

 

そして、人生の全ての目的は、一つの方向へと向かっています

 

どこに向かっているかというと

 

それは

 

「再びつながること」「再び一つになること」

 

本質に繋がりたいと思う切望

 

故郷に帰りたいと願う切望感

 

切り離されている感覚をもつ自己は、ひたすら本当の自分に帰ろうとします

 

何故なら本来の自分は、宇宙と一つだからです

 

そこに本当の安らぎと安堵と平和と自由があるというのを忘れてしまっているだけで

 

本当は全て知っているからです

 

故郷を本当は知っているのです

 

この切望感を身体が表しておしえてくれている

 

これが、病の本体です

 

この源から切り離されているという感覚は、

 

分離された自己のハートに傷をつくります

 

分離した自己は、分離しているがゆえに傷を負います

 

心の傷です、、

心の傷は、心の痛み、心の叫びとなって肉体に作用します

 

この無意識の痛みをエックハルト・トールは

ペインボディと呼びました

 

個人的なペインボディは、トラウマとか人生の過去の苦しい、どうにもできない体験からくる記憶、思い、感情感覚の集積です

 

集合的なペインボディは、女性の抑圧された想いとか、人種差別による抑圧、ありとあらゆる差別、抑圧、分離による苦しみ、痛みの集合体です

 

この傷によってさらに故郷に帰りたいと願う切望感が、身体と心に現れるのが「病」なのです

 

傷を負った兵士が、故郷に帰りたいと泣き叫ぶ願いが、露わになっていくのが「病」なのです

 

 

ですから、自分と向き合うことが必須なのです

 

 

この人生の病において、観るべきところは、病そのものではなく

 

病をどのように感じて扱っている自分(ペインボディ)そのものに注意を向けていくのです

 

もう一度言うと、注意を向けるところは、病ではなく、ペインボディです

 

それをどのように捉えているかという自分の中に、意識を向けるところからが唯一の入り口になります

 

最も医療で本質的で有効的なのは、本質の自分と真っ向からむきあっていくことなのです

 

自分の本質を発見していく、気づいていくこと、見出していくことなのです

 

 

 

そうするとそこに新しい意識の次元(気づき)が、現れてきます

 

意識の光に照らされたペインボディは次第に小さくなっていきます

 

自分の病は、この理解をしていくことで、副産物として次第に良くなっていきます

 

繰り返しになりますが、

 

 

私達が私達の本質に再びつながること

 

これを医としましたが、

 

結局、傷を癒そうとしているのは、分離した自己

 

安らかになろうとしているのは、分離した小さな自分

 

この傷を癒やして安らかな状態に向かおうと願うエネルギーが、「病」となって現れるのです

 

医の本質は、癒やしを通して、

 

自分の本質に触れ、

 

再び忘れてしまった故郷に帰ることです

 

でも、いったい故郷は何処にあるのでしょう?

 

 

新しい意識の次元(気づき)の現れが、この入口になります

 

病のことを、この小さな自分は、どう感じているか、

 

忌み嫌うべきものとして感じているのか?排除すべきものとして感じているのか?

 

何故それを排除したいと感じているのか?自分のどんな想い、どんな記憶、どんな感情がそこにあるのか?

 

そこが入り口なのです

 

ペインボディに意識の光をあてるのです!!

 

 

そこを辿っていくと、、

 

自分は今すでに「故郷にいる」ことに気づくことになります

 

いるというよりも、故郷そのものだと気づくことになります

 

 

私達が、無限の存在であることに気づくと

 

病というものを取り除く努力もなけれは、

病をなくす必要もない

それらを捨てる必要もなければ

 

どこかに向かうことが無くなる

 

そうなると、ただ、自然に離れていく

 

ただ、単純に病が必要がなくなっていく

 

病気は、分離された自己そのものが生む切望感の表れであるから、

 

分離された自己が幻想であることに深い感覚意識で気づけば

 

それを自然にやめることができるのです

 

これが「医の本質」であり、「肉体をもった生の医療の本質」なのですね

 

 

そもそも、分離された自己など、本来存在していない

 

 

「諸法無我」

 

 

分離された自己は、幸せ、安堵、静寂の探求ですが、

 

幸せの探求そのものが、分離された自己が生み出す切望からくるものなので

 

分離された感覚から、解き放たれるまで、この探求は続くのです

 

永遠に終わらない探求です

 

自分そのものを探す旅をしているからです

 

そのそも、本質の私は、分離していない=幸せ、幸せそのものなのです

 

 

自分は幸せそのものだから、幸せを見出すことができない

 

本質そのものが、本質を見ようとしている

 

全ては最初から無条件の絶対的な愛に、すでに受け容れられているのです

 

 

 

どんな病にかかろうとも、どんな状況になろうとも、

 

今ここに全ては、安堵であり、平和であり、静寂であり、幸せそのもので、

 

分かれているものな無い一つない無条件の「愛」そのものに気づくこと、、

 

 

それが究極の「医の本質」なのです。。

 

 

 

しかし、、、、ですね、実はここからが始まりなのです

 

その本質を知ったあとの生き方、、

 

今度は、そこから、どうこの世界を生きるか。。

 

「色即是空」を知ったあとの生き方=「空即是色」と戻っていく

 

世界は無いと知った後の、世界で生きる生き方。。

 

 

「自灯明」

 

 

不治の病から生還した人たち、臨死体験をした人たち、余命数ヶ月の命から生き還った人たちの生き方をみていれば、

 

そのことが「自ずと」お分かりになることでしょう。。

 

 

「医の本質」最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございます

 

(できましたら、このシリーズ全て(本編  お読みいただけたら嬉しいです(^O^))

 

 

また、本文の中に医療関係者、医療従事者の方々に不適切な表現があったかもしれません

 

しかし、その表現自体は方便でありなんら意味を持たず、

 

その奥にある本質をお伝えするための位置案内であることをご理解いただけたら幸いです

 

本当にありがとうございます