先日、
ニッポン放送のアナウンサー吉田尚記さんと
声優中村繪里子さんのポッドキャスト番組
『くちをひらく』にお邪魔してきました。
繪里子さん、なんてかわいいんでしょう。
この時は私に追い詰められるとは思ってなかった
(そんなつもりはないけど結果的にそうなった)
吉田さん。
エイミーさんのことは存じ上げていて。
会ったことはないけど知ってる人。
時々エイミーくじを引きにブログを覗いている。
ドイツマイスター眼鏡院は
私が今眼鏡をかけている、
(目に合う眼鏡を持っている)
という奇跡をくれた人。
大げさだけど大げさじゃない。
娘に先に眼鏡を作り、
娘が検査している時に
『来週私の検査もしてください!』ってお願いしたぐらい、凄い。
私が
ちゃんと『両方の眼で見る』ということを実感したのはここの眼鏡が初めて。
今度クリーニングと検査に行く予定。
母の、来月の四十九日法要のお食事会予定の場所に、父が連れていってくれました。
旬のもので、素材の味を生かした美味しい食事、母は好きだろうなー。
でも、死んでからじゃ、食べられないじゃん。
ねー。母を連れていけばよかったのに。
↑
ここ大事。
仕事で取引先の相手を喜ばせるのは上手なのに、母を喜ばせることは下手だった父。
社長、奥さんの機嫌取りは下手すぎ。
ストライクゾーンが狭すぎて、父からの愛を受け取るのが下手すぎた母。
(ストライクゾーンが針穴)
どっちもどっちです。
母が父より先に亡くなったのは、
私にとってはある意味よかったのかもしれない。
小さい頃、母を通して語られる父はダメなひとでしかなかったから。(ダメダメな部分も沢山あるので全てを肯定する気はないけど)
生きとるうちに大事にせんとつまらん。ほんまに。
(つまらん=ダメだ。方言)
以心伝心は、幻想。
感謝の気持ちも、やってほしいことも、言葉にしないと伝わらない。
以心伝心があるとすると、ちゃんとぶつかった、その先よね。
その2
個人的には、見付かったときの状態が悪すぎたのでここまでよくもったな、という感じで。最初の抗がん剤はそれなりに効いたけど8クールが最大。2種類目は副作用が強すぎて中止したのは想定外でした。
脳転移が複数見付かり、治療か緩和ケアを選ぶ際も「どうしたらいいか分からない」と。最初から緩和ケアには行きたかったようですが、『家族のために』と治療を選択したようだとMSWから聞いた時は意味が分からなくて。そういう世代の人だけど、自分の人生を最後ぐらい生きて欲しかった。
緩和ケアに行くことに決めて受診した時には緩和ケア医は「ヤバい」と判断したようで、スムーズに転院が決定しました。受診から1週間しないで転院。
転院した23日に電話をくれたんですけど出られず。15分後にかけ直したときは母は出ず。前日の電話が最後になりました。
看護師長から父へ、早く会わせたい人に会わせておいた方がいい、という話があり予定を早めて帰省。
亡くなった26日は、前日から地元に帰っていたんですけど『東京から来た人は3日待機』ルールで会えず。誰も死に目に立ち会えず。ひとりで旅立ってしまいました。
帰省した段階で『母が私に弱みを見せたくないなら会えないんだろうなー』と思っていたので、でしょうね、っていう感じです。
私を待つ、ということは痛みや苦しみを長引かせることでもあるので会いたいけれど待って欲しくなかったし。
緩和ケアの医師の見立てと転院前の病院の医師の見立ての解離は、もう少しどうにかならなかったのかな、とか、緩和ケアに対する正しい知識がないんじゃなかろうか、とは思いますが。(緩和ケアに対する知識が乏しい医師が多いのは事実)
コロナなのに、医師からの説明に対してZOOMでの参加を希望したのに断られたのは、時代遅れだな、とは思います。
一番びっくりしたのは、主治医から脳転移の説明の時に(前提として胸水の貯まる場所が増えて水が抜けづらくなっている)肺の話を医師がそこまでしなかったからか、『脳転移しても半年以上生きる』と父が思っていたことで。希望的観測が入っていたんでしょうけど、急逝はショックだったはず。
苦しんだ顔はしていなかったので、ほんの数日でも転院してよかったんだと思います。
生きてる間は何にも出来なかったけど、納棺師の方と湯灌の時に一緒にシャンプーブロー、顔のきわ剃り、メイクもさせて貰って。時間の経過を考えたプロの技はとても興味深かった。色々教えて貰いました。
葬祭ホールでアロマもずっとディフューズしたし、花が好きな母に花いっぱいの葬儀の段取りをしてあげられたのは自己満足ではあるけれど思い残すことはないです。母が仕立ててくれた着物も着たし。私の出来る限りの事はやった。
久々の家族水入らずが葬儀当日の朝、というのが悲しいけどとても落ち着く時間でした。
葬儀中、父が泣く姿を見てほっとしました。
父の愛の形が母に伝わってなかっただけ。
銀細工、母はあまり喜ばないだろうと思っていたので、プレゼントしてあげたことがなくて。今回桜の花びらのキーホルダーを作りました。結局生きているうちに渡すことは出来なかった。貴金属はダメなんですけど、小さいものだからと棺に納める事が出来ました。
母の法名(戒名)に偶然『桜』の文字が入っててびっくりしました。
火葬場で火葬中の待ち時間にスマホの電源をONにしたら、丁度娘の大学の繰り上げ合格の連絡が来たのが一番のサプライズでした。
父を支えるために帰った感じでしたが、それでよかったのだと思います。
母は痛みと苦しみのない世界へ旅立ちました。


