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***
「おばあちゃん、なんで亡くなったの?」
「お孫さん曰く、老衰やって。朝起きてこーへんから見にいったらもう亡くなってたらしい」
「……そう」
苦しくなかったかな。
老衰って眠るように亡くなるって聞いたことあるけど、でも私はわからないから。
寂しくなかったかな。
おばあちゃん、ひとりで悲しくなかったかな。
”月子ちゃん。”
お婆ちゃんの細く柔らかな声が脳裏をよぎる。
くるくる巡る記憶、引っ張り出したそれは去年の冬。
うっかり手袋を忘れて畑へ行った時の事を思い出す。
冷たいねぇ、ほら、こうしたら良いねぇ、そう言って私の手をさすってくれた。
おばあちゃんの手のひらの皮膚は長く長く時代を重ねて固くなっていて、私は胸がぎゅっと苦しくなった。
手に触れるだけで、どうしてこんなにも心穏やかになるのだろうかと驚くほどに優しく。
もう一度、目の前のスイカに触れてみる。
きっとお婆ちゃんが触れただろうスイカ。
彼女の影を探すように、あの固い手のひらを思い出すように、ゆっくりと何度も撫でているうちに、自然涙が零れてきた。
両手で引き寄せようと抱えた時に、指先に紙が当たる感覚、そしてカサリと小さな音。
大きな姿に隠されていて気づかなかったけれど、スイカの反対側に小さなメモ用紙が貼り付けられていた。
「それ、ばあちゃんが書いて貼ってあったんやって」
葉の言葉にハッとして、すぐさまその紙を剥がしてみた。
テープで一箇所止められただけのそれは、あっけないほど簡単にスイカから剥がれて私の手の中に収まる。
【ツキコチャン ヨウクン】
細いボールペンで書かれたカタカナの名前は私達二人のもの。
少し震えるような辿々しい筆跡は、きっと間違いなくお婆ちゃんのものなのだろう。
きっと、今日にでも渡そうと冷やしておいてくれたに違いない。
そう思うと止まりかけていた涙は再び堰を切ったように溢れ出す。
「ばあちゃんな、お孫さんにも月子さんと俺の話ようしてたらしい。せやから冷蔵庫のスイカにこれ貼ってあるの見つけてな、絶対渡さなあかんって思って持ってきてくれたんやって」
そう言いながら、葉はその紙を私の手からそっと奪う。
そうして彼の手の中に収まったその紙にじっと視線を落としながら、寂しいなぁと小さく呟いた。
「私、これ食べられない」
ぼろぼろ流れる涙を拭う事すら出来ず、鼻声で必死にそう言った。
喉の奥から嗚咽が登ってきてむせそうになる。
「ほんまにそれでええの?」
「やっぱり、食べる」
「どっちやねん」
「食べる!おばあちゃんのスイカだもん。食べる」
「せやな、俺もそっちのがええと思うで」
悲しそうに微笑んで、葉は私の頭をイイコイイコするように撫でてくれる。
そうしたらさっきより更に更に勢いづいて涙が溢れてきた。
えぐえぐと嗚咽を上げる私の頭を、やっぱり葉はずっと優しく撫でてくれて、それが余計私を悲しくさせた。
おばあちゃん、そう呼んでみた。
目の前に残されたひとりぽっちのスイカに向かって。
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「……葉?どうしたの?」
仕事帰りの葉は大抵とても疲れていて、でもよほどの事が無い限りは笑顔でいてくれる。
今夜のご飯は何?とか、寂しくなかった?とか、そんな柔らかい言葉を私にかけて、髪を撫でてくれたりもする。
でも今気付いた。
今日の葉はそんないつも通りの雰囲気じゃないんだって事に。
「あのばあちゃんな、ゆうべ亡くなったんやって」
え?
そう言ったはずだったけど、うまく音にならなかった。
ぽかんと口を開けて固まった私の背中を軽く押して、葉が部屋へ戻るよう促す。
目の前がちかちかしたけれど、背中に添えられた彼の手に操られるようにリビングへと歩を進めた。
葉の腕の中にある冷えたスイカから、ほのかに夏の香りがする。
青臭いようなみずみずしいような、夏を彩る懐かしい香り。
ナクナッタって葉、今そう言った?
――――
――――――
リビングのソファ、いつも葉が帰ってきたら座る場所。
彼が座ったのを見届けてから、私はいつもキッチンへ戻り何か飲み物を準備する。
2人分のそれをトレイに乗せて再びリビングへ戻りテーブルに並べると、ようやくそこで私は彼の隣に腰掛ける。
でも今日はそうじゃなく、彼の座るべき場所に私が座っていた。
そして目の前に並んだ2つのコップには葉が注いでくれた麦茶が入っている。
深く一度まばたきをしたら、コップの中で氷が溶けて小さくカランと音を響かせた。
「月子サン、暑ない?エアコンつけよか」
「……うん」
ぼんやりコップを見つめたまま上の空で答えると、葉はリモコンを操作しエアコンを作動させた。
すこしの時間を置いて鈍い機械音と共にエアコンが動き出し、冷たい風が流れでてくる。
それを確認すると、葉はようやく私の隣へゆっくり腰かけた。
彼はそのままコップを持ち上げて、こくんと一口麦茶を喉へと流し込む。
風が再びこちらへ流れてきて首筋を撫でると、体温が奪われ皮膚の表面がひんやりと冷える感覚。
そこでようやく、自分が汗をかいていたという事実に気付いた。
それがスイッチになったのか、私の頭の中が急速に動き出す。
「お婆ちゃん、亡くなったの?」
「うん」
「ゆうべ?」
「うん」
「このスイカ、お婆ちゃんの育てたのだよね」
「うん」
どれくらい前だっただろう。
一週間、いやもう少し、10日程前だっただろうか。
その日も畑に足を運んだ私を、やっぱりおばあさんは快く迎え入れてくれた。
彼女の足元にはごろりと並ぶスイカの姿。
もうすぐ収穫なんだよ、と言って、小さな皺くちゃの手でそれを愛おしそうに撫でていたのを覚えている。
「これ、あの時の、スイカ」
テーブルの上、少し傾いて鎮座するスイカ。
お婆ちゃんの皺くちゃの手、優しい顔、きっと甘いよ、月子ちゃんにもあげようね、そう言って微笑んでいた。
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「……葉?どうしたの?」
仕事帰りの葉は大抵とても疲れていて、でもよほどの事が無い限りは笑顔でいてくれる。
今夜のご飯は何?とか、寂しくなかった?とか、そんな柔らかい言葉を私にかけて、髪を撫でてくれたりもする。
でも今気付いた。
今日の葉はそんないつも通りの雰囲気じゃないんだって事に。
「あのばあちゃんな、ゆうべ亡くなったんやって」
え?
そう言ったはずだったけど、うまく音にならなかった。
ぽかんと口を開けて固まった私の背中を軽く押して、葉が部屋へ戻るよう促す。
目の前がちかちかしたけれど、背中に添えられた彼の手に操られるようにリビングへと歩を進めた。
葉の腕の中にある冷えたスイカから、ほのかに夏の香りがする。
青臭いようなみずみずしいような、夏を彩る懐かしい香り。
ナクナッタって葉、今そう言った?
――――
――――――
リビングのソファ、いつも葉が帰ってきたら座る場所。
彼が座ったのを見届けてから、私はいつもキッチンへ戻り何か飲み物を準備する。
2人分のそれをトレイに乗せて再びリビングへ戻りテーブルに並べると、ようやくそこで私は彼の隣に腰掛ける。
でも今日はそうじゃなく、彼の座るべき場所に私が座っていた。
そして目の前に並んだ2つのコップには葉が注いでくれた麦茶が入っている。
深く一度まばたきをしたら、コップの中で氷が溶けて小さくカランと音を響かせた。
「月子サン、暑ない?エアコンつけよか」
「……うん」
ぼんやりコップを見つめたまま上の空で答えると、葉はリモコンを操作しエアコンを作動させた。
すこしの時間を置いて鈍い機械音と共にエアコンが動き出し、冷たい風が流れでてくる。
それを確認すると、葉はようやく私の隣へゆっくり腰かけた。
彼はそのままコップを持ち上げて、こくんと一口麦茶を喉へと流し込む。
風が再びこちらへ流れてきて首筋を撫でると、体温が奪われ皮膚の表面がひんやりと冷える感覚。
そこでようやく、自分が汗をかいていたという事実に気付いた。
それがスイッチになったのか、私の頭の中が急速に動き出す。
「お婆ちゃん、亡くなったの?」
「うん」
「ゆうべ?」
「うん」
「このスイカ、お婆ちゃんの育てたのだよね」
「うん」
どれくらい前だっただろう。
一週間、いやもう少し、10日程前だっただろうか。
その日も畑に足を運んだ私を、やっぱりおばあさんは快く迎え入れてくれた。
彼女の足元にはごろりと並ぶスイカの姿。
もうすぐ収穫なんだよ、と言って、小さな皺くちゃの手でそれを愛おしそうに撫でていたのを覚えている。
「これ、あの時の、スイカ」
テーブルの上、少し傾いて鎮座するスイカ。
お婆ちゃんの皺くちゃの手、優しい顔、きっと甘いよ、月子ちゃんにもあげようね、そう言って微笑んでいた。
「それ、どうしたの?」
「貰った」
玄関のドアを開けた途端、目に飛び込んできたのは、大きな大きなスイカ一玉……を妙に大切そうに抱える葉の姿だった。
「も、貰ったって誰に?」
言いながら彼に近づいて恐る恐るその大きな物体をつついて見た。
予想に反してスイカはキンキンに冷えていて、夏の蒸気をゆっくり水滴へと変化させている。
「あの、畑のばあちゃんの―――」
「え?!畑から持ってきたの?!」
「月子サン、話は最後まで聞きぃ。そのばあちゃんのお孫さんが今日店に来はってな。俺らの分と水上さんの分って2つ渡してくれてん」
「ほほう、なるほど。そっかそうだよね、これ冷えてるもんね」
そこで納得して、私はようやくそのお婆さんの姿を頭の中で思い描いた。
私達が住んでいるマンションから少し離れた場所に小さな小さな神社がある。
そこに並ぶようにして、同じように小さな小さな畑がある。
その畑の持ち主が、このスイカを育てたお婆さんなのだ。
毎日朝早くからそのお婆さんは畑にやってきて、曲がった腰でゆっくりと畑の世話に勤しんでいる。
曲がった腰を時折押さえながら、せっせと日が暮れる頃までずっと畑で作業を続けている。
冬には白い息と手袋を共に白菜や大根を、夏には手ぬぐいと麦わら帽子を共にトマトや茄子やきゅうりを。
丹精こめて大切そうに育てる姿を、私も葉も幾度と無く見てきた。
そうしているうちに、どちらからともなく声を掛けるようになり、時折とれたての野菜などを貰ったりもした。
お返しにと私も時間を見つけては飲み物や軽食を持って遊びに行ったりもしていた。
か細く優しい声、ゆっくりと紡ぐ言葉、彼女が微笑むと顔にたくさんの皺が刻まれて、それが私の心をほこほこと暖かくした。
私には祖母の記憶が無い。
生まれる前に父方の祖母も、母方の祖母も亡くなってしまっていた。
だから私はいつしか、このお婆さんを自分の祖母のように心の中で慕うようにすらなっていた。
「そうなんだぁ、お孫さんが。しかし本当に大きいスイカだね。冷蔵庫に入らないよ」
ふふっと笑って言いながらもう一度、今度は優しくスイカを撫でてみる。
冷たく結露した表面はすこしいびつ温かみがあって、それがお婆さんの人となりを表しているかのように感じ嬉しくなった。
「そやなぁ」
私の言葉に葉がぽつんと短く答えた。
短く、か細く、まるでお婆さんみたいに。
寂しそうに微かに微笑んだ。