「エイジ」重松清 | ※この現実はフィクションです。

※この現実はフィクションです。

                                                    物語の核心に触れる記述を含むことがありますので、閲覧は自己責任でお願いします。

エイジ (新潮文庫)/重松 清
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 この作品が出版されたのは、世間で十代の犯罪の増加が騒がれていた時期だ。私がこの作品を読んだ当時は二十歳ぐらいであったから、主人公の気持ちが痛いほど理解できた。物語に登場する少年Aは、まさしく中学時代の自分だった。

 現代を若者として生きていない著者が、なぜ現代若者の心情をここまで如実に著すことができるのか。「犯罪を起こす若者は特別でも何でもなく、少しばかり周りの人よりも運が悪かっただけだ」という著者の主張にも納得できるし、ゾッとする。

 言葉選びも非常に細かい。ちょっと大人ぶってみたい中学生の心情を反映した、リアルなものになっている。アダルトで難しく悪い言葉を使うことで、自分までその言葉と対等な位置にいるような気分に浸ってみる。私は少し前まで学習塾で中高生相手に授業をしていたので、月日が経とうとも、そういった基本的な傾向が変わっていないことを身をもって実感している。

 若者がよく使う「キレる」は、激高状態になって暴力的な行動に走る、という意味だけでなく、自分が繋がられている様々な物・事との関係を絶つ、という意味でもある。

 これは何も若者に限った話ではないのではないか。若者もそうだが、むしろ、成長して人・物・事との繋がりが増えた、成人にこそいえるのではないか。

 手術後のチューブのように、自分はその数多くの繋がりによって生かされている。でも、一生死ぬまで、それらから解放されることはない。