ここ連日、携帯電話機の予定表に「忘れぬよう」と組み込んでいた。
今朝そのお知らせが鳴った。
相棒猫であった檳榔(ビンロウ)。
ワタシの携帯電話機には檳榔の昔の写真は移行されておらず、猫山へ帰る数年前くらいからの写真がだから多く残されている。
亡くなる1年前から目の疾患でパラボラ生活を余儀なくさせてしまい「不便であっただろう」と思い返してもそう思う。
そんな
不便な中でも器用に生活してくれたものだ。
今、楽しい事だけ詰まったもの
だけが、いい思い出として残っている。
当初は「悲しみに暮れるであろうか…」とその時を想像し、胸を詰まらせる事もあった。
だが現実は「いつものように」を毎日毎日歩いていただけで、その時は、悲しみの中でも「精一杯やったではないか」と己れ自身へ励ました。
今は言わずと知れた怪獣猫、九龍(ガウロン)との生活で、どんどんとページを増やしている日々である。
どういうわけだか、九龍とは「相棒」という感情がまだ湧いてこない。
15年という歳月でかけがいのない「相棒猫」として暮らしてきた。
別れはとても辛かったが、檳榔もワタシも「この日だったんだ」と受け止め、檳榔を猫山へ送る事が出来た。
飼い始めの当初、九龍の名を前の愛猫と間違えて呼ぶ失態も多々あった。
九龍とも相棒猫としてこれからも元気で過ごしてゆきたいと思っているのである。
檳榔が我家の猫となってから、ずっとシッターでお世話になったネコママ。
改めてありがとうございました。