地支沖 

 

本日は、合沖理論のうち、地支における沖についてご紹介いたします。

 

 


 

現在の「地支」において、自身を含めて七番目に当たる文字と衝突するものを「地支沖」と呼ぶと考えられます。「丑未沖」は陰の土の間で、「辰戌沖」は陽の土の間で地震が起こると考えられます。「寅申沖」は陽の金と木の間で、「卯酉沖」は陰の金と木の間で「金剋木」が生じると考えられます。「巳亥沖」は陽の火と水の間で、「子午沖」は陰の火と水の間で「水剋火」が生じると考えられます。もし「合」と「沖」が同時に存在する場合は、天干における場合と同様に、まず「合」が形成されたものと考えられます。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一の例では、「寅亥合」が先に成立するため、「寅申沖」は平常時には表面化しないと考えられます。しかし、特定の時期の運において「寅」や「申」が入ってくると「寅申沖」が誘発されると考えられます。もし「亥」が運に入ってくる場合、原局の地支にある「寅」は原局の「亥」を握っていた手を離し、運から入ってくる「亥」に関心を向けると考えられます。その隙を突いて「寅申沖」が発生することもあると考えられます。さらに運に「巳」が入ってくると「巳亥沖」が生じ、この時「寅」と「亥」の合が解けて「寅申沖」が発生する可能性があると考えられます。

第二の例も「寅亥合」によって「寅申沖」が潜在している点では第一の例と同じと考えられます。しかし第一の例では「寅」と「申」が隣接しているため、平常時にも緊張感があり、行動には移さないものの心はやや浮ついていると考えられます。第二の例では「寅」と「申」が離れているため、平常時には心の動揺はないと考えられます。ところが「巳」に当たる運が訪れると「巳亥沖」が先に起こり、「寅亥合」が解けた後に連鎖的に「寅申沖」が生じると考えられます。思いもよらぬ変動が発生するということです。

第一の例では「来るべきものが来た」という感情に近いものを覚えると考えられます。相談の際にこのような部分まで指摘すると、的確だと評価されることが多いでしょう。特に「寅」「申」「巳」「亥」は「驛馬」と呼ばれ、「驛馬」の文字が衝突する時には引越しや変化、移動が多いと考えられます。

 

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藏干の応用 

 

「沖」に関する学びを終える前に、必ず知っておくべきことがあります。それは「地支の沖」と「藏干」との関係です。ここまで聞いてすぐに「地支で衝突が起これば地震が起こるようなものだから、その中に隠されていた藏干にも何らかの変動が起こるに違いない」と考えられたなら、まさに正確な予測であると考えられます。「地支」に「沖」が起こると「藏干」は地面から現れると考えられます。専門用語では「沖出」と呼ばれ、単に現れるだけでなく、原局の上段である「天干」にまで飛び出すと考えられます。したがって主人公である「日干」がその文字を用いることになり、「沖出」した文字が助けとなるものであれば良く、助けにならなければ不利に働くと解釈されると考えられます。

さらに「天干」の他の文字と「合」または「沖」となれば、その効力は失われると考えられます。一部の専門家は「沖出」する文字は「辰」「戌」「丑」「未」のように土に属する「地支」の中にある「藏干」に限定すべきだと主張しています。地震は土と土の間で起こるので、土である地支間の沖のみを考慮すべきだというのです。私個人としても「辰・戌・丑・未」の中の藏干に対する「沖出」の効果には特に注目していますが、すべての「地支」は「沖出」し得る「藏干」を持っていると考えられます。

 

 

 

 

 

上記の例において、宝石である「辛」は本来明るく輝きたいのですが、土が四つもあり土の中に埋もれてしまい光を放てないと考えられます。最も望ましいのは「壬」のような大河が宝石の土埃を洗い流してくれることだと考えられます。もし原局に「壬」という文字が存在しない場合は、やむを得ず「月支」である「丑」の中にある藏干の「癸」「辛」「己」のうち、水に属する「癸」を用いることを考慮すべきだと考えられます。もちろん「地支」には「丑未沖」が存在し不安定な状態であるため、外部から何らかの刺激が加われば「丑」の中の「癸」が「沖出」して日干を助ける準備が整うと考えられます。

言い換えれば、原局に「丑未沖」がある場合、特定の大運や歳運の時期に「沖出」する潜在的状況があり、どの運の時期に待望の「水」が訪れるかを予測できると考えられます。上記の事例では「未」の運が来るか「丑」の運が来ると潜在していた「丑未沖」が発現すると考えられます。そして「丑」の中の文字が「天干」に「沖出」し、この時に現れる「癸」を主人公である日干は期待すると考えられます。しかし残念な点があります。月干に存在していた「丁」が待ち構えていて「丁癸沖」となり、沖出した「癸」を無力化するため、主人公である日干の立場からすると良いことが起こりかけて止まってしまうと考えられます。

本日は「地支」の「沖」について学び、「藏干」を「地支の沖」に応用するところまで勉強しました。これで「合」と「沖」に関する主要な理論は一通り学んだことになりますが、いかがでしたでしょうか。ご自身や周囲の四柱命式を確認しながら、本日学んだ内容を復習されると良いと考えられます。本日もお疲れさまでした。
 

地支合 -方合

 

地支に三つの文字が集まり、一つの五行の気を強める「合化」を作る場合がもう一つあります。それが「方合」と呼ばれるものです。ここでいう「方」とは東西南北の方向を意味します。そして方向は季節と深く結びついています。

 

一年は春・夏・秋・冬の四季です。四柱推命ではこれを自然と人生の生老病死に対応させます。季節を人生に見立てると、春は幼年、夏は青年、秋は壮年、冬は老年です。自然の視点から見ると、太陽が東から昇ることを新しい気の始まり、すなわち春と考えます。春は五行で木の気です。生命の誕生だからです。人生では幼年期にあたります。同じように、夏は青年のエネルギーであり、火の気で、熱い南方の情熱です。したがって南方は火の方向です。秋は成熟し、収穫の季節です。羅針盤は東から南へ、そして西へ移ります。何かを収穫してしっかりと隠す姿は金にたとえられます。したがって金は西と秋を意味します。寒い冬は新しい春を迎えるための準備の季節です。種子は土の中に深く入り、新しい生命を育みます。生命の誕生は水の気です。冬は人生の老年を象徴すると同時に、春に花を咲かせるための準備の時期でもあります。寒い冬が北方に対応することも直感的に理解できます。

 

ここまでで「方合」を語る理論的な基盤を説明しました。つまり「方合」とは<方向>に関する話であり、<季節>であり、<五行>でもあるのです。東は春で木です。春の三か月は十二支で「寅・卯・辰」の時期です。太陽暦で二月初めから五月初めまでです。したがって命式の地支に「寅卯辰」の三文字が揃えば、合して木に変わると見るのが方合の理論です。

 

先に学んだ「三合」は三文字のうち二文字だけでも「半合」が成立すると説明しました。しかし季節合である方合は三文字すべてが揃わなければなりません。「卯」と「辰」だけの命式に、ある時期の運で「寅」という気が加われば、その時期は一時的に「方合」が成立します。同じように「巳午未」は夏で火に変わり、「申酉戌」は秋で金に変わり、「亥子丑」は冬で水になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の事例は「子月」(太陽暦12月初〜1月初)の寒い冬に生まれた宝石「辛」が、冷たい土である「丑」の上にある場合です。さらに生まれた時刻の天干、すなわち「時干」に土である「己」が存在すると、冷たい土に宝石が埋もれてしまうように見えます。しかし、もう一文字加えると話は変わります。生まれた時刻が真夜中の23時から01時の「亥時」であると仮定しましょう。「亥子丑」の三文字が並び「方合」が成立します。「亥子丑」の方合は水です。すると「己」という文字は水の海に浮かぶ小さな土のように見えます。土砂が押し流されるほどです。もちろん冬の夜という時間を考えれば、凍った川のほとりの小さな土かもしれません。いずれにせよ「己」という土が凍るにせよ、水に流されるにせよ、問題が生じるという点では同じ結果です。

 

さらに重要なのは、この命式の主人公の日干が「辛」であることです。水の海にある宝石とは、宝石が水に沈みやすいという意味です。したがって他の文字や特定の時期の運で木の気が来て、水の気を引き取ってくれるのが望ましいのです。五行論では水は木を生じます。「生じる」とは助ける行為であり、自らのエネルギーを使うことです。上記の命式が強い木の気に出会えば、強い水の気が抜けて宝石を沈めた水位が下がります

 

もう一つの代案は金の気に出会うことです。「辛」は金の気なので、さらに強い金の気が命式に補われれば、水の気と均衡を保ち、なんとか生きていけます。

 

しかし寒い冬の夜という温度を考えると、木の方がより良い選択です。五行では火は温かさを、水は冷たさを表します。火の次に木は温暖な系列であり、水の次に金は冷たい系列です。木が火を薪として助けること、金が水を水源として助けることを考えれば理解できます。四柱推命は温度の均衡を重視するので、この命式では木を歓迎するのです。もちろん金も良い代案です。ある程度学んだ方は、金の気が強い水に出会うと「金生水」の作用で問題となる水がさらに強まるため、金は良くなく、むしろ水を防ぐ土が必要だと考えるかもしれません。詳しくは「十神」を学んだ後に命式鑑定で扱いますが、ここでは強すぎる水は土という堤防では防ぎにくく、冬という温度の観点から温かい気を象徴する木をより好む、という程度の説明にとどめます。

 

このあたりでいくつかの疑問が生じるはずです。三文字が集まる「三合」もあるのに、「方合」と比べるとどちらが強いのでしょうか。二文字の合である「六合」と「三合」、そして「方合」との関係はどうなるのでしょうか。

 

 

・合して変化した五行の力:方合 > 三合 >> 六合

・合している結合の強度(引き寄せる力):六合 > 三合 > 方合

 

 

「六合」は合して特定の五行に変化する「合化」が、三文字の「方合」や「三合」と比べて弱い水準と見られます。そして「方合」は三文字が隣接して強力な気を形成するため、合して変化する五行の力は「方合」→「三合」→「六合」の順に強いと考えられます。

 

しかし「方合」は三文字のうち一文字でも欠ければ成立しません。したがって結合の強度は最も弱いのです。残るのは「六合」と「三合」ですが、「三合」は本来三文字が揃って完全となるものに対し、「六合」は二文字だけでも十分に成立するため、結合の強度は「六合」の方が高いと見ます。ただし実際の命式に応じて判断する練習が、公式の暗記よりもはるかに重要です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一の事例では、理論的には「六合」となる文字間の引力が「亥卯未」の文字間の引力よりも強いとされます。したがって「午未合」が「亥卯未」の「三合」よりも先に成立します。しかしこの場合、「亥卯未」を先に解釈しても問題はありません。結局のところ気の流れは「木」から「火」へと進む「木生火」の構造だからです。つまり「亥卯未」の三合が木を生み、それが「午」という火を生じたと見ても、結果的には正しい解釈となります。

 

第二の事例は<亥‐未‐卯>の順序です。「卯」と「午」は「六合」の関係ではありません。この場合、「亥卯未」の三合だけを見れば合化するには十分です。しかし同様に、強まった木の気が「午」を助けて火の気を大きくするという点では、同じ結果に至ります。

 

 

 

 

 

 

 

直前の事例では、「辰酉合」を先に見てから「申子」の半合を考えるのが理論的な順序です。「辰酉合」は合化すると金となります。「申子」の半合は水となります。「辰酉合」の結果である金は、「申子」が半合した結果である水を「金生水」によって生じるため、最終的には水の気が強まります。

 

もし「辰酉合」よりも「申子辰」の三合を先に解釈したとしても、結局は水が強まる姿が最終的な状況です。なぜなら「酉」という金は、「申子辰」の合化によって得られた水を生じるからです。したがって「六合」が先か「三合」が先かを理論的に悩むよりも、各事例において意味のある解釈を導き出せれば十分である、という気持ちで気楽に取り組んでいただきたいと思います。

 

本日学んだ「方合」と「合同士の関係」についての勉強はいかがでしたでしょうか。次回は地支の「沖」を学びます。これを理解すれば、命式のダイナミズムにさらに魅力を感じていただけると信じています。それでは本日もお疲れさまでした。

地支合 - 三合

 

「地支」にはいくつかの合の種類があるとされています。「六合」が二つの文字同士の合であるならば、三つの文字が集まって形成される合も存在します。その中で最もよく用いられるのが「三合」です。三合の最大の特徴は「合化」、すなわち三つの文字が集まって特定の五行の気へと変化することです。

 

 

 

 

「亥卯未」は互いに並ぶと合して「木」へと変化します。同じように「寅午戌」は合して「火」に、「巳酉丑」は合して「金」に、「申子辰」は合して「水」に変わる、これが三合の核心です。もちろんこれを暗記するだけでも使う上で問題はありませんが、なぜそうなるのかを理解することが大切です。

 

まず「亥卯未」の三合を見てみましょう。亥卯未は合して木に変わりますが、三合を構成する三文字の中央にある「卯」が木です。「寅午戌」「巳酉丑」「申子辰」を見ても、中央の「午」「酉」「子」がそれぞれ三合の結果である火・金・水となっています。つまり中央の文字が中心となり、特定の五行へと変化するのです。

 

では三文字のうち中央を除いた両端の文字はどのように理解すべきでしょうか。ここで「地支の蔵干」が登場します。「亥卯未」三合の両端にある「亥」と「未」の蔵干を見てみましょう。特に蔵干の中央にある「中気」に注目してください。「亥」の中央には「甲」があり、「未」の中央には「乙」があります。いずれも木の気です。亥卯未は合して木の気に変わりますが、「亥」と「未」は蔵干の中央である「中気」が木の気であり、さらに中央の「卯」そのものが木の気です。したがって「亥卯未三合」の結果は木になると理解できるのです。

 

次に「寅午戌」の三合も同じです。寅午戌は合して火に変わりますが、中央の「午」が火であり、両端の「寅」の蔵干の中央は「丙」、そして「戌」の蔵干の中央は「丁」で、いずれも火です。「巳酉丑」三合が金に、「申子辰」三合が水に変わるのも同じ原理で理解できます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の例は「壬」と「子」、二文字だけで水ですが、「地支」の「申子辰」三合が水へと変わり、全体が水の海を成します。二番目の例では「寅午戌」三合が火へと変わるので、火の海となります。

 

では三文字のうち二文字だけが揃った場合はどうなるのでしょうか。「三合」は成立しますが、その強度は弱まり、これを「半合」と呼びます。「半合」も三合の三文字のうち中央の文字が含まれているときに意味があり、中央がなければ三合は成立しないと考える人もいます。しかし、実際に相談を行ってみると、弱いながらも三合が存在することを確認できました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の例は「半合」の場合です。「寅午戌」三合の中央の文字「午」があるため、火へと「合化」する効果がありますが、三文字すべてが揃った三合に比べると火の強さは弱まります。正確な数値で表すのは難しいですが、三文字が揃った三合と比べておよそ50〜70パーセント程度の力が半合による合化した五行にあると考えられます。

 

二番目の例は「寅午戌」三合の中央の文字「午」が欠けた半合であり、火へ合化する効果は大きく減少します。しかし人生のある時期に「午」の運が巡ってくれば、火の海となる可能性があります。火の海となれば、前に述べた六合の例の一つで説明したように、「原局」の他の文字や「大運」「歳運」から熱を冷ましてくれる気を探すことになります。

 

もし「原局」の他の文字が木や火だけで構成されている場合は「炎上格」の命局となり、火を消す水をむしろ遠ざけ、火を強める木や火の大運・歳運においてかえって望むことを成し遂げることもあります。強い大勢に従うことが順理であり、強い大勢を阻むことは順理に反するからです。このように大勢に従うべき原局の形を「従格」と呼びます。

 

 

 

 

 

 

 

 

上記の原局は、三合の中央の文字がなくても「合化」の効果が大きいのです。「寅午戌」三合の「午」は欠けていますが、同じ属性を持つ陰の火である「丁」が天干に存在するためです。このような構造では、「丁」の存在が三合に欠けている文字「午」の気を天干から引き出し、合化された五行の強度が非常に強いと考えられます。たとえ「寅午戌」の三文字がすべて地支に揃っている場合よりはやや弱いとしても、寅午・午戌の二文字だけがある場合と比べれば決して弱くはありません。この現象を「天干の誘引力」または「天干の牽引力」と呼びます。

 

本日は「三合」について学びましたが、いかがでしたでしょうか。「三合」は実際の解釈で非常によく使われる理論ですので、繰り返しその意味を考えてみると良いと思います。もちろん、今後一緒に学ぶ事例分析でも多く扱われますので、自然に理解できる機会も多くあります。もし難しく感じられたとしても心配はいりません。それでは、本日もお疲れさまでした。

地支合 - 六合

 

さて、これから十二支の合について見ていきましょう。十二支は十二個あるうえに地藏干まで含んでいるため、解釈は多様です。したがって、合の種類も一つではありません。まずは二つの支の間に生じる合を考えてみます。十二支が出会うことで六つの合ができるので、これを「六合」と呼びます。

 

 

 

 

十二支は「丑」から数えると、両端の文字同士が合をなし、その後は左右から一歩ずつ内側に寄りながら対応する両端の文字が合を作ります。十二支の合には、結果が特定の五行へと変化する「合化」という理論も存在します。しかし、合化した五行を機械的に暗記するよりも、命式全体の構成の中でどの五行の気が強まるのかを理解することが重要です。私自身は、地支の六合において合化された五行を必ずしも解釈に当てはめず、状況に応じて判断しています。

 

「子丑合」は冷たい大地が水に出会うもので、周囲に水が多ければ水となり、土が多ければ土となると考えます。「寅亥合」は水が木を助ける生の関係が合となり、の気が強まる合です。「卯戌合」は木の根が大地に深く下りる姿であり、合化理論ではに変わるとされます。これは「戌」の地藏干にある「丁」という火種が「卯」という木に出会い、火が大きくなると見るからです。「辰酉合」は土が金を生じるため、の気が強まる合です。わざわざ「辰酉合化金」と暗記する必要はありません。「巳申合」はに変わると主張されますが、これは合化を支持する専門家の間でも弱いとされています。「午未合」は熱い火が熱い土を生じ、非常に熱い土となります。六合の合化を重視する専門家は「午」と「未」が合してに変わると見ますが、熱い土も火も似たようなものと考えれば納得できます。

 

ここで注目すべき点があります。「巳」という火が「申」という金を剋する構図になっていることです。先の「子丑合」も土が水を、「卯戌合」も木が土を剋する構図でした。六合といえども十二支の関係がすべて生の関係ではありません。天干合を思い出すと、むしろ剋するのが一般的です。「甲己合」「乙庚合」「丙申合」「丁壬合」「戊癸合」すべて、木が土を、金が木を、火が金を、水が火を、土が水を剋する関係でした。

 

そもそも合とは相手と自分の関係を結び、強めるものです。生の関係のように助け合って関係を深めることもあれば、剋して制御する関係も合となり得ます。木が大地に根を下ろし、堅固な合を成すのは剋の関係であることを考えれば理解しやすいでしょう。まずは地支の六合において、生か剋かを細かく考えるよりも、互いに密接に結びつくという程度に捉えるのがよいでしょう。応用については後に総合的な事例分析で扱いますが、まずはいくつかの具体例を見ていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の例の「甲寅」は強い松の木であり、「寅亥合」があります。亥からの「水生木」によって力を得た寅は、甲のさらに堅固な根となり、日干は非常に強い松の木となります。

 

二つ目の例は「丙午」という強い火のそばに「丁」という火まである姿です。地支の「午未合」によって「未」という土はさらに熱く乾燥します。燃える砂漠となり、土なのか火なのか区別がつかないほどです。命式がこのように火の気が強い場合、原局の他の文字や大運・歳運において熱を吸収してくれる冷たい土である「丑」や湿気を含む土である「辰」の気を求めたり、あるいは火を制御する「水」の気を求めることになります。もし原局のすべての文字が火や火を助ける木であれば、「炎上格」の命式とされ、むしろ大運や歳運で火の大勢に逆行する水は避けられる傾向があります。

 

今日学んだ十二支の六合はいかがでしたでしょうか。次回は十二支の中で三つの文字が合する「三合」を学んでいきます。本日もお疲れさまでした。

天干の沖は、天干の文字同士が六番目(二文字を含める場合は七番目)の文字で相剋(衝突)します。

 

 

 

金の気である「庚」「辛」は、それぞれ木の気である「甲」「乙」と衝突します。水の気である「壬」「癸」は、それぞれ火の気である「丙」「丁」と相剋(衝突)します。「甲庚沖」「乙辛沖」「丙壬沖」「丁癸沖」天干沖となります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一の事例を見ると、「甲」日干の左側に「甲己合」、右側に「甲庚沖」が存在します。この場合はどのように解釈するのでしょうか。まず合を沖より優先して考えます。つまり「甲己合」によって日干「甲」が保護され、「甲庚沖」は潜在していてまだ発動しないと見るのです。しかし、人生の中で強い金の気に出会う運が来れば、「甲庚沖」の勢力が強まり「甲己合」を解き、日干「甲」は「庚」と相剋(衝突)します。

第二の事例は「甲」日干の両側に沖がある場合です。このような場合は両側から沖を受けるので、その力は大きいと考えます。日支が「寅」で、大きな松である「甲寅」なので、この程度では折れませんが、両側から打たれるので影響がないとは言えません。
 

では悪い命式なのでしょうか。それは別の問題です。強い木は斧で切って大黒柱に使うのが良いのです。特に秋や冬に生まれたならなおさらです。春や夏に生まれた木は花を咲かせ、秋や冬に生まれた木は切って大黒柱に使うのが適していると考えられるからです。

斧が木を切る過程には衝突が必要なので、必ずしも衝突が悪いとは限りません。命式の主人公がその衝突に耐える力を持っているかが重要なのです。上の「甲寅」日柱は強い松であるため衝撃に耐えることができます。さらに大きな松なので、秋や冬に生まれた場合は切って使えば立派な大黒柱となります。他人に役立つ命式なので、組織で出世する条件を備えることになります。

今日は「天干沖」について学び、「木」の気である「甲」と「金属」の気である「庚」を例に理論の深化学習をしました。皆さんそれぞれが「乙辛沖」「丙壬沖」「丁癸沖」についても、例の「甲庚沖」と同じように考え、天干沖の意味を深く考えてみることをお勧めします。今日もお疲れさまでした。

合冲理論で学ぶべき内容

 

四柱命理を学ぶ前、私は「互いに合う関係は良いもので、互いにぶつかる関係は悪いものだ」と考えていました。ところが学びを続けるうちに、その考えは少しずつ変わっていきました。大自然には善悪も有利不利も存在しません。あるのは状況に応じた解釈と価値付けだけです。

 

互いに合がよく合うと、いつも心が安らぐのでしょうか。最初はそうかもしれませんが、命理における「合」とは単に心が合う以上の意味を持ちます。むしろ「心が絡み合う」と見る方が正確です。強く結びついた関係では、ある瞬間に相手が嫌になっても別れることができず、相手がしつこいと感じたらそれは果たして幸福でしょうか。

 

また、ぶつかる関係は本当に悪いことばかりでしょうか。互いに「良いものは良い」と言い合う関係から、新しいアイデアは生まれるでしょうか。激しい論理的な議論の末に、より優れた革新的な成果が生まれる研究開発の分野を、果たして仲良しだけの人々に任せてよいのでしょうか。もちろん、対立があまりに激しく言葉すら交わしたくないほどなら考え直すべきです。しかし安定した状況からは新しさは生まれません。この理解と共感を基盤にして、「合沖」理論を考える必要があります。

 

 

 

 

合沖理論では、合と沖の対象は「天干は天干同士」「地支は地支同士」が基本となります。したがって、まず天干同士の合と沖である「天干合」「天干沖」を学びます。これは天干にある二つの文字の間で起こる合と沖です。

 

次に「地支合」を学びます。地支合には二文字同士で合する場合もありますが、三文字が集まって成立する合もあります。二文字だけで合する地支合は「六合」と呼び、三文字同士で合する地支合には「三合」「方合」などがあります。

 

「地支沖」は二文字同士だけに存在します。最後に、沖とは少し異なりますが、葛藤の構造を作り出す「刑」というものを学び、合沖理論を締めくくります。

 

 

天干合

 

 

天干の文字同士で五番目(または二文字を含めると六番目)の文字同士が合する関係を「天干合」といいます。通常、天干合を学ぶ際には「甲己合」「乙庚合」などが紹介されます。たとえば「甲」という松が植物・作物を耕作できる「己」という大地に根を下ろすと互いに合となる形象であり、これを甲己合と学びます。「乙庚合」は柔らかな藤や草にあたる「乙」が強い鉄(「庚」)に出会うと金に埋もれると説明されます。「丙」という太陽は宝石「辛」を照らして輝かせるので互いに合となり、「丁」という火は「壬」という水に出会うと最も陰気の強い火と最も陽気の強い水が出会い生命が生まれるので合となるといいます。「戊」という土は水分を吸収しようとするので清らかな水「癸」と合するとされます。

 

もちろんこのような説明も知っておくべきですが、上の図のように五つ隔てて合することも必ず覚えておく必要があります。そのため合の説明の前に表を示したのです。四柱推命を学べば学ぶほど感じるのは、陰陽五行の自然的意味は人間が作った解釈であり、人間の解釈以前に存在する自然の原理は一定の間隔を置いて合と沖が繰り返されるのではないか、ということです。もちろん専門家の間でも見解の違いはありますが、私はそう考えています。

 

さらに知っておくべきことがあります。市販の教材や動画などを見ると「甲己合は土となり、乙庚合は金となり、丙辛合は水、丁壬合は木、戊癸合は火」になるという理論がよく紹介されています。これは合して変化する「合化」理論です。「甲己合」が土になるのは松が土に根を下ろして安定を得るので土の大勢に従うと見ます。「乙庚合」が金になるのは柔らかな植物を強い金の気で守り種子を作ろうとするが、種子の外は硬いので金になると見ます。「丙辛合」が水になるのは小さな鉄片が大きな火に出会うと溶けて水のようになると見ます。「丁壬合」が木になるのは先に述べたように最も陰気の強い火と最も陽気の強い水が出会い新しい生命である木を生み出すと見ます。「戊癸合」は乾いた土に水が入ると化学反応が起こり火花が散って火になると見ます。

 

しかし実際に解釈する際には、変化の対象となる五行の気が強い場合のみ「合化」が起こります。合化が起こらなければ単に合した状態にすぎません。他人に与えるのは惜しいのでただ捕らえておく形象とでも言えるでしょう。例えば乙庚合は金に合化するとされますが、周囲に木の気が強ければ金に変わりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


第一の場合は「乙庚合」が金に変わることがありますが、第二の場合は変化しません。特に天干が自分と同じ五行の文字をすぐ下の地支に持つと、それは根が生じることになり、他の気に変わることを拒むのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通常、日干は合はしても合化はしません。自分自身が他のものに変わってしまうと、四柱推命の主人公の実体が消えてしまうからです。しかし例外もあります。日干の両隣にある月干または時干の文字が日干と合し、さらに月支に合化した際に変化の対象となる五行が存在すると、日干も変化します。これを「合化格」と呼びます。

 

最初の例を見てみましょう。日干でなければ「甲己合」を行い、周囲に土の気が十分にあれば合化して土に変わります。ただし日干の場合は通常合化しません。しかしここでは月支が土です。このような場合に限り合化して土に変わります。合化した命式なので、日干が「甲」という松であっても、解釈する際には命式の主人公を旺盛な土として解釈します。強い土の気に悪い運が来れば悪く、良い運が来れば良いという具合です。命式の大勢が土となったので、気が旺盛だと見るのです。

 

次の例では、日干「甲」の両隣に「己」があります。この場合、どの文字と合すべきか分からないため、合の関係は成立しません。したがって合化も起こりません。参考までに、理論上は月支に合化した後に変化する五行がある場合、日干の合も合化するとされますが、実際の相談では時支に変化する五行があっても合化が起こり、原局の主人公の性質が変わるのを目撃したことがあります。

 

 

 

 

 

 

 

「戊癸合」が時支に「午」という火を持つ場合、合化が可能です。さらに隣の「卯」という木は火を大きく燃え上がらせます。大勢が火となるので、実際に水の気が旺盛な年にはこの命式の主人公は困難を経験しました。

「沖」に進む前に、合沖に普遍的に適用される原則を一つ紹介します。合と沖において、自分に有利な文字を自分が合すれば良いのですが、他の文字が先に自分に有利な文字と合してしまうと、特別なことは起こらないか、むしろ不利な状況になります。逆に、自分に不利な文字が自分と合すると不利になりますが、他の文字がその不利な文字と合して持っていってしまえば、かえって幸運に転じることがあります。これは地支の合と沖にも同じ原理で作用します。

 

次回は「天干沖」について学びましょう。本日もお疲れさまでした。

地蔵干とは、「地 = 地中」「蔵 = 隠す」「干 = 天干」を意味し、地中に隠された天干のことを指します。これを簡略に「蔵干(ぞうかん)」とも呼びます。 十二の地支の中には十の天干が隠されているということです。つまり、地蔵干とは地支が天干の別名でもあるという意味を持っています。現実世界での具体性を表すために十二支として表現されていますが、結局は天干と同じ流れにあるのです。

 

もう一つの意味は、地支が「地」に属している点そのものに由来します。地面を掘れば何かが出てきます。地支という「地」を掘ったとき、その中に天干が含まれていると考えるのです。結局、「地支」も天干の組み合わせなのです。

 

 

 

 

 

「地支」ごとに地蔵干を表にまとめると、次のようになります。

 

 

「子」から「亥」までの十二の地支は、それぞれ木・火・土・金・水の五行の性質を持っています。「地支」の「地」という字が示すように、地に存在するため、その文字の中には隠された文字があります。例えば「子」という字の中には「壬」と「癸」という二つの天干が隠されており、「丑」の中には「癸」「辛」「己」という三つの天干が隠されています。地蔵干の三つの文字は専門用語でそれぞれ「余気」「中気」「正気」と呼ばれます。二つしかない月は「余気」と「正気」だけです。「余気」は「余る」という意味の字を使いますが、よく見ると直前の地支の最後の地蔵干に当たる文字(または陰陽が異なる同じ五行)が次の地支の最初の地蔵干となっています。

 

各地支を月や時と考えてみましょう。前の月や前の時間がある瞬間を境に急に別の地支に変わるのではありません。前の気が徐々に消えていき、次の気がゆっくりと押し寄せてきます。余気が前の地支の「正気」であることが、これで理解できるでしょうか。「中気」の気は少なかったり、ある月には存在しないこともあります。「子」「卯」「酉」の月がそうです。

 

「正気」は実際の地支の五行と同じです。したがって各文字の比重は一対一ではなく、最後の文字である「正気」が最も大きいのです。先に述べたように、地支の陰陽が同じ五行であっても天干の陰陽が同じ五行と完全に一致しない理由も、この地蔵干にあります。「寅」は「甲」と多くの性質を共有していますが、「甲」は木であるだけなのに対し、「寅」は土である「戊」と火である「丙」を地蔵干として内包しているからです。

 

 

[太陽暦2022年1月1日午前8時30分出生者の四柱命式(原局)]

 

 

上記の四柱命式において、地支は年・月・日・時がそれぞれ「丑」「子」「寅」「辰」です。地蔵干の文字の中に、ちょうど天干と同じ文字がある場合、それを「透干」と言います。「丑」の地蔵干には「辛」があり、年の天干である年干がちょうど「辛」です。すると「丑」の中気の地蔵干「辛」が年干に透干されたと言います。年干の「辛」の立場から見ると、地蔵干の中に根があると表現されます。透干は同じ柱の中にあるときに強く働きます。つまり年柱において、年支「丑」の地蔵干「辛」が年干「辛」に透干されているのです。

 

「寅」の地蔵干「甲」も同じ柱の上で透干されています。一方、「寅」の地蔵干「戊」は時の天干である時干に透干されています。これは同じ柱ではありません。時支「辰」の地蔵干「戊」は同じ柱に透干されています。いずれにせよ、透干という概念は文字の力を分析する上で重要であることだけ覚えておいてください。今はこの程度まで地蔵干を扱うことにします。後に事例分析を行えば、「地蔵干」と「透干」の重要性を自然に理解できるでしょう。

 

次回からはいよいよ「合沖」の世界を本格的に学ぶ段階に入ります。本日もお疲れさまでした。

 

「亥():太陽暦 11月初め〜12月初め、21時〜23時」

 

」は陽の水に属し、十干ではに当たります。十二支ではです。季節としては太陽暦の11月初旬から12月初旬の間にあたり、時刻では夜の9時から11時の間です。壬も亥も共に川や海を象徴しますが、その中でも地支にある亥の方がより強い動的な性質を持っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一の例では、水の勢いが強すぎて、土を象徴する『戊』が堤防の役割を果たせず、流されてしまいます。宝石に当たる『辛』も海に沈むような状況です。 第二の例では、周囲の土によって『亥』という川の水が堤に閉じ込められた姿を示しています。時干には松を象徴する『甲』があります。木に水を与えるために水を溜めた形であり、『甲』の立場から見れば悪くない構図ですが、『亥』の立場からすると息苦しい状態です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日干が『癸』であれば、命式の主人公は露、泉水、霧雨、雲など、澄んで純粋な小さな水を意味します。ところが日支に『亥』を置くと、内面は泉水であっても、外に現れる行動は川や海となります。人から見れば『壬』のような振る舞いをしますが、内心には繊細な『癸』の心を抱いているのです。このように表と内が異なるため、容易には本心を知ることができません。

 

本心を知り難いというと否定的に聞こえますが、実際には心が深く、外見上は一喜一憂しないということと本質的に同じです。前者は不信の象徴のようですが、後者は成熟した人格のように見えます。善悪や有利不利の概念を持たない自然においては、自分に害を与えれば前者となり、助けを与えれば後者となるのです。人間の生もまた同様であると、四柱推命では考えます。

 

ここまで十干と十二支の文字ごとの意味を見てきました。無闇に暗記することを避けるために命式の形で例を示し、文字同士の相互関係についても一部を考察しました。これまで取り上げた文字間の関係は、厳密に言えば、ある文字が隣にあるとどのような影響を及ぼすかというものでした。

 

例えば、水源に当たる『庚』が隣にあれば、『壬』の水流は安定して流れますし、『甲』という松が隣にあれば、『丁』という灯火は薪を得て大きくなる、といった具合です。隣にあるからこそ影響を受けるのであり、このような解釈ももちろん重要です。

 

しかし、これから学ぶ関係は、隣にあるか遠くにあるかにかかわらず、文字と文字の間に生まれつき存在する結合や葛藤についてです。『甲』は『己』を見るとしようとし、『庚』を見ると衝突するように、文字同士には固有の関係があります。これが四柱推命の解釈の細部を左右する合沖理論です。

 

合沖を理解すれば、自然的存在としての十干十二支に関する理解は一応完結します。さらに十干十二支の関係を社会的観点から解釈する十神理論を学べば、命式分析の準備が整うのです。とはいえ、合沖や十神を学ぶ前にまず知っておくべきものがあります。それが『蔵干』です。ここまでを知ってこそ、合沖理論の理解は深まります。次回は『蔵干』について学びましょう。本日もお疲れさまでした。

 
 

「酉(とり):太陽暦 9月初め〜10月初め、17時〜19時」

 

「酉」は陰の金に属し、十干の「辛」にあたります。非常に鋭い刀や鋏、または輝く宝石を象徴します。季節では太陽暦の9月初旬から10月初旬にかけての秋の中心であり、時間では午後5時から7時の間に相当します。干支では酉年です。原石である「庚」や「申」よりは弱いものの、より鋭さを持っています。優劣というよりも用途が異なると考えるべきでしょう。もともと大自然には正しいも間違いもなく、良いも悪いもありません。ただ、人間社会の視点から状況を解釈することで、善悪や有利不利の概念が生じるだけです。自然の実体は変わっていないのに、状況によってその概念や価値判断が変化することを理解すれば、四柱推命の解釈の眼が一段階高まるでしょう。

 

 

 

 

「辛」や「酉」のように、精錬・加工を終えた金属は火を嫌います。すでに製鉄所の溶鉱炉を通り、自らの用途が定められているのに、再び炉に入れば、もとの用途が変わったり、曖昧な煤のようなものが付くこともあります。宝石の概念で見れば、太陽にあたる「丙」の場合はむしろ喜ぶこともあります。「巳」も陽の火であるため、「辛」や「酉」と大きな衝突はありません。しかし「丁)」や「午」に隣接する場合、「辛」や「酉」の立場からどのような心境になるかを考える必要があります。

 

これに関連して、よくある質問がもう一つあります。「辛」や「酉」は「庚)」や「申」のように水源として使えるのか、というものです。概念的には可能ですが、その効果は弱いです。少し曖昧な答えに聞こえるでしょうか。五行という概念をさらに拡張するために、十干十二支が登場しました。十二支の各地支も、概念をより詳しく説明するための詳細な構成です。その詳細化の過程で自然への観察が加えられましたが、基本的に金は水を助けるというのが五行論です。したがって、「庚」や「申」ほどではありませんが、「辛」や「酉」も水を生み出すと見ることができます。ただしその力は強くないため、「生み出す」というより「助ける」と理解するのがよいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上記の原局は、どちらも強い金の気を持っています。では、どちらがより鋭いでしょうか。すでに宝石であり刀でもある「辛酉)」の方が、より鋭いのです。では、どちらがより堅固でしょうか。原石である「庚申」の方が、より堅固です。では、どちらが火を嫌うでしょうか。もちろん「庚申」も金の気を四つも持っているため、火による溶解を受けるには大きすぎますが、本当に大きな火であれば、溶かして原石としての用途を見出すことも可能です。これに対して「辛酉」はすでに溶鉱炉を通過しているため、火に対する嫌悪感は「庚申」よりもさらに強いのです。

 

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「戌(いぬ):太陽暦 10月初め〜11月初め、19時〜21時」

 

「戌」は陽の土に属し、十干の「戊」に対応します。季節では太陽暦の10月初旬から11月初旬にかけて、時間では午後7時から9時の間にあたります。同じ陽の土である「辰」がその中に潤いを含んでいるとすれば、「戌」はその中に火種を抱えています。乾いた秋の土の中に藁火が潜んでいるような形勢です。独自に火を起こすことはありませんが、周囲に火の気が強まれば火へと変わる可能性があります。干支では戌年、すなわちにあたります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戊戌)」も「戊辰)」も、上下ともに陽の土であり、大きな土を象徴します。しかし、その土を掘り下げてみると、「戊戌」には内部に火種があり、「戊辰」には内部に水分があるという違いがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

宝石である「辛」が土の中に埋もれて光を浴びられないため、「壬」のような大きな水で土埃を洗い流す必要があります。「壬」がなければ、「癸」のような泉の水でも用いて洗うべきですが、当然その効果は弱いでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

「戌」には土の中に火種があると述べました。そのため周囲に火があれば、その火種が発火して大火へと広がります。上記の例では、「戌」と「午」が出会うことで、日干「戊」の地支は火の海となります。「甲」は「戊」という大地に根を下ろすことができず、薪として消費される痛みを味わいます。

 

各十干十二支の社会的意味を示す十神」理論で改めて扱いますが、この命式では「甲」に対応する社会的意味が弱まります。もちろん木が象徴する病気にも注意が必要であり、火そのものが大きくなるため、火に関連する病気にも気をつけなければなりません。火の気が過度に溢れる命式に水にあたる文字があっても、その気が弱ければ強い火気によって水が蒸発してしまいます。したがって水に関連する健康にも注意が必要です。

 

今日は「酉」と「戌」について学びましたが、いかがでしたでしょうか。次に十二支の最後である「亥(い)」を学べば、「十干十二支」の学習は完結します。本日もお疲れさまでした。

「申(さる):太陽暦 8月初め〜9月初め、15時〜17時」

 

「申」は陽の金で、十干の「庚」にあたる気運です。原石や水源地の役割を「庚」と同じように考えることができます。時期としては太陽暦の8月初めから9月初めの間で、秋の始まりにあたります。時間では午後3時から5時の間です。干支では猿年(さるどし)になります。太陽暦の8月初めには立秋があります。実際に立秋を過ぎると海水の温度が下がり、水に入るのが少し負担に感じられるようになります。二十四節気の流れは、自然の摂理がいかに正確であるかを教えてくれます。そして、四柱推命の命式も同じ枠組みの中で動いているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上記の命式を見ると、金の気が非常に強く現れています。「甲」という松の木が岩の中に孤立している形です。「庚)」や「申」は原石であり、精錬や加工の前の金属ですが、刃がそれほど鋭くない斧も含まれます。そう考えると、斧に囲まれた松の木のような構図になります。さらにこの松は他の木の気を得られず、水も見えないため成長できません。加えて根を張る土もありません。

 

実際に「庚申」の年には金の気がさらに強まり、木が損なわれるため、この命式の持ち主は大きな刺傷を受けました。健康面では木は肝臓や神経系の病を意味します。実際の相談では、木が斧に切られるような事故が起こる例がしばしば見られました。

 

上記の四柱には木の根がありませんが、だからといって根を張るために土が来ると危険です。土が固まって時間が経つと岩となり、金の気をさらに強めて木の損傷に影響を与えるからです。このような場合には水の気が必要です。金は水源を作り、水は木に潤いを与えるので、金生水、水生木の循環構造となり、金と木が直接衝突せずに調和します。

 

また、火によって金を溶かすことも一つの方法です。しかし強い衝突には、間に緩衝の役割を果たす五行が入るのが最も穏やかです。厳密な理論で説明するのは難しいですが、金の気が4〜5個以上ある場合は火で溶かすのが難しく、むしろ刺激となって逆効果を招くことがあります。この点を覚えておくと、実際の命式解釈に役立つでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「庚」であれ「申」であれ、陽の金は「加工・精錬のための原石」となるか、「水を生み出す水源地」として用いなければなりません。では、どちらに決めるべきでしょうか。特定の理論を暗記して決めることはできず、命式の構造を見て事例ごとに判断する必要があります。

 

最初の例を見ると「金」が四つもあります。この程度になると、普通の火で溶かして制御するのは難しいと考えられます。しかも「庚金」の日干が「申月」に生まれているので、自分の季節に生まれたことになります。日干が「金」の人が秋に生まれると、自分の季節に生まれたといいます。「金」は季節で秋にあたるからです。したがって金の気がさらに強まる理由となります。自分の季節に生まれ、しかも「金」が四つもある場合は火で溶かすのは難しいと判断されます。したがって金は水源地として水を生み出す生き方をする方が良いのです。ちょうど命式に川や海を意味する「壬」と、清らかな泉を意味する「子」があり、「金生水」という水源地の本分にぴったり合った姿となっています。

 

しかし次の事例は異なります。「庚申」日に生まれているので金の気が二文字あり、弱い「金」ではありません。しかし金の気が四〜五個以上ではなく、しかも冬に生まれているため非常に冷えています。先に述べた温度を重視する「調候論」で見ても火が必要であり、金が二つ程度なら火で溶かすことも可能です。したがって「丁」という火を用いると、主人公「庚」は原石として火の働きを受けることになります。ただし「丁」という火の周囲に薪がなく、水ばかりが多ければ、「丁」一文字だけで「庚申」という金の気を溶かせるかどうかは悩ましいところです。命式に幸い「寅」という松の木があり、この木が薪となって「丁」という火を大きくしてくれます。こうして原石を制御する火が本来の役割を果たす姿となるのです。

 

今日は「申」に生まれた命式を取り上げながら、自然に強い気を抜いたり(金生水)、抑えたり(火剋金)する理論についても扱い、さらに命式の温度を理解する「調候論」も学びました。これから少しずつ、どの命式にどの気が必要なのかを理解し始めることになります。難しく感じるかもしれませんが、楽しむ心で学んでいただければ幸いです。では、本日もお疲れさまでした。