『弁松』の弁当は、一度食べてみたかった。


江戸時代から続く甘辛の濃ゆい味つけ。


「もう少し薄くならないの?」

とお客様からの声があっても、伝統の味がボケてしまうからとずっと拒んできた一途さ。


「この味を好まれるお客様が一人でもいる限り、この味を伝え続けたい」

という頑固さ。


この頑固一徹さに、惚れ惚れする。



『弁松』の弁当を手に入れるには、日本橋や渋谷・新宿といった都心まで出向く必要があるが、たまたま足を運んだ新宿伊勢丹の地下食品売場で、『弁松』を見つけた。


他にも魅力的な食材はあちらこちらにあるのだが、今回は『弁松』一択。


定番の弁当に玉子焼も合わせて買った。


これで今夜は一杯やる。


江戸の味を齧りながら。

『弁松』の白飯弁当


もし酒がなければ白飯が足りなくなるだろうと思うほど、濃ゆい味付けだった。


言い換えれば、酒にはもってこいの味付けということになる。


さらに言い換えれば、薄味が好みのお方にはお勧めできない味付けということにもなる。


だが、私は殊更旨い酒が飲めた。



『弁松』は現存する中では日本最古の弁当屋である。


創業から170年の歴史を持つ。


文化は時代と共に変化するが、変化しないものにはそれなりの価値がある。


何故なら、変化しないものを世に送り続けるには、相当の覚悟と努力が必要となるからだ。


特に、後継者問題は深刻であろう。


誰かが引き継がなければ、そこでその文化は途絶えてしまうからである。



毎日、熟練した職人が手焼きしているという玉子焼。


月のように黄色く仕上げ、かめば口の中に出汁がにじみ出て来ると説明にはあるが、まさに濃厚な深みを感じる。


170年後の祖先も、この玉子焼をつまみながら一杯やっているだろうか?


「そうあって欲しい…」


そんなことを願いながらやる一杯は、とりわけ濃ゆい味がする。


『弁松』の玉子焼