この事例の主人公は、韓国で士官学校を卒業し、大尉まで勤務した後に除隊し、現在は有名な外資系企業の幹部として働いています。果たして、彼の職業の変化をもたらしたのは、四柱推命のどの要素だったのでしょうか?
 

 

 

天干

地支

 

藏干

 

 

 

大運

76

66

56

46

36

26

16

6

偏官

正財

偏財

傷官

食神

劫財

比肩

正印

比肩

傷官

食神

劫財

正印

偏印

比肩

正官

 

 

原局を見て「四柱推命に偏官である甲があり、月支と日支に同じ陽の木である寅が二つ存在し、甲の根となっているので軍人の命式である。しかも偏官は軍人、検察、警察などの強い組織と関係していると聞いた」と語るなら、よく勉強された証拠です。

年干に「偏官」があるということは、初年から偏官運が強いという意味であり、まさに軍人の命にふさわしいのです。年・月・日・時の文字はそれぞれ初年、青年、中年、晩年を意味するという理論があります。したがって「年干」の「偏官」は、19歳からの士官学校生活と軌道を同じくします。しかし問題は、この人が一生軍人であるかどうかです。先に述べたように、彼は任官後の義務服務5年だけで除隊しました。当時彼は20代後半で、韓国の名門私立大学に編入し、40代を超えた現在は外資系企業の高給会社員です。26歳の大運である「己巳」大運の「己」が原局の偏官である甲と「合」をなす点に注目すべきです

大運も2010年に変わりますが、ちょうど2010年は「庚寅年」です。歳運の天干である「庚」が原局の年干である「偏官」の「甲」と「甲庚沖」を起こします。偏官は大運では「甲己合」で束縛され、既存の官運が動けなくなりますが、歳運では「甲庚沖」となるため、新しい方向へ進路転換を望む心が芽生えます。大運は大きな環境を意味し、歳運は具体的な方向を示すので、大運よりも歳運の影響を強く受けます。したがって、この時期に除隊を決心したのです。もちろん大運だけを分析しても、「己」の大運で原局の偏官である「甲」が合で束縛されるため、官運という星が輝きを失うと解釈しても間違いではありません。

さらに、天干の偏官である「甲」を地支で支え根の役割を果たす寅が二つあることからも、一つの職場に一生勤めることはないとすぐに分かります。甲の根が二つあるため、仕事の分野や職場も二つ以上になると解釈できるからです。この事例は転職の有無に焦点を当てましたが、さまざまな分析に適した良い素材です。

 

「寅月」の「戊」という日干は、まだ寒い季節の土であるのに、なぜ「調候用神」となる「火」について語らないのかと疑問に思われたなら、すでに四柱推命の分析力がかなり高まったと自負してよいでしょう。調候用神は重要であり、しかもやや身弱な命式です。もっとも二つの印星である偏印の丙が地支に「寅」を持っています。後に改めて扱いますが、丙にとって「寅」は十二運星理論「長生」とされ、力を与える気です。十二運星まで語らなくても、丙にとって「寅」は偏印となり丙を助けると理解すれば十分です。したがってやや身弱ではありますが、極端に弱いわけではありません。ゆえに季節のバランスが力のバランスよりも重要であり、扶抑用神の面でも大きく弱くない命式の特徴を総合的に考えると、この命式は火の運で発福すると予測されます。

26歳の己巳大運の最初の数年間は「己」がより強い影響を及ぼし、命式の官運である甲を合で束ねるため、この期間は再び学部生として勉強し、その後小規模の会社で短期間働き、30代初頭を迎えました。己巳大運の後半で「巳」が強くなる時期に、業界最高水準の外資系企業の韓国支社に再び社員として入社し、その後超高速で昇進を重ね、40代前半には年収2〜3千万円を受け取る幹部となりました。「巳」の運は調候用神である丙の根となるからです。

 

今日の事例はいかがでしたでしょうか。大きく二つほど強調しておくと良いと思います。

第一に、原局の官星である十神の文字に、大運や歳運で合や沖が複雑に作用すると、職業や業務上の変化が生じるということです。

第二に、特に天干の官星が合となる時期には、既存の職場での運路が塞がれることになります。官星は名誉を意味するため、人の目に触れやすい「天干」に存在するときは、「地支」に官運がある場合よりも影響が現れやすいのです。ただし、原局の分析の結果、官星が自分にとって凶神・忌神である場合には、原局の官星と大運または歳運と合または沖となる時期に、むしろ組織の内外で良い機会が訪れることもあります。

それでは、今日もお疲れさまでした。

 

 

 

今日からいよいよ実際のケースを扱っていきます。最初の事例は、職場内での昇進に関するテーマです。

 

職場運は主に「正官」や「偏官」といった「官星」を通して判断します。つまり一言で言えば「官運」と呼ばれるものです。四柱推命の命式の原局に官星が強く存在し、かつ日干がその官星の「剋」を受けても耐えられるほどの気が強い場合、その人は「官運」を持って生まれたとされます。 しかし、命式に官運がなくても、大運や歳運で官運が巡り、その官運が用神に当たる時期は、会社員にとって出世に有利な時期となります。 逆に、命式の原局で官星が自分に凶作用を及ぼす場合や、大運・歳運で巡る官運が不利に働く場合は、良い職場運を期待するのは難しいでしょう。 また、時には正官や偏官ではなく、用神運や一般的な吉凶も会社員にとって重要であり、官星だけで職場運を判断することはできません。

 

 

 

天干

地支

 

藏干

 

 

大運

78

68

58

48

38

28

18

8

偏官

正財

偏財

傷官

食神

劫財

比肩

正印

傷官

食神

偏財

劫財

比肩

正財

正印

偏印

 

 

2020年の年末に昇進できるかを質問した大企業の女性部長の四柱命式です。分析の概要は以下の通りです。 「甲」という松が「戌月」に生まれました。太陽暦で10月初めから11月初めの間なのでやや涼しく、温かい気があれば良いのですが、凍え死ぬほどではありません。それでも温かい気である火があるかどうか原局を調べてみると、存在しません。「戌」の蔵干に「丁」という火が隠れている程度です。 「調候用神」の候補は蔵干の中の「丁」一つです。しかし土の中に隠れているため、仮に取り出して使える状況になったとしても、天干の「壬」が「丁壬合」をして機能を停止させるので、用神候補としての期待値は高くありません。 用神候補のレベルを評価することを「用神品質検査」とも呼び、非常に重要な分析です。用神の品質を見極めることで、良し悪しの程度を正しく判断できます。理論的に見ると「戌月の甲木」は涼しい秋に生まれたため温かさが必要であり、原局の八字の中から火を探し、火がなければ「戌」の中の蔵干である「丁」を調候用神として用いるべきです

 

しかしこの事例は理論を単純に適用してはいけません。実際には蔵干の文字は、地支間に「沖」がある時に天に飛び出して使用されるのです。例えば「辰」という運が大運や歳運で巡ってくると「辰戌沖」が起こり、二つの地が衝突して地震が起きるように「戌」の中の文字が外に飛び出す状況になります。この瞬間に蔵干の文字を日干が使用することができます。 ところが、合沖理論では「丁」は「壬」と合を成しますが、ちょうど「戌」の上に「壬」という文字があるため「丁壬合」として結び付けられ、日干が使用しにくいという点まで分析しなければなりません。 したがって、原局の中の蔵干である「丁」という用神候補は、用神としての品質が高いとは言えません。ゆえに、この命式の主人公である日干は、大運や歳運で温かい気が巡ってくるのを待たなければならないのです。

 

「温度のバランス」を確認したので、次は「力のバランス」を見る番です。日干を助ける比肩・劫財・正印・偏印に該当するものは、正印が一つ、偏印が二つで、いずれも天干にあります。地支には偏財が一つ、正財が一つ、偏官が二つあり、これらは私を助ける気ではないため、この命式の主人公は「身弱四柱」となります。 日干を助ける十神が三つ、日干の気を抑えたり奪う十神が四つで、単純比較でも「身弱」と言えますが、身強・身弱の分析では地支の比重を高く置きます。その理由は、天干は精神的領域であり、地支は肉体的領域・社会活動領域だからです。人が持つ気の強弱には精神的影響よりも肉体的・社会的影響が大きいと仮定します。 身弱の命式なので、日干を助ける文字が扶抑用神の候補となり、原局にある文字の中では正印・偏印が該当します。日干により近い「壬」は、一つ離れた「癸」よりも困難な時に手を差し伸べやすい存在です。したがって扶抑用神の候補は「壬」を優先します。ちょうど「壬」は地支にある二つの「申」が水源となるため力も強いのです。陽の金は岩であり原石にもなりますが、水源にもなります。また「金生水」という相生理論を思い起こせば、「壬」という水は大きくならざるを得ません。用神の品質が高まるのです。 さらに偏印が用神となる場合、偏印は学問運・文書運を意味するので頭も良いことを示します。ただし冷たい水が強すぎると命式原局自体がやや寒くなる可能性があります。春や夏に生まれた命式なら心配はありませんが、太陽暦10月初めから11月初めに生まれているため温度のバランスがやや惜しいところです。惜しいにとどまる理由は、幸いにも冬に生まれていないからです。もし冬に生まれていたなら、身弱の命式に力を吹き込むために水を加えることが、日干である「甲」という松に水を与えた結果、むしろ凍りつかせてしまうような象となり、生命力を損なう恐れがあるためです。

 

この命式の主人公は「2020年の年末に昇進できるか」を問いかけました。当時の大運は「丙寅」、歳運は「庚子」でした。「丙寅」大運は調候の側面から良いとされます。「丙」という太陽が「寅」という木を持っているので「木生火」の効果により「丙」は力のある火となります。もちろん原局と出会うと「丙壬沖」となるのはやや惜しいですが、10年単位の大運は全体的な環境としても作用するため、命式に温かさを提供できます。さらに補足すると、大運を分析する際、大運の天干は10年の前半5年、大運の地支は後半5年に割り当てて考える専門家も多いです。私は天干・地支ともに10年間影響すると考えますが、前半5年は天干、後半5年は地支に重きを置いて分析しています。専門家の間でも意見が分かれる部分なので参考までに述べます。

 

身弱の命式に入る大運「寅」は比肩であり、主人公に力を与えます。ただし、日支の「申」と「寅申沖」となるため会社生活は不安定になります。この期間、主人公は数年間海外で勤務しました。以前、日支が「申」であれば「寅」は驛馬殺になると述べました。したがって「寅申沖」は驛馬沖、すなわち忙しく各地を移動する姿であり、実際の状況と一致します。 歳運を見ると「庚」は偏官、「子」は正印です(2020年は庚子年)。「庚」という歳運の天干は原局天干の右側から接近し、「子」という歳運の地支は原局地支の右側から接近します。大運の天干と地支も同じ方法で接近します。

 

 

 

 

「庚」という偏官は、身弱な「甲」を「金剋木」で抑えるので、身弱の命式では不利に見えますが、実際は異なります。右側から接近すると「甲」に出会う前に「癸」と「壬」という水が「庚」と先に出会います。「庚」という金は「癸」や「壬」という水を「金生水」して、むしろ水の力を大きくします。水は木を「水生木」で助けるので、「金生水 → 水生木」という連鎖効果によって身弱の命式を強化します。 では、地支の「子」も水なので「水生木」の効果があるのでしょうか。答えは逆です。右側から歳運の地支が原局に接近すると、「子」はまず「丑」と出会います。地支の六合理論で「子丑合」を思い出してください。「子」は「丑」と合で結び付けられるため、期待したほど主人公である日干「甲」に「水生木」をしてくれません。合は良く、沖は悪いという単純な考えは捨てるべきです。 最初の事例から合沖理論の核心を扱うので難しく感じるかもしれません。しかし、この程度まで分析しなければ「身弱の命式に『子』という水が入って良い」といった単純な解釈になってしまいます。結果が同じでも過程を異なって理解すると、後に別の命式を解釈する際に誤りを生む可能性があります。

 

総合すると、この命式の主人公は秋に生まれた身弱な松である「甲」です。命式の原局を見ると調候用神の候補が適切ではなく、大運や歳運で待つ必要があります。しかし、身弱ではあるものの扶抑用神の候補は十分に備わっています。「丙寅」大運は「丙壬沖」がやや惜しいですが、調候の面で欠点を一部補います。大運の地支「寅」も「寅申沖」という驛馬の運で慌ただしい生活を送りますが、「寅」という文字自体は身弱な日干に比肩として力を与えます。 「庚子」という歳運では、「庚」という偏官の凶が、むしろ「金生水 → 水生木」という連鎖効果によって身弱な命式を強めます。偏官も官運、すなわち組織運なので、凶だと思われたものが吉に転じました。これが昇進運に有利と判断する根拠です。さらに歳運の天干「庚」は原局の日支と時支に同じ陽の金である「申」があり、旺盛な気の官運です。官運も旺盛で、金生水を受けた日干も強くなります。専門用語で「官旺自旺」と言い、十分に官運を使える場合です。官運とは重い負担を意味します。組織は常に個人を圧迫するからです。官運の重さが大きくても、その重さに耐える力があれば官運は大きなものとなります。大きな官運が巡ってきて、強まった自分の力で耐えた結果、韓国のTOP3大企業系列会社の常務に昇進しました。もちろん発表直前までは昇進の可否が不確かで、心配しながら待っていました。これは命式の温かさがやや不足して心に余裕がなく、「寅申沖」が原局を不安定にしたためです。 続いて迎える「丁卯」大運では、「丁」という火が「丁癸沖」となり弱まるため温かさが不足します。したがって心の余裕は依然として欠けるでしょう。ただし「卯」の劫財は競争相手を意味しても、身弱の命式では日干を助けます。したがって問題を一人で解決しようとせず、社内の先輩・後輩、同僚を包容するリーダーシップを発揮して生きることが望ましいのです。

 

 

今日は初めての深層事例分析をご一緒しましたが、いかがでしたでしょうか。初めてなので少し詳しく解釈した部分が、かえって難しく感じられたかもしれません。それでも事例学習を繰り返していけば、ある時点で自然に解釈できるようになると信じています。では、本日もお疲れさまでした

 

ついに本格的に四柱を分析する段階まで来ました。これまでに四柱を解釈するために必要な理論は一通り学んできました。もちろん、まだいくつか残っている理論もあります。「格局論」「十二運星」「神殺」「空亡」などです。特に「格局論」は丁寧に学ぶべきだと主張する専門家も多いです。しかし、残りの理論については事例分析を並行しながら学習しても十分だと判断し、今後少しずつ紹介していく予定です。

 

四柱推命を学問として深く追求しないのであれば、理論をある程度学んだ後はすぐに事例に入るべきです。その方が面白く、実力の向上も早いからです。残りの理論は事例の中で随時説明していきます。

 

これから紹介する事例は、実際の人物の四柱ですが、それぞれ特徴的な相談分野があります。「財運」「恋愛運」「合格運」などがその例です。四柱推命によって一人の人生全体を理解することも可能ですが、一般的に「四柱を見てもらいたい」と思うのは、特定の時期に具体的な悩みや質問が生じた時です。悩みが全くないのにただ四柱を見たいと思う人は多くありません。特定の時期に生じる深刻な悩みに対して洞察と代案を提示することこそ、四柱推命の存在理由だと考えます。

 

事例に入る前に、これまで学んだ内容を復習する意味も込めて、四柱を分析する手順を簡単に整理しておきましょう。

 

四柱分析の手順

1. 原局に必要な五行と、原局が嫌う五行を把握します。原局に必要な五行は「用神」または「吉神」と呼び、原局が嫌う五行は「凶神」や「忌神」と呼びます。用神を見つけるためには「温度のバランス」と「力のバランス」を分析する必要があり、まずは温度のバランスが優先されます。

1.1 温度のバランス ― 調候用神

まず日干を中心に、寒すぎる季節か暑すぎる季節に生まれたかを確認します。命式の温度を調整する用神を「調候用神」と呼びます。寒すぎれば暖かい五行が、暑すぎれば冷たい五行が候補となります。初めて四柱推命を勉強する際、自分に必要な運である「用神」を探す練習をたくさんしますが、その中でも「調候用神」が最も重要です。お金や名誉がなくても生きていけますが、砂漠で水がなかったり真冬の野原で火を焚ける場所がなければ生存そのものが脅かされるのです。

1.2 力のバランス ― 扶抑用神

温度のバランスを分析し、調候用神が必要かどうか、必要なら原局に存在するかを確認した後は、日干を中心に全体的な力のバランスを見ます。比肩・劫財・正印・偏印が多いか少ないかを確認します。食神・傷官は働く気であり、日干の力を消耗させます。正財・偏財は成果を得るために努力が必要で、日干の力を奪います。正官・偏官は日干を抑制するので助ける力ではありません。

 

助ける力が多ければ「身強」の命式、逆なら「身弱」の命式と呼びます。身強なら力を抑える正官・偏官や力を奪う食神・傷官・正財・偏財が用神候補となります。身弱なら力を補う比肩・劫財・正印・偏印が用神候補です。ただし従格の場合は、原局で強い力をさらに強める十神が用神候補となります。従格は大勢に従うことが必要だからです。力の過不足を調整する用神を「扶抑用神」と呼ぶことを覚えておいてください。

 

 

2. 10年単位の運である「大運」と、1年単位の運である「歳運」が、原局に必要な五行と原局が嫌う五行をそれぞれどの程度持つかによって、時期ごとの吉凶を分析します。

 

最も良い命式は、原局に必要な用神が存在し、その文字が合によって束縛されず、沖によって壊されていないものです。このような人は大運や歳運の影響をあまり受けず、幸福に生きる可能性が高いとされます。しかし、このような命式を持って生まれる人は思ったほど多くありません。そのため、多くの場合はその時々に変わる大運や歳運の中で、自分が待ち望む用神運が巡ってくるのを期待することになります。

 

大運でも必要な運が入り、歳運でも必要な運が入る時期は「発福」の時期であり、非常に良い時期です。大運か歳運のどちらか一方だけが良ければ、概ね無難な時期と解釈されます。しかし、大運も歳運も悪い運が入る場合は、非常に注意すべき時期と判断されます。

 

 

3. 良い状況や悪い状況が十神のどれと関連しているのかを見て、直面している悩みの原因と解決策を探ります。

 

吉凶を分析するだけでなく、その内容が人生のテーマのどの分野に関わっているのかを理解する必要があります。これは「十神」を通じて判断します。お金に関する質問なら正財や偏財を、文書に関することなら正印や偏印を、組織での出世に関することなら正官や偏官を重点的に分析します。男性の恋愛問題なら正財や偏財を、女性の恋愛問題なら正官や偏官を分析対象とします。

 

そして、このような分析を行った後でも忘れてはならない重要なことがあります。それは主人公である「日干の心」を理解することです。その人が持つ命式において、現在の大運や歳運の時期にどのような「心」を抱くのかを理解してこそ、現実的に役立つ解決策を提案できるのです。

 

 

今は上記の手順を順番に適用して解釈するのが難しく感じられるかもしれません。暗記したとしても、実際に応用するには多くの経験が必要です。だからこそ、実際の事例を数多く分析することが大切です。事例を繰り返し見ていくうちに、自然と上記の段階が身につき、概念や理論が実戦でどのように適用されるかを体感できるようになります。

 

それでは次回からは本格的に事例分析に入っていきましょう。本日もお疲れさまでした。

 

 

 

 

 

 

 

正官

 

十神の最後の関係である「私を制御する関係」について見ていきましょう。五行の関係では、私を「剋」する文字にあたります。日干と陰陽が異なれば「正官」、同じであれば「偏官」と呼びます。両者を総称して「官星」といいます。

 

制御の関係においても、陰陽が異なる方が自然であると考えられるため、「正官」は「偏官」よりも安定的に制御される姿となります。安定した職場に勤める姿を思い浮かべれば理解しやすいでしょう。先ほど少し触れましたが、「官」という言葉は組織を意味します。昔は官運といえば公職運のことでした。現在では組織運を広く捉え、「官星」、すなわち「官運」と呼びます。

 

「正官」は「正しい」という字からも感じられるように、安定した職場を意味します。公務員、大企業、その他安定的な組織です。「偏官」は「偏る」という字から分かるように、組織の業務や文化が特に強いところです。軍・検察・警察・言論機関などが代表的な偏官の組織です。そのほかにも、組織の業務的個性が強ければ偏官組織とみなすことができます。現代では多様な組織文化が存在するため、単純に「公務員や大企業は正官、軍人や警察は偏官」と決めつけるのではなく、理論が示す概念を理解し、現実に柔軟に適用することが重要です。

 

 

 

天干

地支

 

藏干

 

 

韓国の十大グループの核心系列会社の副社長の四柱命式です。陰の水である「癸」が、陽の火である日干「丙」を剋しているので、「癸」は「正官」となります。月と時の「巳」が火であるため、日干も暑い気が強いように見えます。したがって、時干の「正官」である「癸」が太陽である「丙」を十分に制御できるかどうかが、この命式の主人公が持つ官運の品格を判断する基準となります。

 

まず、水が表に現れている他の文字はなく、月干に「辛」があるので金生水によって「癸」を助けるかどうかを見ます。しかし「丙辛合」で結ばれているため、容易に助けることは難しそうです。年干の「庚」は水源として使うには「癸」と距離があり、遠くに存在しています。それでも総合的に判断すると、正官の力は十分に使えると見ます。なぜでしょうか。その答えは「蔵干」にあります。

 

「巳」の蔵干に「庚」があり、距離は遠いものの年干にも「庚」があるため、蔵干の文字が天干に透干されています。透干された文字は意味を持って使うことができます。逆に透干された文字と呼応する蔵干内の文字も有意義です。また「辰」の蔵干にも「癸」があります。

 

したがって、時干の「正官」である「癸」の立場から見ると、蔵干の文字がいくつも自分を助けています。もちろん、表に現れた天干の「辛」と「庚」も距離が離れているため直接生じるのは難しいですが、ある程度の力は与えると見ることができます。結論として、この命式の「正官」の格は高いと判断されます。この命式の主人公は他社から引き抜かれてきましたが、その時期は大運の文字が「戌」であり、日支の「辰」と「辰戌沖」をしている時期でした。日支の文字が衝突すると環境の変化が起こる場合が多いです。「沖」は必ずしも悪いと解釈するのではなく、その環境変化が良いか悪いかを読み取ることが重要です。

 

 

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偏官

 

偏官とは、軍・検察・警察・言論など、強いまたは個性的な組織文化を持つ職場を指すと説明しました。しかし、21世紀の多様な組織文化が形成されている現在の状況では、柔軟に解釈する必要があります。実際に軍人や検察の高位職にある方の中にも、偏官運を必ずしも用いない場合が多いからです。「正官」と「偏官」の属性だけを理解し、解釈は幅広く行うことが重要です。では、例を挙げてみましょう。

 

 

 

 

 

 

有名な外資系企業の韓国支社長の四柱命式です。日支を見ると「偏官」である「申」があります。時支を見ると「正官」である「酉」もあります。「正官」と「偏官」が同時に存在すると「正偏官混雑」と呼ばれ、「官運が悪い」と解釈する理論もあります。つまり、組織運が悪いということです。では、この命式は正偏官混雑なのに、なぜ主人公は出世したのでしょうか

 

繰り返しになりますが、四柱推命において理論を暗記してすぐに解釈へ適用するのは非常に注意が必要です。ある理論があるなら、その根拠を理解し、適用は柔軟に行わなければなりません。命式のディテールが異なれば、単純に理論を当てはめるだけでは解釈が難しい場合が多いからです。

 

まず命式の原局をそのまま読んでみましょう。この命式は「甲」という松の木が周囲に木がなく根が弱そうに見えます。このままでは金が二つもあるので木が折れてしまうのではと心配になります。しかし幸いにも「癸」という水が両側にあります。二つのうち一つが使えなくても、残りの文字が役割を果たします。飛行機のエンジンが二つあるので、一つが止まっても飛行できるのと同じです。したがって、特定の年の運が多少悪くても毎年順調に成功できるのです。

 

また、金が木を剋するのを金生水、水生木で循環させる「通関」機能も見られます。つまり、水である「癸」は「通関用神」です。そして日干の「甲」を助ける木はないものの、水によって木を生じるので弱い気を助ける「扶抑用神」にもなります。この命式は「通関用神」と「扶抑用神」が両方とも二つ存在するため、出世したのです。二つの「官星」と二つの「印星」があることも、それぞれ一つしかない場合より主人公の生まれ持った出世の器を大きくしたと考えられます。「正官」と「偏官」が両方あるからといって「正偏官混雑で悪い」と決めつけてはいけません。そのように解釈すると、給与を蓄えて経済的自由を達成したこの命式の主人公の人生を完全に誤解することになります。ちなみに、この命式の主人公は数年来、年収で1億円以上を受け取っています。

 

 

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身强 & 身弱

 

先ほど「扶抑用神」についてお話ししました。「扶抑用神」をよく理解するためには、「身強」「身弱」についての理解が重要です。四柱の原局において、日干である「私」を除いた七つの文字に「比肩」「劫財」「正印」「偏印」など、日干の気を強める文字が多ければ「身強」、少なければ「身弱」の命式といいます。気を強める文字とは、日干と同じ五行、または日干を生じる五行です。

 

四柱推命の理論はバランスを重視します。したがって、身強の命式には強い気を抑える「正官」や「偏官」、強い気を活用して発散させる「食神」「傷官」「正財」「偏財」が必要です。逆に身弱の命式には「比肩」「劫財」「正印」「偏印」が必要となります。自分に必要な気を「用神」と呼びます。身強・身弱の力のバランスを整える用神「扶抑用神」といい、助けたり抑えたりして力の均衡を保つという意味です。

 

では、日干の気が身強か身弱かはどのように判断するのでしょうか。「比肩」「劫財」「正印」「偏印」がいくつ以上なら身強で、いくつ以下なら身弱でしょうか。日干を除いた命式の文字は七つなので、四つ以上なら決まるのでしょうか。七つの文字を同等の重みで見る理論もありますが、地支の四文字により比重を置く理論が優勢です。そのため、初学者は「身強」と「身弱」の判断が難しいとよく言います。これは多くの事例を経験して理解される部分なので、今はこの程度で理解していただければ十分です。今後一緒に事例研究を重ねていくので、心配しなくても大丈夫です。

 

最後にもう一つ重要な概念があります。それが「従格」です。これは命式の気が極端に強すぎたり弱すぎたりする場合、無理に均衡を取ろうとせず、大勢に従うべきだという考え方です。そのため「従う」の字を使って「従格」と呼びます。「身強」が極端に強ければ、日干の気を抑えることはかえって大勢に逆らうことになるので、日干の強い気をさらに強める運が良いとされます。同様に「身弱」が極端に弱ければ、中途半端に助けるよりも周囲の強い気に従う方が良いと理解されます。「従格」についても、今後事例を扱いながらさらに説明していく予定です。

 

 

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これで「十神」をすべて学びました。自然的存在である人間の社会的意味を解釈する準備が整ったのです。理論的にはほぼ準備ができたといっても過言ではありません。もちろん、まだ扱っていない理論もありますが、解釈しながら学べば十分です。しかし、いざ一人で分析を始めるとなると気が引けるでしょう。それは当然です。これまでの準備は、これから出てくる事例を学ぶための理論的な準備にすぎません。

 

四柱推命の学習の核心はやはり事例研究です。事例まで学べば、多くの事例を自分で分析してみたいという気持ちが強くなると信じています。次回からは事例を学んでいきましょう。時には解釈が難しい事例に出会うこともありますが、その際は理論を最初からやり直すよりも、実際の事例を見ながら必要なときに理論を辞書のように参照する方がはるかに良いのです。学習において基本概念だけを無理に暗記するよりも、実際の問題に触れながら学び、理論を復習する方が効率的であるのと同じ原理です。今日もお疲れさまでした。

 

 

 

 

正財

 

今回は、私が「統制する関係」について考えてみる番です。ここでいう「統制」とは、私の所有を含む概念です。仕事の成果や財産など、私が支配・管理するものを指します。五行の相剋関係で見れば、「剋する」ことが統制にあたります。たとえば、火が金属を溶かす、木が土に根を張って制する、水が火を消す、金が木を切る、土が堤防となって水の流れを止める――こうした関係が「剋」です。

 

私が「剋」する場合、陰陽が異なれば「正財」、同じであれば「偏財」と呼びます。助け合う関係である「正印」「偏印」などの「印星」を区別する際も、陰陽が異なる方が助け合いやすいとされ、「正印」は陰陽が異なる関係と見ます。統制も同様で、陰陽が異なるときに自然で円滑な統制が可能だと考えられます。「正財」と「偏財」をまとめて「財星」と呼びます。「財星」はお金を意味し、正財は給料のように安定した収入、偏財は投資などリスクを伴う収入を指します。ただし、正財でも規模が大きければ大金となることもあります。

 

もう一つ付け加えるなら、男性にとって「財星」は妻や恋人をも意味します。四柱推命学の理論が成立した時代は、現代とは異なり男性が社会的に優位な立場にありました。そのため、「財星」が男女ともに金銭を表す一方で、男性にとっては女性も含まれるのです。これを別の解釈で説明する専門家もいます。社会的地位とは関係なく、自然界の生物の交配を観察すると、雄が雌を統制する姿が見られるという説です。もちろん、カマキリのように、交尾の最中に雌が雄を食べてしまうという例外もありますが、ここでは「財星」が男性にとって妻や恋人を意味するという点だけを述べることにします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の例は、松である「甲」が「癸」という水を吸ってすくすく育ち、「午」という赤い花を咲かせ、「己」という大地に根を下ろして豊かに生きる姿です。日干が「剋」し、陰陽が異なる「己」は「正財」となります。努力して働く「傷官」である「午」があり、給料や安定した財を意味する「正財」があるので、経済的に安定した生活を送ることができます。

 

しかし二番目の例では、いくら「正財」があっても安定した経済生活を営むのは難しいのです。木は水を吸って育ちますが、命式に水が一つあるものの、日干から離れていて「己」と「未」という土に阻まれています。水は私に届く前に土に吸収されてしまいます。さらに、私を助ける他の木も存在しません。

 

命式の中で自分と同じ五行、あるいは自分を助ける五行が不足している場合、その命式は「身弱」と呼ばれます。たとえ「正財」が四つもあっても、それを統制する力がなければ経済的に困難になります。専門用語では「財多身弱」と言い、「財星」が多く、日干が弱いため財を得られず、むしろ財に関する問題が生じると解釈されます。

 

さらに、この二番目の命式の持ち主は、太陽暦7月初めから8月初めの「未月」の午後1時から3時の「未時」に生まれ、日支には火である「午」まであります。したがって、真夏の炎天下における松の渇きは極みに達し、命式の主人公の問題は容易に解決できないことまで理解しなければなりません。

 

 

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偏財 

 

「日干」が統制する場合、五行が同じであれば「偏財」となります。「正財」が給料のように安定した財であるのに対し、「偏財」は「ハイリスク・ハイリターン」の財です。ある専門家は「偏財」を事業所得に限定して解釈しますが、副業が珍しくない現代において、「正財」と「偏財」を特定の所得範囲に固定するのはやや無理があると考えます。財の安定性や規模の観点から理解することをおすすめします。

 

さらに、男性にとって「財星」が女性を意味するため、「正財」は妻、「偏財」は恋人と解釈する説もあります。しかし、これも過度に規定しない方がよいでしょう。命式に「正財」がなく「偏財」しかない男性が「偏財」を妻とする例は非常に多いのです。

 

 

 

 

 

 

上記の例は男性であり、命式に「正財」がなく「偏財」である「戌」だけが存在するため、「戌」を妻と見ます。彼は「午月」「午時」に生まれ、命式は暑さを帯びています。「寅午戌」の三合のうち、「午戌」が半合として「戌」を中心に両側に位置しています。本来、両側が揃って三合となる場合、「戌」は両隣の「午」のどちらと手を取るかを迷うため、状況に応じてどちらかと合する準備だけをしていると考えられます。したがって「午戌」の半合が火に化しているわけではありませんが、両側の火の影響で「戌」という土が非常に乾燥しているのは事実です。そこで命式の温度を下げる陽の水「壬」の役割が極めて重要となります。

 

ところが、2006年の「丙戌年」には、ちょうど10年の大運も「丙戌」でした。「丙」は「壬」と「丙壬沖」を起こし、「壬」の役割を一時的に停止させました。まるで温度調整装置が故障したような状態です。大運と歳運の「戌」が、命式の「午」と合をする過程で、命式の「午戌」関係は一時的に結びついたり離れたりする混乱を迎えます。このとき潜在的に存在していた「午戌合」が発生し、「合化」して火の気が強まります。実際、この命式を持つ方は「丙戌年」の立春、「寅月」に妻を亡くしました。「寅月」の「寅」を加えると「寅午戌」の三合がその月に成立し、さらに熱気が強まります。温度調整装置である「壬」が停止した状態で火の勢いが増し、「戌」という土が完全に乾ききってしまったのです。日支の「偏財」である「戌」を配偶者とする命式において起きた、痛ましい出来事でした。

 

 

 

 

 

 

今回の例も男性であり、「日柱」が「甲戌」である点では直前の事例と同じです。ただし、前の例が暑い季節の暑い時間に生まれた命式であったのに対し、今回の例は寒い季節(太陽暦 2月初め〜3月初め)の寒い時間(午前 3時〜5時)に生まれた命式であるという違いがあります。

 

日干の「甲」という松は、地支に二つの「寅」を持っています。同じ五行・同じ陰陽の木である「比肩」が二つの根となり、自身の気は強い状態です。しかし、あまりに寒い時期の松であるため、温かさが必要です。そこで「時干」にある太陽「丙」が貴重な役割を果たします。命式で特に重要に用いる文字「用神」と呼びます。この命式では、時期ごとの運において用神である「丙」がどのように働くかが吉凶の核心となります。

 

さらに注目すべき構造は、「戌」が上下左右の三面で陽の木と接している点です。原局には「正財」がなく、「偏財」である「戌」だけが存在するため、「戌」は財であると同時に男性にとっては配偶者を意味します。「戌」の立場から見れば、あらゆる方向から木が自分に根を張ろうとしている姿であり、財を狙う者が多い形勢で、配偶者の安定性も欠けています。もし「寅」が一つだけであれば、日干である「甲」の根と見ることができるため、大きな問題にはならないのです。しかし「寅」が二つあることで、「戌」の立場からは誰が自分の土地の主人なのか混乱するのです。ここまで理解した上で、大運や歳運を見なければなりません。

 

この命式の持ち主が実際に結婚したのは「丙申年」でした。用神である「丙」が運に入り補強され、「申」が「寅申沖」となり二つの「寅」のうち一つを取り除きました。配偶者である「戌」の立場からは、許すべき木が誰なのか一時的に明確になり、婚姻の時期となったのです。しかし構造的に配偶者の姿は不安定であり、運によっては葛藤が懸念されます。実際に「庚子年」にこの命式の持ち主は離婚を決意し、「辛丑年」に法的に完全に別離しました。「庚」が日干「甲」を沖して精神的混乱をもたらし、「子」の年は誰にとっても寒い年です。「亥子丑」の三年間は地球が冬である年と見なせます。

 

寒い気を待ち望む人にとって「庚子年」は良いかもしれませんが、この命式の持ち主のように「丙」という火を用神とする場合、寒い時期は不利です。実際、その年は経済的にも困難でした。特に「庚子年」は「庚」という水源が「子」という水を生じさせる年であり、水の気が強く、さらに寒さが増します。翌年の「辛丑年」には「辛」が用神である「丙」と「丙辛合」を起こし、用神の機能を停止させました。命式で有用な用神が働かない時こそ人生の危機となるのです。

 

この命式で「丙」が束縛されると、もう一つ構造的な問題が生じます。原局にある「戌」の立場から見ると、三方向から木が土に根を張ろうとしているため悩ましい状況です。このとき火である「丙」には重要な機能がもう一つあります。それは木の気が土を剋しないようにすることです。木の立場からすれば、隣に火と土があれば「木剋土」をせず、まず「木生火」を行い、その後「火生土」をしようとします。生じることができるなら、剋を先にしないのが自然の摂理です。したがって火は葛藤を仲裁する役割を果たします。こうして葛藤関係を迂回させる機能を「通関」と呼び、通関の機能が用神級に重要な場合、その文字を「通関用神」と言います。季節の温度を調整する用神「調候用神」と呼ぶので、この命式では「丙」が調候用神であり、同時に通関用神でもあるのです。だからこそ「丙辛合」は痛烈な影響をもたらすのです。

 

解釈が長くなりましたが、多角的に考えるほど分析の精度は高まります。一つの視点だけで吉凶を判断すると自信が持てない場合があります。そのようなとき、複数の視点から見ても一貫して同じ解釈になるなら、その方向が正しい可能性は非常に高いのです。

 

話が長くなったついでにもう一つ触れておきます。「辛丑年」の別の葛藤要因についてです。「丑」という文字は偏財である日支「戌」と出会うと「丑戌刑」を起こします。以前「三刑」について学んだ際、「丑戌未」の三刑を説明しました。三刑の三文字のうち二つが出会っても刑となります。したがって男性にとって配偶者を意味する「戌」が揺らいだことも、離婚にある程度影響を与えたのです。

 

今日学んだ「財星」に関する内容はいかがでしたでしょうか。命式を読む理由の一つは財運であり、「正財」と「偏財」は非常によく登場します。今回の学びが理解を深める助けになれば幸いです。今日もお疲れさまでした。

 

食神 

 

今回は、私が他者を助ける関係について学ぶ番です。日干がある文字を生じるとき、陰陽が同じであれば「食神」、異なれば「傷官」と呼びます。「食神」は漢字からも分かるように、食べて生きる生業に関わる文字です。私が何かの仕事を誠実に行い、力を尽くすことはまさに「食神」の働きです。「食神」の心は「誠実さ」や「一つの分野」がキーワードとなります。陰陽が同じものを「食神」とするのは、同じ陰陽が変わらない同一性を象徴しているからです。

 

 

 

 

「辛」という宝石は「土」三つに埋もれる可能性がありました。しかし隣に別の「金(庚)」があるため、「金」の気が「土」の気に完全に埋もれることはありません。さらに「子」は生まれつき器は小さいものの、適切な時期に水の量が増えれば、宝石に付着した土を洗い流すことができます。「子」は日干である「辛」から生を受け、しかも陰陽が同じなので「食神」となります。

 

この場合、十年単位の大運で「申」の運が巡ってくる時が良いとされます。原局にある「庚」という水源が単独で水を生み出していますが、大運で陽の金である「申」が水源の役割を強化することで、ついに「子」という水が大きくなります。まさに「食神」が本来の役割を果たす時です。大運が「申」であった時期、本命式の主人公は業務能力を大いに発揮しました。彼は三十代という若さで特進を果たし、韓国の五大グループの中核系列会社の「常務」となり、当時グループ史上最年少の記録を打ち立てたのです。

 

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傷官

 

「傷官」とは、官を傷つけるという意味です。ここでいう「官」とは官庁や公務員を指します。四柱命理の理論が生まれた遠い昔には給料をもらえる職業といえば公務員しかありませんでした。現在では、給与を支払うすべての組織を「官」と呼ぶようになっています。では、組織を「傷つける」とはどういう意味でしょうか?一言で言えば、自分のエネルギーが強すぎて、組織という器に収まりきらないということです。

 

例えば、ある社員が創造的なアイデアにあふれ、早く成果を出そうとします。しかし組織にはそれなりの事情や論理があります。社内政治が存在することもあります。組織生活では多くのことを考慮し、正論であっても慎重に言葉を選ばなければなりません。強い情熱だけで周囲に負担をかけると、成果が出ても組織内では評価が下がるのです。正しいか間違っているかの問題ではなく、組織とはそういうものなのです。だから情熱的に働く度合いが過ぎると組織と対立し、それを「官を傷つける」と表現します。では、「傷官」を持つ人は必ず職場生活に適応できないのでしょうか?

 

四柱推命において「必ず」や「絶対」という言葉が出てきたら、それは誤りです。「傷官」が強い人でも、営業職など自分のエネルギーを発揮できる部署で働けば、個人の情熱と会社のビジョンを一致させることができます。ただし「傷官」があまりに強すぎる場合、仕事はできても組織内で摩擦が生じ、やがて起業すると言って会社を離れることもあるのです。

 

 

 

 

 

 

陰の火である日干「丁」は、日支に陽の火「巳」を持ち、大きな火柱となりました。太陽暦では四月初めから五月初めの「辰月」に生まれ、春から夏へ移る直前なので、火の気は季節的にも弱くありません。

 

陽の土である「戊」と「辰」は、日干「丁」が生じ、陰陽が異なるため「傷官」となります。年干の「己」は「食神」ですが、「食神」が「傷官」と群を成すと「傷官」の性質を帯びます。一点を見つめる「食神」の気も、情熱的なエネルギーである「傷官」の群に混じれば力を添えるからです。したがって、強い火が三つの土を「傷官」としてエネルギーを放出する姿となります。

 

弁舌に優れ聡明なこの命式の主人公は、有名な報道機関の記者として社会生活を始めました。報道機関は忙しく世の中を取材し、文章や言葉で自分の考えを強く主張するので、典型的な「傷官」の職業です。組織内部の規律は厳格ですが、それぞれの領域が明確であるため、「傷官」を活かしながらも組織生活を送ることができます。広告代理店、経営コンサルティング会社、企業の営業職などにも同じ説明が適用できます。

 

今日は「食神」と「傷官」について学びましたが、いかがでしたでしょうか。仕事の性質が日々変化する現代社会では、「傷官」であっても組織生活をうまくこなす場合が多いのです。古典的な解釈も重要ですが、時代に応じて変わる解釈について考える機会になればと思います。本日もお疲れさまでした。

 

 

『休暇のため、数日間席を外しますので、3〜4日ほど記事を更新できません。その間、これまでの記事をゆっくりお読みいただければ嬉しいです。』

 

 

正印

 

十神について学ぶ三番目と四番目は「私を助ける関係」です。私を助ける際に陰陽が異なれば「正印」、同じであれば「偏印」と呼びます。「正印」と「偏印」を総称して「印星」とも言います。ここでの「印」とは、印章や文書を意味します。歴史的には官吏の公務員証である「印章」に由来する言葉が「正印」と「偏印」です。

 

少し昔に戻ってみましょう。見知らぬ人が何かを指示しても、人々は素直に聞き入れません。しかし、その人が官吏であることを示す証票を取り出した瞬間、人々は従順に命令を受け入れます。官吏の印章を示すことで、社会的にその印章の所有者が持つ権限と権利を意味するからです。

 

印章の存在は、社会的な行動を要求できる権利を意味します。その意味で「正印」や「偏印」、すなわち「印星」は「私を助ける力」です。不動産の文書、卒業証書、合格証もすべて私を助ける社会的契約や証拠です。不動産の文書を提示すれば家賃を受け取ることもでき、不動産を売ればお金が入ります。卒業証書や合格証のおかげで面接を受けることも可能です。自分がどれほど立派な人間であるか、どんな権限を持っているかを言葉で説明しなくても示してくれる証票こそが「印星」であり、社会的な助けとなる存在です。そのため「正印」や「偏印」を説明する際に、文書運学業運などで表す教材が多いのです。六親関係における「印星」は母親を意味します。母親は惜しみなく私を助ける存在の象徴だからです。

 

では「正印」と「偏印」はどのように異なるのでしょうか。私を助ける際に陰陽が異なる「正印」は普遍的な助けを意味します。普遍的とは、社会通念上あまりにも特異な分野や方法ではないことを指します。学問であればよく知られた分野、文書運であれば一般的な資格証、不動産であれば住宅用マンションなどに該当します。磁石でも「陽と陽」より「陽と陰」が互いに引き合うように、陰陽が異なる「正印」は普遍的な範疇の助けに当たります。「正印」に該当する文字の心構えは、助ける意味によって生まれる余裕と寛容さです。しかし「正印」が過剰になると、寛容さではなく怠惰へと変わってしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

最初の例は「癸」という陰の水が「甲」一つと「寅」二つ、つまり三本の木に水を与えている状況です。「癸」は泉水や池、または小雨であり、大河ではありません。したがって水源である「庚申」の助けが切実に必要となります。金は水を助けます。「庚」と「申」は陽の金であり、「癸」は陰の水です。陰陽が異なる五行が日干を生じる場合、それを「正印」と呼びます。

 

二番目の例は「正印」が病となる場合、つまり問題を生じる状況です。「癸」という泉水、池、小雨の存在が五つもの水源から生じています。どんなに良い食べ物でも食べ過ぎれば腹を壊すように、これは良い構図ではありません。金属性の「庚」や「申」の気が過剰に存在し、水に接すると金属が錆びて水が濁ることもあります。専門用語では「金多水濁」と言います。私を助ける力が過剰になり、かえって悪影響を及ぼす場合は、他の五行にも存在するのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木に水を与えすぎると根が腐り、木が水に浮いてしまう「水多木漂」、火に薪を過剰にくべると火が消えてしまう「木多火熄」、土が多すぎて金属(宝石)を覆い隠し輝きが失われる「土多金埋」、火が強すぎて土の水分が失われ砂漠のように乾燥してしまう「火多土燥」も、正印や偏印が過剰になって害となる場合の例です。

 

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偏印

 

「正印」さえ理解できれば「偏印」は簡単です。どの五行が日干を助ける際に「陽-陽」「陰-陰」といったように陰陽が同じであれば「偏印」と呼びます。日干を助け、文書運や学業運を意味する点では「正印」と同じです。

 

ただし「偏印」の「偏」には「偏る」という意味があるため、理論的には職人精神が必要な分野を指します。例えば特殊な分野の学習や資格、プロジェクト性格の不動産開発など、何か独特な領域における文書運や学業運を「偏印」と言います。

 

「偏印」に対応する心のあり方も「正印」と同じく助けてはくれるものの、必ずしも親切ではない、いわゆる「少し気難しい親切」に似ています。無口な技術者が黙って問題を解決して去っていく姿を想像すると分かりやすいでしょう。しかし過去とは異なり、21世紀にはさまざまな分野が新しく登場し、また消えていき、数年前に驚くべき革新だったものが今では日常となっています。したがって、現在では「正印」と「偏印」の境界を厳密に区別する必要はない、というのが私個人の考えです。

 

 

 

 

 

日干「癸」は二つの木、「甲」と「卯」に水を与えるために力を消耗しています。また「午」という火を消すのにも力を使います。特に「午」という火は二つの木から生じているため火力が強く、それを消すには大きな力が必要です。したがって、私を生じさせる「正印」や「偏印」といった「印星」は欠かせない存在です。

 

ちょうど原局には日干を生じ、日干と陰陽が同じ「辛酉」という「偏印」があります。二文字とも「偏印」であるため、強い「偏印」です。「偏印」のおかげで日干の主人公は力を得て、木に水を与え、火を消す力を持つことができます。

 

この命式は1990年代末から2000年代初頭のドットコム・ブームが起こる前にベンチャー業界に身を投じ、複数回の起業と売却に成功した韓国人事業家のものです。成功した事業はすべて特殊なソフトウェアを開発または応用したものであり、独特な分野の技術を意味する「偏印」をうまく活用した例です。

 

今日は「正印」と「偏印」について学びましたが、いかがでしたでしょうか。身近な事例を通して継続的に復習していただければと思います。本日もお疲れさまでした。

「比肩と劫財―協力と競争が共存する関係」

 

 

比肩

 

最初に調べる二つの関係は、日干である「私」と対等な関係です。私が「木」であれば、同じ五行である「木」が対等な存在です。ところが、実際に四柱推命を解釈する際には十干十二支を用います。したがって「木」ではなく、「甲」「乙」「寅」「卯」という観点から十神を理解しなければなりません。

 

「比肩」とは、「比べる」という意味の「比」と「肩」を合わせた言葉で、「肩を並べる」、すなわち同等であることを意味します。特に私と陰陽が同じで、私と五行も陰陽も完全に同じ文字が「比肩」です。日干が「甲」であれば「甲」と「寅」、日干が「乙」であれば「乙」と「卯」が比肩になります。日干が「丙」であれば「丙」と「巳」、日干が「丁」であれば「丁」と「午」が比肩になります。

 

「比肩」をはじめとする「十神」の関係は、天干と地支の間にも成立する点に注目してください。四柱原局のどこにあっても同じです。私と陰陽が同じで五行も同じであれば、すべて「比肩」です。「比肩」は私と陰陽・五行がすべて同じであるため、兄弟、友人、同僚などを意味し、互いに助け合う関係を表します。ただし、これは基本的な意味であって、常にそうとは限りません。私が力弱いときには仲間が助けになりますが、助けが不要なときには負担となる関係にもなり得ます。時には最も近い人が私の大切なものを奪ってしまうこともあるのが人生です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一の事例を見ると、「庚」という陽の金が、川や海に相当する大きな水である「壬」を見ています。地支には「申・子・辰」があり、これが三合となって「水」に合化します。いくら「庚」が水源であっても、作り出さなければならない水量が海のように膨大で、水源が枯渇しそうな状況です。

 

このようなとき、ある時期の運で「庚」が入ってくると、水源の力が強まるので助けになります。同じ五行、同じ陰陽である「比肩」は、日干の立場からすると嬉しい状況です。私にとって助けとなる気「用神」と呼びます。助けを与える力という意味です。第一の事例では「比肩」が「用神」となります。「用神」にはいくつかの種類がありますが、ここでのように原局に不足している力のバランスを整える用神「扶抑用神」と言います。力が過剰なら抑え、力が不足すれば助ける用神です。「助ける扶」と「抑える抑」から「扶抑」と呼ばれます。

 

しかし第二の事例は異なります。日干である「庚」に加えてさらに「庚」が一つ、「申」が三つあります。つまり「比肩」が四つもあるのです。自分の気が強まった姿で、このような原局を「身強」の命式と呼びます。これは肉体的な健康を意味するのではなく、日干の気が強いか弱いかで判断します。

 

第一の命式は水源の気が吸い取られる姿なので「身弱」の命式と判断されます。「身強」という響きが健康な人を意味するように感じられて良いと思うかもしれませんが、必ずしもそうではありません。「身強」「身弱」については後ほど改めて扱います。

 

第二の命式では、生まれた年の天干である「年干」に「甲」という松の木があります。「私」である日干「庚」は「申月」に生まれました。このときの「庚」は原石で、精錬・加工前の金属や鉱物であり、刃の鈍い斧程度にはなります。「申月」は太陽暦の8月初めから9月初めで、四柱推命では秋の最初の月です。秋や冬の木は花を咲かせる時期ではないので、斧で切って梁にするのが自然の理です。ところが斧である私が「甲」という木を切る前に、仲間だと思っていた四つの「比肩」が先に私が切ろうとした木を伐ってしまいます。つまり競争相手なのです

 

参考までに、第二の事例のような人を相談すると「事業はするな」「恋人を周囲に紹介するな」と言われます。斧である私が切るべき木は当然私にとって大切な対象です。事業をすれば私のお金を他人が奪い、恋人を同窓会に連れて行けば、少し席を外した間に友人が恋人の電話番号をこっそり入手して別に会うことになります。さらにある時期の運で再び比肩が入ってくると、財産、異性関係、あるいは健康に大きな困難が訪れます。特に異性の場合は男性にとって大きな意味を持ちます。その理由は、次に説明する「正財」と「偏財」の部分で述べます。

 

 

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劫財

 

「日干」と同じ五行でありながら、陰陽だけが異なるものを「劫財」と呼びます。「自分の財を強制的に奪う」という意味です。響きだけを聞くと悪い意味が強いように感じられます。もちろん注意すべき点が多い「十神」ではありますが、四柱推命における吉凶は常にその時々によって異なります。先ほど「比肩」で取り上げた例と類似したケースを見ていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

第一の例では、日干である「庚」が水源ですが、一人で「壬」という大きな水と、「申・子・辰」の三合の結果としてさらに大きくなった「水」を生み出している姿です。ここでは「辛」が劫財であっても、不足している金の気を補うためには必要となります。一方、第二の例は非常に懸念されます。劫財である「辛酉」という鋭く強い刃が、孤立した松である「甲」を切ろうとしているのです。当然ながら私の財を奪う役割を果たします。二つの事例を総合すると、「劫財」という十神は注意すべき存在であることは確かですが、状況に応じて有利か不利かを判断しなければなりません

 

第三の十神に進む前に、一つ確認しておきたいことがあります。「比肩」を隣に置いた日干の心、「劫財」を隣に置いた日干の心はどうなのか、という点です。四柱推命を通じて私たちは吉凶禍福を予測しようとします。自分の命式であれば自分のための準備や計画を立て、知人の命式であれば必要な助言を与えることができます。しかしその過程で、命式の主人公の心を見落としがちです。

 

第一の例では、水源である「庚」が一人で膨大な水を作り出しています。毎日が疲労と苦労の連続でしょう。だからこそ他の文字が「比肩」であれ「劫財」であれ、歓迎するのです。その心まで読み取ってこそ、自分にも他人にも正しい助言ができます。例えば「劫財」を用いるなら、まず力が不足しているので使うが、孤独に奮闘する心を悪用する人には注意せよと助言できるのです。

 

第二の例を見ると、非常に強い金の気で満ちています。いくつかの特殊な状況を除けば、特定の気が過剰であっても不足であっても不利です。「劫財」が日干と同じ金の五行の気を過剰にしているため、主人公である日干の心も生まれつきの「劫財」の存在を感じます。「劫財」は財を強制的に奪う意味を持つので、自分の大切なものを本能的に守ろうとする心が生じます。特に「比肩」や「劫財」のように日干と同じ五行の文字が原局に非常に多い場合、「劫財」は日干である主人公の心に疑念や強迫観念をもたらします。正確な数を断言するのは難しいですが、「比肩」や「劫財」が3〜4個以上あれば不要に多いと考えてよいでしょう。

 

四柱推命では、多すぎれば、無いのと同じよりも劣ると考えます。自分と同じ気が適度であれば力になりますが、過剰に多ければ大切なものを奪われる可能性があるからです。学び始めた頃、私はこの部分を理解するのが難しかったのですが、今ではこう理解しています。仲間の数が適度なら分け合っても自分の分が残りますが、同じ仲間が多すぎれば目的を達成しても自分の手に残るものは少ない、ということです。「比肩」と「劫財」が過剰に多ければ、自分の大切なものを分け合おうとする人が多い姿であり、主人公である日干の心も用心深くなり、強迫的な心まで生じるのです。これは「比肩」と「劫財」だけでなく、今後学ぶ他の十神でも、日干の心がどうであるかを理解しながら学ぶ必要があります。

 

今日は十神理論の最初である「比肩」と「劫財」を学びましたが、いかがでしたでしょうか。十神は本格的な命式解釈に欠かせない理論です。それだけ難しいかもしれませんが、繰り返し触れることでやがて慣れていくと信じています。今日もお疲れさまでした。

十神 - 陰陽五行の社会的理解

 

四柱推命において、人間関係は五種類に分けられます。 第一は、私と同等の関係です。兄弟や同僚、競争相手がこれに当たります。 第二は、私を助ける関係です。両親や恩人がこれに当たり、人間以外でも私を助ける存在が含まれます。 第三は、私が助ける関係です。自分のエネルギーを使うので、熱心に取り組む仕事に当たり、私が助ける人も含まれます。 第四は、私が支配/制御する関係です。自分のものとする財物や、努力して得た成果を意味します。 第五は、私を支配/制御する関係です。代表的なものは職場です。組織は私を制御し、給料を支払い、仕事を課します。官公庁も権威を通じて個人の行動を制約するので、ここに属します。

 

これらの関係を陰と陽に分けると、十種類の社会的関係に分類され、これが「十神」です。

 

「神」という字から幽霊を連想する人もいるかもしれません。しかし辞書を見ると、神は幽霊の意味だけでなく、精神や心も意味します。私は十神を「十の心」と解釈します。人間関係は自分の心と他者の心が呼応して初めて形成されるからです。仕事の成果や得た財物も、仲間や顧客との心が生産的に呼応した結果です。

 

自然的存在としての人間にとって、お金や名誉は大きな意味を持ちません。猿の群れにも序列があると主張する人もいるでしょうが、一般的に自然界の個体は健康に長生し、天敵の危険がなければ満足します。身体的要素である安全や健康以外の名誉、財物、葛藤、愛などは精神的な項目であり、心の領域です。十神の「神」を十の心と解釈できる理由はここにあります。

 

四柱推命では、私の腕や脚は私のものですが、口座の中のお金や職場での評判は実体的な私のものではなく、精神的実体としての私のものと見ます。口座に記録された残高は手で触れることはできませんが、人々が認める法律や慣習に従い、特定の条件下で私のものとなります。社会的に重要なものの多くは、精神的交流と共感による社会的合意を通じて存在すると考えられます。

 

これから本格的に十神理論の十種類を扱っていきます。ところで、先ほど説明した人間関係の五種類、どこかで聞き覚えがありませんか。

 

 

 

先に紹介した五行間の「相生」と「相剋」の関係図です。 外側の円を描く矢印は「生」であり、円の内側の矢印は「剋」する姿を示しています。 五行のどの文字を中心に見ても、他の文字との関係は「助け合う二つの関係」と「制御し合う二つの関係」しかありません。私と同等の関係にあるものは同じ五行であり、図には表示していないだけです。 「日干」を基準に、この五つの関係を陰と陽に細分化したものが「十神」です。ここから十神の具体的な内容を見ていきましょう。

 

日干と五行が同じで陰陽も同じなら「比肩(ひけん)」、陰陽が異なれば「劫財(ごうざい)」といいます。 日干を助け(生じ)陰陽が同じなら「偏印(へんいん)」、陰陽が異なれば「正印(せいいん)」です。 日干が助け(生じ)陰陽が同じなら「食神(しょくじん)」、陰陽が異なれば「傷官(しょうかん)」です。 日干が制御し(剋し)陰陽が異なれば「正財(せいざい)」、陰陽が同じなら「偏財(へんざい)」です。 日干を制御し(剋され)陰陽が異なれば「正官(せいかん)」、陰陽が同じなら「偏官(へんかん)」です。

 

十神は二つずつまとめても語られます。 比肩と劫財は「比劫」、正印と偏印は「印星」、食神と傷官は「食傷」、正財と偏財は「財星」、正官と偏官は「官星」と呼ばれます。「十神」を「相生・相剋」の概念を基盤として整理すると、次のようになります。

 

 

 

 

例えば、日干の五行が「金」である場合、私と同じ五行である「金」は、日干と陰陽が同じなら「比肩」、異なれば「劫財」となります。 「金」を剋する「火」は、日干と陰陽が異なれば「正官」、同じなら「偏官」となります。 「金」が剋する「木」は、日干と陰陽が異なれば「正財」、同じなら「偏財」となります。 日干である「金」が生じる「水」は、日干と陰陽が同じなら「食神」、異なれば「傷官」となります。 日干である「金」を生じる「土」は、日干と陰陽が異なれば「正印」、同じなら「偏印」となります。

 

本日は「十神」理論の概念的な紹介をしてみましたが、いかがでしたでしょうか。 次回からは、それぞれの十神について一つ一つ詳しく見ていきたいと思います。 本日もお疲れさまでした。

三刑 

 

地支の解釈には、合とは逆に不安定さをもたらす四つのセットがあり、これを「刑」「沖」「破」「害」と呼びます。「破」と「害」まで用いることは少なく、先に学んだ「沖」が最も多く活用されます。しかし、これから学ぶ「刑」も時には参考にされます。

 

「刑」には二文字間の関係と三文字間の関係があり、三文字間の「刑」だけを理解しても「沖」と併用すれば、四柱推命の解釈の正確さを高めるには十分です。したがって、ここでは三文字間の刑である「三刑」だけを取り上げます。

 

「三刑」には「寅巳申」「丑戌未」の二種類があります。「寅巳申」は強力な「寅申沖」を含んでいることから推測できるように、事故、財産の損失、健康問題などの不都合な出来事に関係しています。「丑戌未」は「土」の文字同士の地震のような関係であり、引っ越しや転職など様々な空間的変化に関連します。

 

 

「三刑」といっても必ずしも悪いものではありません。良い運気の時期に訪れる「三刑」は、新しい変化のきっかけともなります。しかし、運気が悪い時期の「三刑」は不利であり、特に「寅巳申三刑」にはより注意が必要です。

 

 

 

時干の松である「甲」は、強い金の気に囲まれています。根を張ることのできる「辰」のような土壌も、根となる「寅」や「卯」のような文字も見当たりません。まるで斧で切り倒される直前の原局構造の主人公が、ちょうど10年単位の「大運」で「巳」、その年の運である「歳運」で「寅」と出会いました。「大運(巳)-歳運(寅)-時支(申)」が「寅巳申」となり「三刑」を形成する姿です。では、実際にこの命式の主人公にはどのような出来事が起こったのでしょうか。金銭取引において契約上のミスにより、わずか一日で約300万円の損失を被ったのです。時期は太陽暦5月中旬から下旬で、「巳月」でした。

 

ここまで「十干十二支」と「合沖」の理論を学んできました。四柱推命の核心原理はすべて習得したことになります。これで人間を自然的存在として解釈することが可能です。しかし、身体的安定を除けば、特に語るべき題材はありません。

 

相談を受けてみると、健康が悪い場合を除けば、運命に関する悩みはすべて社会的存在としての人間に関わるものです。就職、転職、資産運用、起業、職場内の葛藤、事件・事故、訴訟、恋愛問題、結婚・離婚など、様々な出来事は人間が社会的動物であるがゆえに生じます。したがって、自然を観察して生まれた四柱推命の理論を、社会的意味まで理解できる段階へと進化させる必要がありました。これが「十紳」理論誕生の背景であり、最後に残された理論学習のテーマです。次回からは「十紳」を学びますが、その前に、よく使われる四柱推命の用語について少し触れておきましょう。

 

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驛馬と桃花 

 

四柱推命を一度も見たことのない人でも知っている言葉があります。それが「驛馬」と「桃花」です。それぞれ「驛馬殺」「桃花殺」とも呼ばれます。「驛馬」とは、日支の文字が「三合」を構成する三文字の最初の文字を「沖」する文字を指します。「三合」の始まり、すなわち三合の誕生から衝突の始まりであり、変化の幅が大きいと考えれば理解しやすいでしょう。例えば「月支」や「日支」が「酉」である人の場合、「酉」は「巳酉丑」で「三合」を構成し、その最初の文字が「巳」であるため、「巳」と「沖」する「亥」が「驛馬」となります。

 

 

 

「申子辰」の三合は「寅」、「寅午戌」の三合は「申」、「亥卯未」の三合は「巳」、「巳酉丑」の三合は「亥」が「驛馬」となります。「驛馬」は引っ越しや遠方へ出かける気、あるいは非常に忙しい時期を意味する気です。しかし21世紀においては「驛馬」をうまく活用すれば、変化や革新をもたらすこともできます。もし自分に有利な文字が「驛馬」であり、原局または運に存在するなら、躍動的な環境の中で成果を収めることができるでしょう。

 

「驛馬」を判断する際に、「月支」と「日支」を基準にして厳密に「驛馬」となる地支を決定する理論もありますが、最近では「寅」「申」「巳」「亥」の四文字はどこに存在していてもすべて「驛馬」の気として判断する見解が増えてきています。

 

 

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一方、「桃花」とは桃の花の意味であり、華やかさの頂点を象徴します。異性や大衆に人気があることを意味し、芸能人の気とも呼ばれます。「桃花」を判断するためには、まず「日支」の文字が「三合」を構成する三文字のうち最初の文字を確認します。すると、その文字のすぐ次の文字が「桃花」となるのです。

 

例えば「日支」が「戌」である人の場合、「寅午戌」の三合の最初の文字が「寅」であることを確認します。すると、そのすぐ次の文字である「卯」が「桃花」となるのです。「三合」の最初の文字は誕生を意味し、その直後の文字は子供が成長する時期を表します。幼い頃は裸で入浴することに抵抗がないように、隠し事のない自然そのままの魅力を示すと解釈すれば、「桃花」の背景を自然に理解することができます。

 

 

 

 

「亥卯未」の三合は「子」、「巳酉丑」の三合は「午」、「寅午戌」の三合は「卯」、「申子辰」の三合は「酉」に該当する文字が「桃花」となります。もし自分に有利な文字が「桃花」であり、原局または運に存在するなら、人々と集団で働く環境において成功します。人気を通じた成功だからです。厳密に「日支」を基準としてのみ「桃花」を判断する場合もありますが、最近では「子」「午」「卯」「酉」の四文字はどこに存在していても「桃花」として判断する見解が増えてきています。

 

今日は「刑」「驛馬」「桃花」について学びましたが、いかがでしたでしょうか。次回から学ぶ「十神」さえ習得すれば、四柱推命の解釈に必要な理論の大部分を学んだことになります。「十神」は本格的に自然的解釈を社会的解釈へと転換する理論であり、その重要性はいくら強調しても足りません。しかし「十干十二支」と「合沖」に関する理論が弱ければ、「十神」を学んでも実際の解釈において弱点が現れてしまいます。ですから、これまで一緒に学んできた内容も時々復習していただければ幸いです。それでは、今日もお疲れさまでした。