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巾木一両の書き垂れ劇場

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熊本県 菊池市(元菊池郡)にある 菊地本家で 気を失ったままの燈九郎を 菊地家の主治医 多田が 膝の治療に あたっている
燈九郎は自身の意識の中で
2人の男の会話が聞こえているのを感じている


菊地彦「どうだ」


多田「不思議な事ですが あれだけの傷が もう殆ど治りかけてますね それに しても この傷痕は…」


菊地彦「これで 聖痕は2つ これ以上 指をくわえて 見ている訳にはいかない」

燈九郎が 薄っすらと目を開ける


多田「気が付きましたか」

燈九郎は 身体を起こすと 多田に話掛ける


燈九郎「ここは?」


菊地彦「私の家だ 私は菊地 一彦 君の事は良く知っている…小さい頃からね…」


多田「私はこれで 今日1日は ゆっくり休んで下さい 菊地彦様 後は宜しくお願い致します」

深く礼をして 多田が部屋を出て行くと 菊地彦は燈九郎に問いかける


「…随分 魘(うな)されていたね よっぽど 酷い目にあった様だ」


燈九郎は 菊地彦から ゆっくりと目を離す


菊地彦「魘されながら 君は はっきりと こう言った… ブラフマンと」


燈九郎は 心臓が止まる様な 気がした あのオオナムチから 襲われる前に聞こえていた あの声を 思い出していた


燈九郎「…さあ 憶えていない」


菊地彦「その肩や膝の傷痕は現実じゃないのかい?君は ブラフマンと云う言葉を知っていたのかな? 知らなかったとしたら どうして その言葉を言ったんだろうね?」


ブラフマンとは 古代インドのバラモン教の哲学で 宇宙を動かす最高原理であり 唯一真実の絶対的 存在であると云う


燈九郎「…判らない」


突然 隣の部屋から 見慣れた顔が現れる その 大きな瞳には 相変わらず 深い深淵が広がっていた


美羽「菊地彦 みんな 奥座敷で 御待ちかねよ」


燈九郎「お前は…」


美羽「ごめんなさい 今 貴方と話している時間はないの 菊地彦 一族を集めて 何をやらかすつもり?」


菊地彦が口を開こうとした時 奥から 忙しない足音が聞こえると 若い男が 息を荒げて入ってくる


菊地彦「どうした隼人(はやと)」


隼人「出雲から連絡が」


菊地彦「何だ?」


隼人「武内の行き先を突き止めました 奴は 宇佐に向かっています」


菊地彦「やはり 生きていたか…」


隼人「如何しましょう」


菊地彦「放っておけ 切り札は こっちにある以上 奴は何も出来ない」


隼人「判りました」


美羽「菊地彦 そろそろ」


美羽に促され 立ち去る菊地彦
それを見送る美羽に 燈九郎が問い掛ける


燈九郎「おい」


美羽「何?」


燈九郎「菊地彦って云うのは何者なんだ」


美羽「彼は 菊地家73代当主 当主には菊地彦が継承 されるの それじゃ ゆっくり養生しててね」


美羽が立ち去った後 燈九郎は 自分の頭の中にある 記憶の廻廊にいた …菊地彦…親父の所蔵していた 文献に 確かにあった名前だ…記憶を辿る燈九郎の頭の中で 1冊の本が引っ掛かる【魏志倭人伝(ぎしわじんでん)】…これだ! 3世紀の日本…
九州の狗奴国(くなこく)に
狗古智卑狗(くこちひく)と云う人物が登場する…
4世紀… この地方には 狗奴の後裔(こうえい)と云われる
クマソが勢力を振るい 大和朝廷と敵対していた その血脈が
現代迄 受け継がれていたとすれば
それが 菊地一族なのだろう…
その当主 菊地彦が 俺と何の関係があるのだろうか…
燈九郎の思考が迷宮に入り込みつつある時 菊地彦と美羽は 奥座敷へと到着した


扉を開けると そこには クマソの末裔達が 菊地彦を含め10人が集う

阿蘇家 大神家 隼人族の末裔 大角(おおすみ)家 緒方家が それぞれ座っている その中の1人 緒方二郎が口火を切る


緒方「彼は聖痕を?」


菊地彦「…既に2つ」


阿蘇「では 彼は後継者ではないのか!?」


隼人「騒ぐな!!まだ そうと決まった訳じゃない!」

菊地彦「阿蘇さん 隼人と 奥に行って 天の斑駒(あめのふちこま)を持って来てくれ」


口論を 諌められた形になり 阿蘇と隼人は 仕方なく座敷の奥へ消える


…1万年以上も前から 日本列島には 『原日本人』と云うべき 種族が住んでいた 俗に云う 縄文文化人である
彼等は縄文時代の終わり(紀元前3世紀頃)何らかの原因で 殆どが死に絶える 現在の日本人の大部分は 弥生時代以後 北や南から 列島にやって来た子孫である
しかし その中にあって
僅かに生き残った 縄文人もいた 菊地一族もその古代縄文人の子孫なのだ


緒方「しかし あの燈九郎とか云う探偵は 菊地一族ではないのだろう? 家伝によれば 我々 日本原住民の末裔である 菊地が聖痕を承けるのが 本末ではないのか?」


美羽「彼の父方の血統は 菊地とは 別系統だけど 牟邪志(むさし)にいた 古代人の子孫なの」


隼人と阿蘇が 座敷の奥から 大きな桐の箱を抱えてくる よほど重いのだろう 2人掛かりで 抱えているが 足元がおぼつかない 2人は慎重に その箱を畳の上に置き 上蓋を取り除くと 石で出来た 馬の首から頭を思わせる 自然石が現れた

菊地彦「菊地家に 代々伝わる 石馬だ」


美羽「石馬と云えば 菊地一族の1人 筑紫(つくし)の 君磐井(きみいわい)の墳墓にも 石人 石馬の埴(はに)が あったわね」


菊地彦「そして 九州以外で 石馬の埴があるのは 出雲文化圏に入る 鳥取の 石馬古墳(せきばこふん)だけだ」


緒方「成る程…出雲 九州 菊地家… これが鍵なんだな」


菊地彦「そうだ それに この天斑駒は 菊地家の祖神 スサノオノ命が 高天ヶ原の機屋(はたや)に投げ込んだ天馬を 形付けているものだと…」


菊地彦が 言い掛けた時 背後で ゴトリと 重い音が響いた 菊地彦が振り向こうとする前に 美羽が嬉々とした表情を浮かべて叫ぶ


美羽「菊地彦!!あれ!」


振り向いた先には 石馬の 顔の部分が 真っ二つに崩れ落ちている


隼人「どうしたって云うんだ!?」


阿蘇「これは 凶兆だ!!」


菊地彦「ちがう!時が来たんだ!!」


美羽「そうよ!! 家伝の1文にも あるじゃない! 天斑駒 堕つる時 暗黒神 スサノオが 地上に顕現(けんげん)するって!!」


菊地彦「スサノオか…」


割れた 石馬を見つめながら 心の中に 大きな闇が広がって行くのを 感じながら 言い知れぬ快感が全身を駆け巡るのを覚える 菊地彦だった…


【妖師探偵外伝・誕生篇】其ノ八 完


其ノ九に続く…
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熊本県の阿蘇近郊の山中に 2人の人影があった 1人はまだ あどけなさの残る少年が慈空阿闍梨(じくうあじゃり)の装束をまとっている その少年の後を 巫装束を着た少女が続いている 何とも この時代には不釣り合いな2人組は この山にある ある種の聖域に向かっていた


少女「愛結夢(あゆむ)様 あの尾根を越えれば 岩鞍に到着します」


愛結夢と呼ばれた 慈空阿闍梨装束の少年は 深く繁った森林の中に 何かの気配を感じ取っている


少女「如何されました?」

愛結夢「是空(ぜくう) 一足先に 岩鞍を見て来てくれる?」


是空「はっ!!」


是空と呼ばれた 巫装束の少女は 愛結夢に畏まると
その場から 一瞬で 欠き消える 愛結夢は 是空の気配が消えると 尾根に向かって歩き出す 愛結夢の足は 無意識に急いでいる

間もなくして 是空が突然 愛結夢の元へ戻って来た


是空「愛結夢様 岩鞍に人が」


愛結夢「それで?」


是空「岩鞍の上で 気を失っている様です 私の見立てでは おそらく愛結夢様と そう変わらない年頃 右膝を負傷している様で 出血しています」


愛結夢「判った お前は 僕が行く迄 様子を見ていてくれる」


是空「然るべく」


そう言うと 是空は再び 風の中に消える


愛結夢「何かが起き始めているな 少しは楽しめそうだ」


愛結夢は 冷たい微笑みを浮かべながら 先を急ぎ 暫くして 岩鞍に辿り着いた愛結夢の前に 大きな石が3つ それぞれに
しめ縄が巻かれている その真ん中にある 一際大きな石の上に 燈九郎が気を失って 仰向けに倒れている


是空「あれです 岩鞍の上を御覧下さい」


岩鞍とは 神の座を意味する この様な巨石は 神が天から降りて来る場所として 今も信仰の対象とされている場所が 各地に存在する…

…と… 是空が気配を感じ取る


是空「人が来ます」


愛結夢達が登って来た 反対側から 数人の男がやって来る その集団の先頭には 菊地彦が立っていた 菊地彦は愛結夢達に気が付くと 声を掛けた


菊地彦「そこの怪我人は 我々の連れなんだ」


愛結夢「…ふーん そうなんだ」


菊地彦「崖から落ちて 気絶してしまったものだから 下から 人を呼びに行っていたんだ」


大柄の男が 岩鞍に登り アッと云う間に 燈九郎を下ろすと 菊地彦が 大柄の男に小声で耳打ちする


菊地彦「起こすなよ この方が都合が良い」


男は菊地彦に軽く頭を下げ 燈九郎を抱え直すと 尾根を降りて行く それに続き 菊地彦が 山を降りようとすると 愛結夢が声を掛けた


愛結夢「君達 この岩鞍の由来は知ってる?」


明らかに 自分より年下の 少年の遠慮のない言葉使いに ムッとしながらも 菊地彦は応える


菊地彦「…古くから 御三岩様(おさんがんさま)等と呼ばれて 信仰されている様だ 空海が この石を護摩壇(ごまだん)にして 密教修行をしたと云う 伝承も聞いた事がある」


愛結夢「なるほどね 君 菊地の当主なんでしょ?」


菊地彦の目が 大きく見開かれた


菊地彦「お前…誰だ」


愛結夢「僕は喜連瓜破(きれうりわり)愛結夢」


菊地彦「なんだと!?」


菊地彦の動揺は頂点に達した 両手にはじっとりと汗をかいている 菊地彦の瞳孔は 大きく開いている まるで 麻薬中毒者が トランス状態になった時の様に いつでも戦闘体勢と云った感じだ その殺気を感じ 是空が動く 素早く愛結夢と菊地彦の間に入り 菊地彦が動けば いつでも襲い掛かれる構えを取っている


愛結夢「是空 心配ないよ」


愛結夢が たしなめると是空は 殺気を解く 菊地彦も我を取り戻す 愛結夢は岩鞍の左端の岩に 目をやると そこへ近付いていく 岩には 何かが掘ってある


愛結夢「参(しん)は猛悪にして血を好み 羅傲(らごう)は……なるほど そう言う事か 菊地の当主は とんでもない事に首を突っ込んでいる訳だ それにあの気を失っていた人が何か関係あるって事?」


菊地彦「それ以上の詮索は やめてもらうか いくら喜連瓜破の者でも
首を突っ込んで欲しくはないんでな」


愛結夢「でも 面白そうだね 僕達も仲間に入れてよ」


菊地彦「断る 邪魔すると言うのなら 菊地一族が全力で お前達を阻止する」


愛結夢「おお恐っ」


是空「面白い 今ここで 貴様の息の根を止めても良いのだぞ この是空1人でも 菊地を根絶やしにする事等 容易にやれるが!?」


愛結夢「是空 お前も言い過ぎだよ 式神でも 女の子なんだから もう少し上品な口を利いておくれよ」


是空「…申し訳ございません」


愛結夢「菊地の当主さん 僕は 君達の邪魔はしないよ それに僕達は今 違うターゲットを追っている どちらにしても 菊地には興味ないし 君もあまり事を荒立てるのは 本意じゃないでしょう?」


菊地彦「…ああ」


愛結夢「じゃあ決まりだね 僕達は まだここで調べる事がある 君も早く山を降りれば?」


菊地彦は
愛結夢の言葉に まるで催眠術にでも掛かった様に 素直に山を下り始める それを見送る 愛結夢と是空


是空「このまま帰して良かったので?」


愛結夢「勿論さ ああ云う 野望の塊みたいな奴がいるから 面白いんだ それに役者は多い方が良いじゃない」


是空「承知致しました では 我々は宇佐へと参りますか」


愛結夢「うん くれぐれも気付かれない様に 接触するよ」


是空「御意」


【妖師探偵外伝・誕生篇】其の八 完


その九に続く
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燈九郎が気が付くと そこは 砂漠が広がり 空には一面のどす黒い雲が 渦巻いていた
辺りを見回すと 燈九郎の視力の限界地点に 人工的な建物が かろうじて見えている


燈九郎「ここはいったい…」


彼は 菊地一族の1人 緒方の運転で 出雲へ向かっていたはずだった 途中 闇の中に吸い込まれた処までは 憶えているが ここが何処なのか 見当も付かない… 武内のじいさんは どうしたのか… いや そもそも車に乗っていたはずの自分が どうして こんな不気味な場所に1人でいるのか… ここは日本なのか… 様々な思考が 燈九郎の中で交錯していた
…先ずは あそこに行って見よう 燈九郎は視界の先にある 人工物の様な建物に向かって歩き出した
足元に絡み付く 砂と異様な蒸し暑さに閉口しながら 歩みを進める 近付くに連れ その人工物が 何かの石碑だと 気付く 燈九郎が近付いている側には 何も書かれていない 裾(すそ)の広い台形の 巨大なモノリスに 辿り着くと 反対側に回り込む…そこには解読不能な碑文(ひもん)が ビッシリと刻まれている
モノリスの頂上付近から目を落として行くと 人の形が彫られている その人形(ひとがた)には 右手に剣を持ち 高々と掲げ 首には勾玉 胸の辺りには銅鏡の様な丸い物が彫り上げられている


これは夢なのか? そう思った刹那 背後から声が聞こえて来た


声「夢ではないぞ」


その声に 反応して振り向くが 誰もいない だが その声は続く


声「恐れるな オオナムチは 汝(なんじ)をここへ呼ぶ為の使者に過ぎぬ」


燈九郎「夢でなければ ここは何処なんだ!?」


声「汝共の言ノ葉で 好きに呼ぶがよい 太歳(たいさい)とも 常世の国とも 地獄とも 極楽とも… 汝は知らねばならぬ 汝がここへ来る事は その碑文に書かれている通り 既に決定していた事なのだ」


燈九郎「どう云う意味だ!? 決まっていた? この碑文は何時からここに あったんだ!?」


声「何時からと云う事はない 汝の感じる時間で 千六百の時の螺旋でもあるが 汝の肩に 最初の印(しるし)が付いた時でもある 汝共の概念である時間と云うものが ここにはないのだ」


燈九郎「印!?…お前は誰なんだ!!姿を現せ!!」


声「我は 何者でもない 我を表現する言ノ葉も存在しない 永遠の無にして 永遠の力 森羅万象の全てを支配する者 オオナムチも 今 お前の目に映し出される物 全てを動かす 我の歯車の一部に過ぎぬ そして 汝こそ 我の分身足りうる アートマンとして この歯車を動かす 力を授かる者だ」


燈九郎「…分身 …力?」


声「汝は今 諏訪の人穴にあった 夥しい白骨の事を思い出したな その通り! この力を持ってすれば 数億の人間を 1度に 打ち殺す事も出来る さあ 命約の印を授ける 受け取れ!!」


声が そう告げた途端 渦巻く雲の中から 竜の様な姿の禍々しい 瑞獣(ずいじゅう)が現れた 燈九郎の 脳裏には はっきりと オオナムチの名が感じられている その瑞獣 オオナムチは 燈九郎の目の前に 着地すると 彼の右膝めがけ 突進し 縦に開く口で 右膝を噛んだ 膝から 滲み出て来る 鮮血とオオナムチの 真っ赤な瞳を見ながら 燈九郎は 気を失ってしまうのだった…


【妖師探偵外伝・誕生篇】其の七 完


其の八に続く