ゆっくりね

ゆっくりね

「本当の私」を探す旅の最中。
ゆっくり行きたいなぁと思っています。

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たぶん、コミュニケーションって、人と人が交わる感覚なんだと思う。


今の私が、対人に持っているのは、交わるではなく、おびやかされないか? とか 領域を侵されるんじゃないか? という感覚。


根っこにあるのは、責められないか?という不安、おびえ。


それは、子供の頃から持ち続けてきた感覚。


自分がおびえていることを知ること、わかること。


おびえている自分をわかって、大丈夫と言ってあげること。


そうやって、少しずつ少しずつ、安心を育てていくこと。


昨日、ユニクロの暖スカを買ってみました。

裏がフリースなので、あったかくて、いい感じです。


小学生の頃からスカートが好きでした。

通っていた小学校には、白のブラウスに、紺色のセーター、茶色の釣りスカートという標準服がありました。

冬になると、女の子もズボンをはく子が多かったけれど、私はスカートがいい と言い張って、真冬でもスカートで通いました。

寒くなってきたらハイソックス。

真冬は白いタイツをはいてました。


小学校の卒業まで髪を伸ばしていて、長いときは腰の辺りまでありました。

毎朝、母に髪をくくってもらい、リボンをつけてもらってました。

記憶にあるのは、淡いピンクの、ヒラヒラのリボン。

5年生ぐらいの集合写真に写っていた記憶があります。

じっとしてなさい と怒られたこともあったけど、くしとゴム、リボンを持って母を待っていたのは、ほっこりする記憶です。

物心ついた頃から、母の愚痴を聞いて育ちました。


愚痴の内容は、おもに父とお金のこと。


お父さんはいい加減な人、家にはお金がない。


そんなことを繰り返し繰り返し聞きました。


「お父さんみたいな人と結婚しんときや」「お金の成る木はない」が、母の口癖でした。


父への非難は聞いていて気持ちのいいものではありませんでしたが、お母さんはかわいそうなんだから、私が聞かなきゃ、私が守らなきゃ。


そんなふうに思って聞くようになっていきました。



でも、実のところ、かわいそう・・被害者意識にもっていくのは母の思考の癖。


そして、自分も同じ癖を持っているとわかったのは、ここ数年のこと。


そういう考え方しか知らずに育ってきたので、それしかできなかったんだと思います。



数日前、実家に行ったら、母がまた愚痴を言ってました。


ああ、この人はこのままずっと変わらないんだなぁと思うのと同時に、母は自分の不安や怒りを持ちきれないんだなと感じました。


・・・・


母は持ちきれないものを、愚痴として出していた。


私は聞いていて嫌だったので「私は言わないでおこう」と思っていたのと、家の中で愚痴を言うことを母から禁じられてきたので、言えなかった・・のとで、言葉に出さない・出せない代わりに「殺気」として家族に出してきました。


持ちきれないものを周りに出す・巻き込む・・は、同じだったのかと腑に落ちました。