真由美的には存在給それ(月100万円)くらいがある意味適正かな? | 「夢見の森」に眠り、本当の自分に目覚める

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夢見:シャーマニックな文化の成員が夜ごとの夢をシェアするように、北海道洞爺湖畔に位置する「夢見の森」に、眠り、目覚め、いわゆる進化・文明の発達の影に失われた、古代の叡智を授かる場です。

 

> 専業主婦の仕事を米国の求人求職情報提供会社がお金に換算した。家事や育児、親の介護などを含め、主婦の年収は約1200万円だという

 

出典

http://news.livedoor.com/article/detail/10092671/

 

これ、あくまでも労働の対価としての報酬なんですけど、

 

しっかり言語化しないと誤解を招きかねないとはいえ、

 

 

 

私の体感によると1200万が、人としての存在給ってところじゃないかなあ、現代社会が追いついてないだけで。

 

何もしなくても誰しも月の信用枠が100万くらいあってよい。

 

つまりお金のない世界においては、払えるかどうかじゃなくて、魂の望みが欲しい・必要、を軸として、対価を気にせず手に入る、なんというかバイキング・ビュッフェな、

 

ちょっと天国とか(行ったことないけど)クラブメッドっぽい。

 

後者はまだまだ働きますが、

 

酒飲みとか着道楽でもない限り、クレジット枠を超えました、ブーみたいなことが起こらない。枠そのものは月5万程度(これも話せば長い)で天井低いけど、

 

あまねく存在給・ベーシックインカム進化系が行き渡れば、一旦それくらいで適正レベルを迎えるような感じ。

 

私が月々そこまで入って来てるとかじゃないです、一言お断りすると。

 

続く。