"日本の民主主義は、誰ひとりとりこぼさないことを尊重しています。

それが理想だと、私は考えています。

しかしアメリカは多数決の論理で、24対1なら24の多数派が1の少数派を無視するように「あいつの負けだ」と勝ち誇ります。

反対する人を無視するようでは、社会がバラバラになってしまう可能性は高まります"

と、ジェイソン•モーガン氏は『奪われた祖国を取り戻す』 (ワニ•プラス)の中で語っている。



そして、

"アメリカでもルイジアナ州は、ちょっと違います。

沼地が多いという土地柄もあって、協力し合わないと生きていけませんから、嫌いな人にも「とにかく話してみよう」となります。

ただ話しても協力関係は築けないので、とにかく褒めます。

嫌いな気持ちを抑えながら、とにかく褒めて褒めまくります"

と続ける。



いつぞや日本でも『褒め殺し』という言葉が流行ったことがある。


この『褒め殺し』は、

「不快になるほど過剰に褒めること」

「褒めちぎることで、相手をからかったり、非難すること」

を指す。


一方でジェイソン•モーガン氏の言う『褒めまくる』は、

「対立ではなく協力関係を築くため」

なので、『褒め殺し』ではなく単純に『褒めまくる』のだろう。



ところで、協力し合うことを余儀なくされた農耕民族の日本人には、"和"の精神が脈々と続いてきた筈である。


だから、長い歴史の中では、相手を『褒めまくる』ことで上手く協力を築いてきたこともあっただろう。


しかし、今の日本の政治はどうか?


「褒める」ことなど忘れ、ただただ相手を非難する。


これでは日本があるべき"和"の精神などどこへやらである。


「和を以て尊しと為す」

皆が相手を尊重し、認め合って協力することが何よりも尊い、それを私たちは知っている。


ならば、歪み合うことなく、日本のために協力し合うことはできないものだろうか?


ときには、『褒めまくる』などして。


ときには、日本を牛耳るラスボス(グローバリストたち)から解放されるために知恵を絞り合うなどして。



聖徳太子  nippon.comより


さて、今度の日曜日8日は衆議院選挙の投票日である。


一票、されど一票。


「移民ではなく国民が第一」

「消費税は廃止」

を、私はこよなく願っている。


ならば、どこに、誰に入れたらいいか?


まだ迷っているが、移民政策を推し進めたり、消費税12%を目論んでもおかしくなさそうな政党にだけは入れるつもりはない。