日食ターンからの月食ターン。この2023年10月の星回り。

 

洗礼に遭遇しているのは私だけではあるまい、と思う。

人によってはなかなか鮮烈なことに遭遇する星の巡り。けれども星回りは大体の場合スケール感や規模の大きさ、スタイルを表しているだけで、いいか悪いかはそこだけでは語っていないことが大半。そして大体の日を、人は実際には何事もなく過ごしている。だから特定の星の巡りに限って、特に意味を強く解釈する必要があるとは思っていない。

個人的なことにも、そうでないことにも、そう思って過ごす時が大半。

そう思って原稿をそのように書くけれど、今回はやられた感。

 

親が倒れまして。突然に。

 

救急搬送の上に、命の心配をする事態。

連絡があったのが金環日食の15日。

家族に最初の連絡が入ったのはその前の14日。

 

当然、私も会いにいきますよね?お仕事も融通していただきました。


で、駆けつけたら、今度は家が荒らされてる。う、そ、で、しょ!?

動揺しすぎて、ただ親の身を案じて凹んでいられるわけでもない。

とりあえず通報。

 

幸い、親には順調に会えました。

面会制限を心配していたけれど、そこはクリア。

それほど体調が思わしくないのかも。

あんなに迫力あった父がこんなに弱々しい。

私の思う父像は、単なる数十年前の残像に過ぎない。

久々に姉妹の絆を感じつつ、父の顔を見た後は荒らされた件の対応。

 

もう一泊。

その翌日は家の修理。

 

障子貼りをしていると、親の容態が再びよくない連絡。

落ち着いて貼れる時間もない。

やったことないのに、慌てて済ませて、さらに酷い出来。

また、病院へ。

容態は少し落ち着いている。苦しそうながらも、ほんのりと眠れていそうな時間があるなら声をかけて起こす気にはなれない。

必要書類にサインをして病院を後にする。

 

もう一泊。

 

この、「もう一泊」が意外と厄介。週末にかかった。

雨に打たれて寒いまま病院の椅子に座り続けるのは辛く、かといって週末に遅い時間から妥当な宿泊先を確保するのが難しく、これからも宿がいるのにキャパ上確保は不安。ネットカフェは閉店し、歩ける場所に他店がない。実家は水回りも使えず生活に不十分。宿泊ついでのロビー長居交渉は難しかった。

 

ホテル、ゲストハウス、旅行窓口、各種宿泊予約サイト、公共交通、ネットカフェ、移動実距離、タクシー料金、何度もググって最後に辿りついたカラオケボックス。

 

そんなわけで、朝までJOYSOUND。

この年齢でカラボとネカフェ転々とするのは不本意。社会人としての成功と影を考えたら、今の私はたぶん前者ではない。

ちゃんと眠れもしない場所での夜明かし。けど今はちょうどよい。

ここは雨風凌げて寒くもないし、他人の楽しさの気配で少し忘れらるし、電源だけは取り放題。飲み物に困らず、水回りを安心して使えて寝てもよい。

今、本当に一人ぼっちで誰の気配もなく、起きていることを正面から捉えたら恐怖で足がすくみそう。

カラオケは、ささやかな気分の誤魔化し。けれど、それが何かを癒すこともある。

 

「いつも」は、あたりまえじゃない。奇跡の連鎖が「ふつうの毎日」。

スピリチュアルに傾倒する時、大抵、人は「毎日」に慣れていて、非日常的な何かを求めていることは多い。

しかし経年かけて運と向き合うと、先にあるものはそうではないと見えてくる。非日常的な奇跡が一枚一枚丹念に重ねられた上で、実際には「日常」が編み出されている。

 

尊い生の瞬間の連続、それが人の、宇宙の、生命の原点。

 

ホラリーはこの神性を理解するのにとても優れたツール。

目視できる神の存在は、強い。