「午(うま):太陽暦 6月初め〜7月初め、11時〜13時」

 

「午)」という文字は、陰の火を意味します。天干では「丁」にあたる文字です。 しかし、太陽に相当する「丙)」や「巳」が万物に光を照らし、エネルギーを与える火であるのに対し、「丁」と「午」は何かを焼き、溶かす火です。特に「午」はそのエネルギーが非常に強烈です。

 

季節的には太陽暦の6月初旬から7月初旬にかけての非常に暑い時期にあたり、時間的には正午を含む午前11時から午後1時までです。太陽が最も高く位置するため、熱気が非常に強いのです。十二支の中でも「午」は最も動的なエネルギーと変化への意志を持つ文字だと考えられます。干支では「午年(うまどし)」、すなわち「馬」にあたります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原局の「乙)」は藤や草にたとえられる柔らかな木ですが、生まれた「時」が陽の木にあたる「寅」であるため、木の気が非常に強いのです。 地支に自分を助ける文字がある場合、専門用語では「日干が根を持つ」と言います。これによって「乙」は存分に花を咲かせる力を得ます。花は赤色を連想させるため火にたとえられます。強烈な火である「午」は、原局の主人公が生み出す華やかな花なのです。

 

さらに、自ら根を下ろす大地として「戊」という土が隣にあります。この四柱原局は、韓国のメディアでしばしば取り上げられるかなり有名なスタートアップ創業者のものです。業界に新しい事業スタイルを導入したのですが、「午」の情熱にふさわしい命式だと言えるでしょう。

 

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「未(ひつじ):太陽暦 7月初め〜8月初め、13時〜15時」

 

「未」は陰の土であり、天干の「己」に相当する地支です。期間としては太陽暦の7月初旬から8月初旬までで、一年の中で最も暑い時期ですが、四柱推命では夏の最後の月にあたります。時間帯は午後1時から午後3時までで、干支では「未年(ひつじどし)」、すなわち「羊」にあたります。しばしば灼熱の砂漠の土にたとえられることもあります。

真夏には正午よりも午後2時から3時の方が暑いように、夏の中間である6月初旬から7月初旬の「午月」よりも「未月」の方がさらに暑いのです。したがって「未月」に生まれた人は、原局全体が過度に熱くなっていないかを判断することが重要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原局を見ると、真夏の最も暑い時間に生まれており、さらに「丁」という火まで存在しています。いくら「壬」が川や海であるといっても、この場合は砂漠を流れる一本の川のようになります。もし原局の空いている位置に水や、水源となる金の気がなければ、その川は干上がり、底が見えてしまう可能性があります。

 

 

 

 

 

「己」という土は、太陽暦の12月初旬から1月初旬の寒い季節に生まれました。しかし「未」という熱気を含む土を基盤としているため、寒さによる心配は少ないのです。さらに「未時」、すなわち午後1時から3時の昼に生まれているため、冬としては比較的寒さが和らいだ時間帯です。

 

四柱推命では、寒すぎれば温め、暑すぎれば冷ますといった補完が何より重要です。専門用語で「調候論」と呼ばれ、気候を調整することが最も大切だとする理論です。この観点から見ると、この命式は寒い冬に生まれたものの、過度に心配する必要はありません。

 

以前学んだように、土が集まり時間が経つと鉱物や岩となり、それが再び水源となります。原局には土が三つあり、水源となる陽の金である「庚」があります。「酉」も金の気を持っています。そして水源は水である「子」を生み出します。このような構造では、土生金・金生水の流れが順調に働きます。

 

もちろん、土と金の数に比べると水は「子」一つだけなので少ないと考えることもできます。実際、この命式の主人公は水の運が強く入ってくる「壬辰年」に事業が大きく繁栄し、30代で経済的自由を得ました。土・金・水のバランスが整ったのです。さらに成功した時期の大運は「丙申」でした。太陽に相当する「丙」は、調候論の観点から寒い冬に生まれたこの命式を助ける役割も果たしました。そして後ほど詳しく学びますが、「申」は「申-子-辰」が揃うと「三合」と呼ばれ、強い水の気を生み出します。時期ごとの運については大運と歳運の見方の部分で詳しく説明しますが、今日は原局の十干十二支が大運や歳運との出会いによって潜在的な力を発揮する、という程度を理解していただければ十分です。

 

今日は地支を二つ学びましたね。 「午」も「未」もどちらも熱い気を持つ文字で、勉強していて少し心の余裕がなくなってしまったかもしれません。 でも、残りの一日は心がすっと涼しくなるような、ゆったりした時間を過ごしていただければと思います。 今日も本当にお疲れさまでした。

「巳():太陽暦 5月初め〜6月初め、09時〜11時」

 

「巳」は暦の上では、太陽暦の5月初旬から6月初旬の間にあたります。 時間帯としては午前9時から11時の間です。 季節的には春の終わり頃ですが、四柱推命では夏の最初の月とされています。 そして、その強烈なエネルギーは陽の火を意味し、十干の中では太陽を象徴する「丙」と同じ意味を持ちます。 干支では「蛇年」にあたります。

 

ところで、こんな疑問を持ったことはありませんか?

 

「十干が位置する天干は天を意味するので、太陽である『丙』が存在するのは理解できるとしても、地支は地を意味するのに、どうして『巳』が太陽である丙と同じ意味を持つことができるのだろうか?」

 

確かにその通りです。巳は天にあるのではなく、地にあります。 したがって「巳」を解釈する際には、「太陽のように強烈なエネルギーを持ち、情熱的に何かを推し進める気運」として捉えるのが正しいのです。 もちろん、地上にある人工の太陽強い照明として考えてもよいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

10年以上にわたり、毎年1億円台の年俸を受け取ってきた上級役員の命式です。 業務の推進力は業界でも評判になるほど有名な方です。 「巳」が三つあるため、「丁」というろうそくの火の力が非常に強くなっています。 強い火は水では消しにくいものです。大火事の際に水をかけてもなかなか鎮まらない様子を思い浮かべるとよいでしょう。 では、どうすればよいのでしょうか。

 

四柱推命の理論では、非常に強い火は水でも消えないため、冷たい土で熱を取り除く方が良いと考えます。 この方の命式には、大きな土を意味する「戊」があります。 もし「己」だったなら、強い火を吸収するには少し力不足だったでしょうが、幸いにも草原や広野ほどの広がりを持つ「戊」があります。 さらに「戊」の下には水を意味する「子」が存在します。 つまり、「戊」という土が水分を含んでいる形勢なのです。

 

時期的には「子月」生まれで、太陽暦の12月初旬から1月初旬の間に生まれたため、土が凍りついた冬の野原のような命式かもしれません。 しかし、湿り気を帯びた大地であれ、凍りついた大地であれ、強烈な火の気を吸収することができます。 大きく冷たい土が強い火の熱を放出する姿は、命式の格が並外れていることを示しています。 小さな火が小さく冷たい土に熱を放出する場合は、ほどほどに暮らしていける姿となり、中流層といえるでしょう。 しかし、非常に大きな火が非常に大きな土に熱を放出し循環させることで、これまでに給与だけで10億円以上を蓄えることができたのです。

 

ここで一つ注意すべき点があります。 火に該当する文字がすべて「巳」であるからこそ、このような現象が可能なのです。 もし火に該当する文字が次に学ぶ「午」であったなら、解釈は異なります。 近いうちに十干十二支の関係を学ぶ際に詳しく説明しますが、「子」という文字と「午」という文字は互いに衝突する関係にあるからです。

 

この命式の財運が並外れているもう一つの理由は、「蔵干(ぞうかん、地支の中に隠れている文字)」に関する理論を学んだ後に説明する予定です。 ここではまず、「大きな火が冷たく大きな土に熱を放出する構造が優れている」という点だけ理解していただければ十分です。

 

今日は実際の事例を分析してみましたが、いかがでしたでしょうか。 四柱八字のうち二文字を省いたのは、この命式の構造をより分かりやすく理解するために、六文字だけを強調して分析する方が良いと考えたからです。 ある程度理論の学習が終わったら、実際の事例も紹介しながら理論学習をさらに強化していく予定です。

 

それでは、今日もお疲れさまでした。

「辰(たつ):太陽暦4月初め〜5月初め、07時〜09時」

 

「辰」は陽の土で「戊」に対応する地支です。暦では太陽暦の4月初めから5月初めの時期にあたり、植物が育ちやすい土壌で、地中には適度な水分があります。時刻では午前7時から9時の間にあたり、十二支では辰年、すなわちに対応します。「辰」という土は「戊」の性質を持つため、水をせき止める堤防や土手の役割を果たします。しかし「辰」は湿った土であるため、周囲に水が多ければ泥土となり、さらには水に混じってしまうこともある点を覚えておいてください。では、以前学んだ「丑」はどうでしょうか。「丑」は真冬の土で、地中には冷たい水や氷があると考えられます。周囲に水が多ければ水に同化する傾向があります。そのため「丑」もまた堤防として用いるのは難しいのです。

 

 

 

ここで少し触れておきたいことがあります。「甲・乙・丙・丁…」といった十干を説明する際には、それぞれの文字を人の性格的な側面に結びつけて描写しました。しかし十二支の場合は、自然的な特性に焦点を当てて説明しています。なぜでしょうか。十二支が人の性格よりも自然的な特性に重点を置く理由は、「日干中心の解釈」にあります。四柱推命では、命式の中で日干を主人公となる文字とみなします。そして日干は十個の天干のうちの一つです。したがって天干については性格的な特性を考慮し、学ぶ必要があります。これに対して日干以外の文字は、直接的あるいは間接的にその主人公の人生を解釈するための要素となるのです。

 

天干は精神世界を表すため、日干の性格や心により直接的な影響を与えます。これに対して現実世界を表す地支は、主人公である日干の行動、あるいは日干の心を動かす環境的要因となります。したがって自然的な特性を中心に理解すれば、日干を軸に総合的な解釈を行う際に、地支の自然的特性が日干の心や行動を理解する根拠となるのです。では、例を挙げてみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一の例は、「甲」という松の木が「辰」という湿った土に根を下ろしている場合です。「甲」は空高く伸びて成長したいというリーダーの心を持っています。水分を含んだ土に根を張っているため、本来の目標を達成するための環境的な基盤が整っていると言えます。もちろん心にも余裕が生まれます。

 

第二の例は、「乙」という藤の木または草が、冷たい土である「丑」の上に生えている場合です。「丑」は内部に水分を含んでいますが、非常に冷たく、時には氷のようです。深く根を張ることができないため、心に余裕がなく、焦りやすくなります。もともと「乙」に生まれた人は「甲」より柔軟性が高い傾向がありますが、下にある文字、つまり木が根を張る土の性質によって性格が変わります。したがって、「甲辰」と「乙丑」のどちらが余裕のある人かと問われれば、答えは「甲辰」です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「甲辰」と「乙丑」の例にいくつかの文字を加えてみると、物語が変わってきます。「子月」「子時」に生まれた「甲辰」という松の木は、太陽暦の12月初めから1月初めの間、前日の23時から01時の間に生まれた松です。寒い季節の真夜中に生まれた松ですが、「辰」という文字は水分を含んだ土を意味します。本来は適度な水分を持っていますが、周囲に水が多いと泥土になったり、水に同化すると言われています。真冬の夜であれば、「辰」という土の中の水分は凍ってしまうでしょう。そうなると、「甲」という松は「辰」という土の上に根を下ろすのが難しくなります。もし「辰」という土が他の文字の影響で泥や水の海になったとしても、「甲」の根は行き場を失ってしまいます。

 

一方、「乙丑」が太陽である「丙」を見ると、冷たい土が少し解けて根を下ろす可能性が高まります。ある文字がこうだとか、ある文字との組み合わせがこうだというように暗記してはいけません場合の数を覚えることには限界があります。多様な組み合わせの意味を実際に解釈するためには、各文字の意味と文字同士の関係を深く理解することが必要なのです。

 

今日の「辰」のお話はいかがでしたか。「辰」について語りながら、私たちは四柱推命理論の非常に重要な部分を一緒に扱いました。それが、温度の暑さや寒さによって命式を理解する理論である「調候論ちょうこうろん)」です。「調候論」は、これから学ぶ「自分に必要な気」を意味する「用神(ようじん)」の概念を理解する上で核心的な部分となります。

 

それでは、今日もお疲れさまでした。ありがとうございました。

 

「卯(う):太陽暦3月初め〜4月初め、05時〜07時」

 

「卯」は陰の木に属し、時期としては太陽暦の3月初めから4月初めの間です。真の春が始まりました。時間では午前5時から7時の間にあたり、実際に朝が始まる時刻でもあります。干支ではになります。

 

 

 

 

十干で見ると「乙」に相応する十二支です。草や蔓などを意味します。まだ冬の寒さが残る「寅」と比べれば、実際に万物が目覚めて動き出す生き生きとした気配があります。「寅」と「卯」はどちらも木の気ですが、木は金に制御される関係です。刀や斧が木を切ることができるからです。ところが「寅」は松にたとえられる「甲」であり、ある程度は耐えながらも切られたり折れたりする感覚です。一方「卯」はより弱い草木にたとえられるので、容易に切られてしまうのではないかと思われがちです。しかし、四柱推命において絶対的なものはありません。上の絵をご覧いただいた後、次の例を見ていきましょう。

 

 

 

 

 

このあたりまで来ると、もはや刀や斧で切ることはできません。ほとんど大工事のように全体を取り除かなければならないのです。「乙」と「卯」が「甲」と「寅」より弱いというのは、一文字だけの場合を指します。いくつ存在するのか、どのような構成であるのかによって解釈は変わってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「甲寅」の日に生まれた人と「乙卯」の日に生まれた人がいます。どちらがより強いでしょうか。単純に堅さだけで言えば「甲寅」が強いです。では、どちらが切りにくいでしょうか「乙卯」の方が難しいのです。「甲寅」が真っすぐな松であるなら、「乙卯」は絡み合って育つ藤の蔓です。外見上、よりリーダーらしいのは当然松である「甲寅」です。では柔軟性と粘り強さはどちらが優れているでしょうか。藤や草の束である「乙卯」です。もし競争相手を選ばなければならないとしたら、価値観の違いはあるにせよ、私なら「乙卯」を選びません。思ったより戦いが早く終わらないからです。粘り強さが予想以上に強いのです。むしろ「甲寅」は大きな斧で打てば容易に折れてしまいます。

 

今日学んだ「卯」は「乙」とともに「外柔内剛」の代名詞です。もし今日、つらいことがあったなら、「外柔内剛」な自分をぜひ褒めてあげてください。今日も本当にお疲れさまでした。

「寅(とら):太陽暦2月初め〜3月初め、03時〜05時」

 

「寅」は陽の木であり、「」と類似した意味を持つ地支です。強い木の気と考えることができます。周囲に火があれば、良い薪の候補にもなります。時期としては、太陽暦の2月初めから3月初めの間です。まだ晩冬ですが、2月初めには立春があります。したがって「寅月」は春の始まりです。しかし、まだ寒さが厳しいため、「春来不似春(春は来たが春らしくない)」の時期でもあります。この時期に生まれた人は、命式の構成によって暖かい火の気を求める場合が多いです。時間帯としては午前3時から5時の間です。十二支では「」にあたります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月と日の天干と地支がともに「甲」と「寅」である場合、その人は非常に強力な木の気を持つことになります。解釈において、日干は自分自身を意味しますので、日干の「甲」は自分自身であり、残りの「甲」と「寅」を他の木の気を持つ人と解釈すれば、ここまでは正しく理解したことになります。しかし、実際の事例分析では、日干「甲」と日支「寅」を一つの柱、すなわち木の気が強い自分自身として見るのが適切です。日干は精神世界、日支は現実世界を表すため、「甲寅」という二文字を自分自身と見るのです。

狭義の「私」日干を指し、広義の「私」は日干と日支を合わせた日柱(日干と日支を合わせて日柱と呼ぶ)として理解することができます。では、月にあるもう一つの「甲寅」はどのように解釈すべきでしょうか。二つの可能性があります。第一に、私に劣らぬ強力な気を持つ仲間、競争相手、兄弟と解釈する場合。第二に、四文字全体が非常に強力な木の気を持つ私自身と解釈する場合です。

四柱推命とは、八文字という限られた漢字を多様な組み合わせだけでなく、同じ文字が含む異なる意味を最大限に引き出し、解釈の深さと広さを確保するものです。したがって、複数の解釈が可能であるという考えを持ち、その命式を持つ人の状況を観察することが重要です。隣の別の例を見ると、「甲寅」が日と年に分かれて存在しています。この場合は、私に劣らぬ強力な気を持つ仲間や競争相手、兄弟としてのみ解釈します。日柱のすぐ隣に位置していないからです。
 

 

 

 

 

 

 

 

太陽暦の2月初めから3月初めの「寅月」に生まれたので、春といってもまだ寒さが残っています。日干である松「甲」が地にあたる「己」に根を下ろすためには、冷たい大地を解かす太陽が必要です。幸いにも太陽を意味する「丙」が月干にあるので安心です。もちろん他の空欄の文字も分析する必要がありますが、「丙」という文字は水の気が強まる大運や歳運が巡ってきた時に弱まるため、そのような時期には本人が苦労する可能性が高いのです。例えば「壬」は川や海を意味し、火を消すことができ、「癸」は露や泉水ですが雲にもなるため太陽を覆うことがあります。壬や癸にあたる時期には少し困難が伴うでしょう。

この内容を読んで「丙は太陽であり、太陽は空にあるのに、どうして壬という川や海が太陽を消すことができるのか?癸は雲にもなるので太陽を覆うことは理解できるが」と考えたなら、四柱推命の学習に優れた才能があると自負してよいでしょう。学んだことを多角的に適用し、疑問を持ち、解釈の可能性を想像する人は、理論を暗記するだけや事例のパターンを単純に適用する人よりも数倍速く成長できます。

質問への答えとしては「壬と癸の両方に注意すべきである」ということです。壬が川を意味するのは、天干に存在する陽の水を解釈するための比喩です。「陽の水」が存在するならば、川や海のような特徴を持つと考えられます。したがって物理的に空に存在しない水と考えるよりも、川や海のように勢いよく流れる強い水の気と理解するのが適切です。もちろん地面にある水では空の太陽を決して損なうことはできないと解釈する人もいるでしょう。どちらが正しいかについての判断は、結局多くの事例を観察し、検証する以外に方法はありません。

 

今日は「虎」にあたる「寅」について学びました。今日も虎のように力強い気を持つ一日となりますように。お疲れさまでした。
 

 

 

 

「丑(うし):太陽暦1月初め〜2月初め、01時〜03時」

 

『丑(うし)』は陰の土です。十干の『己』と似た意味を持つと考えられます。月単位では太陽暦1月初めから2月初めの間にあたります。冬の冷たい土であり、したがって木々が生きるのに適した土ではありません。ビニールハウスの中の土のように人工的に温もりを吹き込まなければ、生命は育ちません。

 

丑に該当する時間は、01時から03時の間です。真夜中であり、朝が来るには待つ必要があります。やがて訪れる生命の種を胎内で育む期間にもたとえられ、春を待つ忍耐心を意味することもあります。『丑』は丑年、すなわち牛を意味しますが、黙々と自分の仕事をこなす牛の姿と、待つ『丑』の心は通じ合っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丑月の子時に生まれた松が、四柱推命の原局の主人公です。真冬の真夜中に生まれた松なのです。子が水であるとしても、木に水を与える瞬間に凍ってしまう可能性があります。しかし、この命式にも生きる道があります。生まれた時がちょうど丙子時であるからです。『丙』は太陽を意味します。太陽が冷たい大地と氷を溶かすので、甲という松の救世主となるのです。もちろん、空いている他の四つの文字まで分析しなければ正確な解釈はできませんが、四柱推命のさまざまな理論の中でも『温度』を合わせることが最も重要なのです。

 

十年単位、一年単位の運において、火の味方となる他の火が巡ってくれば、その時期は良好です。しかし、運に水が過剰に入り込むと火が消えてしまい、困難な時期となります。上記の例で言えば、健康や生業に大きな打撃を与えるほど深刻になる可能性があります。そのような原局を持つ人は、木や火の気を持つ人と親しくし、金や水の気を強く持つ人とは距離を置くべきです。オフィスや家では植物を育てること、そして明るい色調のインテリアをおすすめします。

 

 

 

 

 

 

 

「丑』は冷たい陰の土であり、火の気をよく受け入れるだけでなく、むしろ喜ぶ性質を持っています。しかし、すべては適度でなければなりません。上記の命式では、丁という火に両側の乙二つが薪となり、小さな蝋燭の火ではなく大きな炎となりました。その強い火を、日支である丑が冷たい土として熱を受け止めているのです。ところが、特定の年に甲、乙が続けて巡ってくると、火の勢いがさらに強まり、丑土がもはや熱を受け止められなくなります。天干を精神世界、地支を現実世界と見るとき、現実世界の一要素はまさに肉体的健康です。

 

特に自分を意味する日干(生まれた日の天干)のすぐ下にある日支は、自分の生活空間であると同時に健康を表します。他の天干や地支も同様ですが、特に日干は精神世界、日支は肉体的健康の根源となります。日支の冷たい土がさらに強まった火を受け止められなくなると、健康に深刻な問題が生じます。実際、この命式の主人公は乙の運が巡ってきた時期に不治の病を発症し、丙の運において残念ながら世を去りました。もちろん、遠くにある年干の丙も火であるため、悪い方向に作用したのです。

 

もちろん命式に『丑』があることで、むしろ良くなる場合もあります。したがって、ある文字が必ず良い、ある文字が必ず悪いと決めつけてはいけません。理論の紹介をある程度行った後には、さまざまな事例を取り上げながら、常に良いものも常に悪いものも存在しないということを共に学んでいきましょう。それでは、今日もお疲れさまでした。

 

 

十干を学んだのに、なぜ十二支を知る必要があるのでしょうか。十個より十二個を加えた二十二個でより詳細な分析ができるからだと答えれば、確かに正しいです。しかし、それだけが理由でしょうか。陰陽五行論を初めて学ぶとき、世界のすべては陰と陽に分けられると教わります。しかし、陰と陽とは必ずしも陽極と陰極、男性と女性だけを意味するものではありません。互いに対立する二つのものが共に存在し、調和しているとき、それはすべて陰陽理論で解釈されます。存在の本質を研究する形而上学と、具体的な現象を研究する形而下学もまた、陰陽論的な分類として理解することができます。
 

したがって、人間が活動する領域精神的世界現実的世界に分けることができます。ここでいう現実的世界とは、私たちが実際に活動する空間であり、物質的・肉体的な世界です。したがって、五行で人間を理解するときにも精神的世界と現実的世界を区別する必要が生じます。四柱原局の八つの文字を見ると、十干は上段の天にあり、十二支は下段の地にあります。前者は天の十干であるため「天干」、後者は地の十二支であるため「地支」と呼ばれます。十の天干と十二の地支で五行を分けてアプローチすれば、人間の精神世界と現実世界を具体的に描写することができます。

 

では、人間の現実世界を十二支を通して理解する方法を学んでみましょう。

 

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[子(ね): 太陽暦12月初め〜1月初め、前日の夜23時〜01時]

 

十二支の最初は「子」です。「子」は陰の水であり、生命が始まる根源です。十干の「癸」と似ていると考えることができます。澄んだ露や泉の水にたとえられます。干支では「ねどし」にあたります。「癸」と似ていますが、完全に同じではない理由は、後に地蔵干の理論で説明されます。「子」は凝縮された純粋な水であり、新しい生命を宿した存在とも見なされます。妊娠における受精の瞬間に相当します。生命が誕生するためには春を待たねばならず、季節的にはまだ冬の段階です。

 

 

 

 

実際に「子」に該当する月は、陽暦12月初めから1月初めの間です。冬至もこの期間に含まれるため、真冬にあたります。真冬の水は火を消す力を持っていますが、木に水を与える場合、周囲の温度が暖かくなければ木が凍ってしまうこともあります。時間帯としては前日の夜23時から当日の01時までです。ここまでが自然から観察された「子」の意味です。これを四柱推命の解釈に必要な理論へと拡張していきましょう。

基本的に「子」は陰の水であり、天干の「癸」と一脈相通じます。純粋な冬の水であるため、聡明さも「癸」と同じです。ただし、木に水を与えるには温度が低すぎ、また凝縮されているため水の量が小さいという制約もあります。原局の他の文字に温かさがあり、水源や他の水が存在すれば、「子」という文字も木を育てることができます。

 

一文字の意味を深く理解したうえで、その意味が周囲の環境によってどのように変化するかまで理解する必要があります。「子」は冷たい冬の水であり量も少ないため、無条件に木に水を与える用途には使えないとするのは片面的な理解です。そのようでは正しい四柱推命の解釈はできません。基本的にはそのような要素を持って生まれますが、他の文字によって潜在的な要素がどの程度発現するかを見極めることが重要です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日干が「甲」という松の木が生まれた日の地支である日支に「子」という水が置かれています。第一の例では月と時の情報がないため、命式の主人公がどの季節、どの時間に生まれたのかは分かりません。つまり、命式原局が置かれている自然環境が寒いのか暑いのかは不明です。ただ松が水を含んでいるという程度しか分からないのです。一方、第二の例では月が「子月」であるため真冬であることが分かります。他の文字を知らないまま分析すると、真冬に木に水を与えることになり、場合によっては凍ってしまう可能性があります。では主人公の心はどうでしょうか。助けになると思ったのに水が凍ってしまい、助けを得られなかったのです。期待していたのに失望する心境になります。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月と時がともに「子」であれば、日干の甲木は真冬の夜に生まれた松の木となります。子の時刻は前日の23時から当日の1時までなので、真冬の真夜中にはすでに水が凍ってしまい、木に水を与えるのは難しい状態です。水があっても助けにはならないことが分かります。したがって、命式原局の残りの文字から火の気を探す必要があります。

 

もし次の事例のように、月・日・時の地支三つがすべて水であればどうなるでしょうか。冬の氷の上に立つ松であり、根が凍ってしまった状態、あるいは季節要因を考慮しないとしても水中に根が沈んでいる松と解釈することができます。やはり温かさを与える火の気を探すことになるでしょう。

 

他の十干も命式の主人公である日干の位置に置いてみながら、このような解釈方法を練習してみましょう。この場合、「子」という文字がどこにいくつあるかによって、主人公の精神世界と現実世界にどのような姿を生み出すのかを考えるのです。間違っても構いませんので、できるだけ多くの想像を膨らませることが重要です。

 

今日は初めて地支について学びましたが、いかがでしたでしょうか。少し難しく見えるかもしれませんが、十二支をすべて理解した後に十干の学びと比較して理解すれば、全体像が見えてくると信じています。今日もお疲れさまでした。
 

癸(みずのと)」は澄んだ露小川の水にたとえられます。水が集まってできるも「癸」に属します。人の手が触れていない深い山の中の小さく清らかな泉を思い浮かべてください。澄んでいるということは聡明さを意味します。したがって日干が「癸」である人は、他の十干に生まれた人より頭が良いとされます。

 

しかし、あまりにも澄みすぎているということは、少しの濁りも許せない心を意味します。汚れたものを遠ざけるため、災いを避ける長所がありますが、時に心配しすぎて大きなチャンスを逃すこともあります。もちろん社会の一員として法や秩序、道徳を守ることは大切です。ここで語るのは善悪の概念を除いた自然現象としての人間の営みに限ります。

簡単に言えば、もう少し欲を出せばもっと成功できるのに、「癸」に生まれた人はほどよく止まることを知っています。澄んだ水は泥水と混ざりたくないからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日干が「癸」の人を見ると、「聡明ではあるが俗世に染まりたくないので、負担をかけないように会話や関係の線を守らなければならないな」と思いながら解釈を始めます。

 

 

 

 

 

 

 

 

澄んだ泉がとても大きくなりました。 知恵の泉が非常に大きいので頭はかなり良いのですが、この段階になると大きな湖のような存在となり、環境によって濁る可能性もあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

「癸」は澄んだ泉ですが、両側の川である「壬」二つと混ざって濁ってしまいました。生まれ持った心は細やかで慎重ですが、社会生活で見せる行動は川や海のように大胆です。しかし、行動は行動、心は心と分かれていて、積極的な行動の中に常に悩みや焦りが伴います。三文字すべてが「壬」で構成された原局と比べると、行動は似ていますが心はより不安定な姿を示しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「癸」は澄んだ小さな水ですが、雲にもたとえられると述べました。雲が太陽を隠すのは自然現象です。四柱原局に「癸」があり、そのすぐ隣に「丙」があるなら、それは雲が太陽を覆う姿です。上の二番目の表のように日干が太陽(丙)であれば、「癸」という雲が自分を隠す姿になります。太陽が雲に覆われるのは多くの場合、太陽にとって歓迎すべきことではありませんが、状況によっては身を隠す方が良い場合もあります。絶対に有利、絶対に不利というものは自然には存在しません。その時々によって異なるだけです。

 

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これまで十干の十種類を学んできましたが、十干において私たちは何を大切に考えるべきでしょうか

 

 第一に、各十干の「心」を読み取れるようになることです。文字一つ一つを人だと考え、その心がどのようなものかを想像するのです。

 

第二に、日干は自分自身を意味しますが、他の文字を主人公として考える練習も続けなければなりません。月干や時干の文字を日干だと仮定し、原局の中心に置いて解釈するのです。月干や時干が見ている自分の姿を想像することもできます。

 

私たちは自分と周囲を理解するために四柱推命を学んでいるのですから、原局の構成要素それぞれが一つの主体として持ちうる心を理解しなければなりません。こうして主要な理論をすべて学んだ後、総合的な解釈を行う際にも、事例を読み取る視野がより深く広がります。今日もお疲れさまでした。

 

これまで、天干に現れる木、火、土、金について学んできました。最後に学ぶ五行は、です。他の五行の天干と同じように、水も陽と陰に分けられます。陽の水は、川や海のように大きく流れる水を意味し、陰の水は、露や泉のように流れはしないが澄んだ水を指します。そして、今日お話しする「壬(みずのえ)」は、陽の水です。

 

では、はどこから始まるのでしょうか。四柱推命の理論では、山の頂上にある岩から水が始まり、滝や渓谷の形となって流れ落ち、やがて川を作り、海へと続くと考えられています。山頂の岩は岩石であり、鉱物ですから、すなわちです。したがって、「金」が「水」を生み出す、すなわち「金生水」となるのです。

 

「陽の水」は、川や海のように大きく流れる水であると説明しました。しかし、川や海そのものは純度だけを見れば澄んだ清水ではありません。川が澄んで見えても、多くの場合、不純物が混ざっています。多様な生命が生きる場所は、一つの成分だけでは成り立ちません。川や海の真ん中は、その深さを知ることができません。したがって、壬として生まれた人は、流れる性質によって新しさを追い求める清新さを持つ一方で、時には心の奥を知ることが難しいと解釈されます。

 

しかし、川や海がなければ世界は循環しません。世界を循環させる生命の水は、川と海なのです。私たちに役立つ存在が、心までも君子のように澄み切って清らかで、正直であることを望むのは、単なる願いにすぎず、大自然の理とは距離があります。自然には善も悪もありません。あるのは状況に応じた有利・不利だけであり、それもまた状況によって変化するのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日干が壬の人は、「川や海のように自由に世界を巡らなければならないので、職場では時々部署を移ったり、しばしば転職しても良いだろう」と考えながら解釈を始めます。

 

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三つある場合は、大河や大海に相当し、その勢いは止めがたく強大です。という土をいくら動員して堤防を築いても、命式の主人公にとっては窮屈でしかありません。むしろ自由に流れていく方が良いのです。大きな水であるため、その深さも知ることはできません。その命式の主人公が共同経営者であるならば、心の内を理解しにくいパートナーと見ることができます。

 

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最初のケースでは、日干がという川の水が、という宝石に付着したという土を洗い流します。いくら太陽が昇っても、土埃に覆われた宝石は輝きを放つことができません。そのため、辛の立場から見ると壬は重要なのです。次の命式は、主人公である日干を辛に置き換えたものです。このように、ある命式があるときに主人公をさまざまに変えて解釈することは、主人公の心を理解する助けとなります。主人公である宝石(辛)にとって、埃を拭い取ってくれる壬という水は、どれほどありがたい存在でしょうか。日干が辛であり、命式に土が多い場合には、壬に相当する異性と出会うと容易に恋愛が始まります。社長の命式が辛であり、命式に土が多い場合には、壬の気を持つ社員を採用することが有利となります。

 

今日は「陽の水」である「」について学びました。次回は「陰の水」である「癸(みずのと)」について勉強いたしましょう。本日もお疲れさまでした。

 

原石を磨いて宝石となり、また精錬されて刀や道具となるもの――それが陰の金辛(かのと)」です。 日干が「辛」である主人公は、鋭く正確な性格の持ち主であり、同時に繊細でもあります。 感受性が豊かで、頭の回転も速い人です。 自ら前に出ることを好むタイプではありませんが、注目され、称賛されることには喜びを感じます。 強いリーダーシップを発揮するタイプではありませんが、自分自身が宝石のように輝きたいという願望を持っています。 そのため、他人を過度に気遣って組織を率いることは少ないものの、卓越した個人の才能によって組織に貢献し、その結果として認められることを望みます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「辛(かのと)」の日干を持つ主人公を見ると、まずは『聡明で清潔感があるが、やや気難しい面もあるだろう』と考えながら解釈を始めるとよいでしょう。

 

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最初の命式では、日干の「辛」のそばに他の宝石があるため、自然と警戒心が強くなります。 二番目の命式では、命式に太陽を意味する「丙」があることで、宝石である「辛」を照らし輝かせるので、一見すると良い姿に見えます。 しかし、月干にある別の「辛」が、日干である自分より先に太陽の光を受ける形となるため、心が落ち着かず不快になります。 組織運で見ると、努力はしたものの他人に功績を奪われる姿に例えられます。 「辛」は、太陽が自分を真っ先に照らしてくれるときに最も喜びを感じる、と考えるとよいでしょう。

 

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「辛」が喜ぶ火は太陽であり、自分を溶かしてしまう地の火、すなわち「丁」ではありません。 ましてや、上の図のように両側に二つも「丁」がある場合、すでに加工された宝石であり精錬された金属である「辛」を再び溶かそうとすることになるため、反発心が生じます。 「丙」は太陽であり、「丁」はろうそくの火、松明、あるいは溶鉱炉です。「辛」が喜ぶのは「丙」であって、「丁」ではないという点を必ず覚えておいてください。 「私はすでに溶鉱炉を通り抜けてきたのに、なぜ再び火の中に入らなければならないのか」と「辛」が考えると理解しやすいでしょう。

 

後に学ぶ十神理論では、日干が金(きん)の場合、日干を制御・統制できる火は組織生活を意味する「官星」、すなわち「官運」です。 いくら官運が必要であっても、「辛」は再び溶鉱炉に入ることを喜びません。これは組織における上司や同僚との葛藤、あるいは組織そのものへの不満を意味します。 命式の他の文字の構成によっては、口論や訴訟にまで注意が必要となる場合もあります。

 

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「辛」日干が嫌う命式の構造をもう一つ紹介します。上の例では、日干の両側に土がそれぞれあります。宝石が土に埋もれて輝きを失い、有用な道具が地中に埋もれて持ち主に見つけてもらえない姿です。 したがって、命式の他の文字やその時々に変化する運の中で「水」を探すことになります。水によって土を洗い流すことができるからです。木があれば、木が土を掘り返す構成にもなります。 まとめると、「辛」の立場から見れば、土に埋もれてしまうとを喜ぶことになります。

 

次回は「壬(みずのえ)」について学んでいきましょう。今日もお疲れさまでした。