我が家に怪獣がやってきた! -3ページ目

妊娠7ヶ月 その2

平成X+1年2月19日(火)  妊娠27週4日
  

妊娠も中期になったため、検診はいつの間にか2週間に1度。



   子宮底長    25cm
   腹囲       +14cm(妊娠前より)→前回よりは-1cm
   ママの体重   +3.5kg(妊娠前より)→前回よりは+1kg
   Babyの推定体重  1228g 


体重増加がややあった物の、全体的に順調♪

babyちゃんの推定体重もしっかり増加していました~!

この検診の日、鉄欠乏貧血の検査が行われました。

結果は・・・・数日後に職場に連絡があり、「帰りに絶対に病院に寄ってください!!」

よってみたら、しっかり数値は「貧血」を表していました。トホホ・・・。

すぐに鉄剤の飲み薬を処方。

先生曰く「飲みづたいかもしれないから、どうしても駄目だったら、点滴で行くから。」

なんとしても飲まなくては!!

もともと、レバーとか、その他鉄分の多そうな食材、大好きでよく食べていたんだけど・・・。

はぁ~。




妊娠7ヶ月 その1

平成X+1年2月5日(火)  妊娠25週4日


相変わらず、日々の仕事に追われる毎日。

ただ、新居(夫が元々暮らしていたマンション)が、職場に非常に近く、

徒歩で10分くらいだったので、そういう意味ではとても助かった。

 

 
   子宮底長    23cm
   腹囲       +15cm(妊娠前より)→前回よりは+8.5cm
   ママの体重   +2.5kg(妊娠前より)→前回よりは±0kg
   Babyの推定体重  800g


腹囲は結構増えていたけれど、体重の増加がなくてちょっと安心。

前回、あまりにも増えすぎだったからな~(苦笑)。

この日、babyがたぶん「姫」だろうと言われ、夫や両親に報告。


babyの推定体重もはじめて教えてもらえ、お腹にちゃんと存在し、

成長してくれていることを、改めて実感したような気がした。

赤ちゃん関係の雑誌を見ながら、うちの子は平均的なの??と、

早くもそんなことが気になりだした頃。


年末にはっきり実感できた胎動が、どんどんと激しくなってきていた。

お腹を見ていると、ボコボコと動いていて、どうも奇妙な感じ・・・。

私が「パラサイトちゃん」というと、夫が「その言い方は・・・」

ちょっと困った顔をしていた。

だって、自分の意思とは全く関係なく、お腹がボコボコ動いている様子は

本当に不思議な現象だったから・・・・。

深い意図があって言ったセリフではなかったのですがねf(^_^;;)



ちょうど、この検診から数日後の2月9日~11日までの連休で、

はじめて夫の実家を訪問した。

彼の実家と、私たちが暮らしていた街はとても遠かったので、

私が彼の両親と会ったのは、結婚式の時だけだったのだけれど、

彼の方の親戚への「お披露目会」なるものを開くように、夫の両親からの

希望があり、この日に行った。

当初、私の両親も参加予定だったのだけれど、私の母がまだ骨折中と

いうこともあり、残念ながら不参加。


初めて行った夫の実家では、思った以上に歓迎してもらえ、

ちょっと安心。

夫は、もうすぐ妊娠8ヶ月になる私を、わざわざ飛行機に乗せて

実家まで連れて行くと言うことに対し、自分の両親に反発していたけど、

まあ、こんなことでもないとしばらく飛行機にも乗れないだろうし、

向こうの両親とこれから仲良くやっていくためにも・・・ね☆


「お披露目会」を行ったホテルは、かなり有名(かつ、高級)なホテルで、

お料理もとても美味しかったし、妊娠中ということもあって

周囲がとてもいたわってくれたし、

私としては意外と楽しい会になりました!


でも、やっぱりお腹が全然目立っていなくて、彼の親戚からも

ちょっと驚かれたよう(苦笑)。

別に、「想像妊娠」でも「嘘」でもないですよ~~~!!!



夫と「元彼女」

彼は、元の彼女と別れるに当たり、色々とあったようだ。

彼は、詳しくは私には話さなかったが・・・。

彼女にとっては、かなり唐突な別れ話だったらしく、

かなり動揺したようだった。

そして、私たちの勤めている職場のホームページから、

彼の同期の人のメルアドを知り、その同期に対して、

「彼と別れたのだが、彼は今どうしているだろうか」というような

メールを送ったそうだ。

メールを送られた、彼の同期のRくんは、そのとき地方に研修に

行っていて、状況も何も知らず、

「それならば、彼と現在同じ職場に勤めている人(私)のメルアドを

教えるから、詳しく聞いてみたらどうだ」と返信したらしい。


当然、彼女から私に対してメールが来た。

私が「新しい彼女」とも知らずに・・・。

私は、彼女のメールからの問い(彼は元気かとか、新しい彼女は

どんな人かとか)に対し、ごく一般的な内容だけを返信した。

そして、「詳しいことは、彼とあなたの問題だと思うから、

彼ときちんと話し合ってみては」と書いた。

もちろん、私が新しい彼女であると知れば、彼女が余計動揺するのは

目に見えていたから、あくまでも「同僚」としての返事を送った。


そんなこんながありながら、私と彼はつきあい、スピード結婚へと至った。

諸々の状況を切り抜け 、私は彼のマンションへと引っ越した。

引っ越してから数日後、彼が出張で留守の際に、TELがなった。


彼女「・・・・・・(女性が出たことで、不審に思ったらしい)Iと申しますが、

    Mさん(夫)はいらっしゃいますか?」


私「今日は出張で留守なんです。明日の○時頃なら帰宅していると思いますが。

  (あ!!元彼女だ!!)」


彼女「・・・・・・・そうですか・・。あの、失礼ですが、Mさんの彼女ですか?」


私「あの、私はあなたがどちら様か存じ上げないのですが、それは、

  私がお答えすべき事なのでしょうか?(ドキドキ・・)」


彼女「あ、いえ、そうではないのですが・・・。おつきあいされて長いんですか?」


私「ですから、私がお答えすべき事ではないかと思いますので。

  明日、Mさんが帰ってきたら、お電話するように伝えますので、

  Mさんと直接お話になってください。」


そこで電話は終わりましたが、内心ドキドキでした。



そんなこんながありながら、無事現在に至っています。

別に、私が彼女がから「略奪したわけではない」のですが、なんともいえない

気持ちになったのを覚えています。


まあ、今となっては、ある意味「良い思い出」ですが。

(ちなみに、その彼女も、翌年には結婚したようです)



ちなみに、私がつきあっていた元彼とは、「訳あり」のつきあいだったため

私が彼(現在の夫)とつきあい、結婚したことを祝福してくれ、

これといったゴタゴタはありませんでした(苦笑)。


夫は、私よりも1年あとに入社してきた、「後輩」だった。

高校も、某有名高校を卒業し、大学も某一流国立大を出ている。

私なんかとは、全く釣り合わない経歴の持ち主だ。


彼には、学生時代からの彼女がいた。

それは、入社以来、周知の事実で、彼と彼女がラブラブなのも、

社内ではとても有名なことだった。


ちょうど同じ頃、私にもつきあっている彼氏がいた。

色々な理由で、表だってその事を話せない相手ではあったが、

私なりに幸せな時を過ごしていた。


彼が入社して1年後、彼の同期の面々は皆、地方への研修へ行った。

彼は、社内でもう1年仕事をしてからの研修ということになり、

彼だけが、彼の同期の中で社内に残った。


偶然、職場の席が近くなり、急速に仲良くなった。

・・・・といっても、友人として。


そしてその後、ある日をきっかけとして私たちの関係は

「友人」「先輩後輩」から、違った関係へと変わっていった。

色々な出来事があり、彼は彼女と別れ、

私は彼氏と別れ、そしてつきあうことになった。


つきあっていた当時の印象は、とても優しく、繊細で、

口が悪いところはあるが、自分の責任をきちんと果たす人。

結婚して、今現在の彼の印象は・・・・・言いますまい(苦笑)。



妊娠がわかったとき・・・

妊娠がわかったとき

正直言って、「嬉しい」とか、そういう感情がなく

ただただ「驚き」「不安」の気持ちばかりだった。


当時、仕事を始めて3年目の秋。

1年半ほどつきあっていた元彼と別れ、

それまでは「単なる同僚」(というか、後輩)だった現在の夫と

正式につきあい始めて、たった3ヶ月弱での妊娠発覚だった。


確かに、知り合ってからの年月を足すと1年9ヶ月ほどには

なっていたが、なにせ「恋人」としてつきあってからの期間が短い!

しかも、私は元々の家庭環境のこと等々もあり、

結婚願望という物はゼロに等しく、

私の「人生設計」の中には「結婚」と「出産」はまるでなかったのだ。


彼は、私の妊娠を知って、確かに驚いたと思うが、

すぐに

「産んでほしい」「結婚しよう」

と言ってくれた。


私は、本当に本当に迷った。

我が娘には申し訳ないが、堕胎するという選択肢も頭の中に

よぎったことも確かだった。


しかし、妊娠を告げられたときにはじめてみたエコーの映像。

本当に小さい小さい袋の中で、

心臓が確かに鼓動を打っているのを目の当たりにした。

出産するかどうか迷っている間も、何度もそのエコー写真を見た。


仕事も、辛いながらとても楽しい時期だった。

辛くて、やめようかと何度も考えたこともあったが、

それでも、やりがいがあり、年中無休状態でも頑張っていた。

自分なりに、仕事の面で目指している目標もあった。


実は、妊娠が発覚するちょうど2週間ほど前、

母方の祖母が亡くなった。

私をとてもかわいがってくれていた祖母。

パーキンソン病を患い、長いこと入院生活を送っていた。

いつでも、私のことを考え、ほめてくれていた祖母が亡くなり、

それからまもなくの妊娠発覚・・・。


どうしても、お腹の子が祖母の生まれ変わりのような気がして

しょうがなかった。



出産&結婚を決めてからも、私の心はとても不安定だった。

その私を支えてくれた夫には、心から感謝している。



そして、あんな不安定な精神状態の上に、

臨月間近まで、ハードワークを続けていた母親から

元気いっぱい生まれてきてくれた我が子にも、

心から感謝している。



(反抗期まっただ中の怪獣ちゃんと対するとき、

時にはキーッとなって、怒りまくることもあるんだけど・・苦笑)



妊娠6ヶ月

平成X+1年1月22日(火)  妊娠23週4日


年も明け、ようやくつわりが落ち着いた。

長かった・・・。



   子宮底長    22cm
   腹囲       +6.5cm(妊娠前より)→前回よりは+0.5cm
   ママの体重   +2.5kg(妊娠前より)→前回よりは+1.7kg



体重増えすぎ・・・。

つわりが次第に落ち着いてきた中でのクリスマスにお正月。

増える要素は確かにあったのだけれど・・・f(^^;;)


ちょうど、実家の母が転んだ拍子に右手を骨折した年末。

でも、私が心配するといけないと、お正月休みにはいるまで

知らされないでいた。

親はいつまでも子どもの心配をするのだなぁと実感。



仕事は相変わらず続けていたので、日常は忙しい毎日だった。

その合間の休日に、夫と二人で子どもの物を買いそろえていった。

退職するのが3月末(つまり、9ヶ月半ば)だったので、

それ以降に買い始めていたら、万が一の時、間に合わないから。


夫は、かわいらしいベビー服を見ると、衝動的に買いたくなる

ようで、見ていて、ほほえましかった。

まだ、Babyちゃんの性別がわかっていなかったので、

買っていた物の色は、もっぱら白い物だった。


なかなか休みも取れず、新婚旅行なんて行ける時間はなかったが、

年明け早々の土日を利用して、列車で3時間ほどの観光地へ

「新婚旅行」!

私の母が、昔住んでいた街で、私にも思い入れがある街だった。

途中、ちょっとした喧嘩から、夫が一人ですたすた行ってしまい、

雪道で転んだ私・・・。

「妊婦の手を離すって、どういうこと~!!!」と、

私がそれまで以上に怒ったことは、言うまでもない(苦笑)。


お腹は全然目立たず、知り合いにあっても、妊娠していると

信じてもらえないくらい(笑)。

それだけ、元から太っていたって事なのかな~(苦笑)。


でも、マタニティにも全然縁がないくらい、お腹が出なかった。

不思議~~。





妊娠5ヶ月 その2

平成X年12月25日(火)  妊娠19週4日


クリスマスの妊婦検診。

つわりはまだ酷いものの、この少し前から「素うどん」が食べられるようになり、

ちょっと安心。というか、その分、体重も戻っていたけど・・・。



   子宮底長    17cm
   腹囲       +6cm(妊娠前より)→前回よりは+4cm
   ママの体重   +0.8kg(妊娠前より)→前回よりは+2kg




ちょうど、この検診の数日前である18日、ちょうど入籍して2ヶ月目だったので

夫と、仕事のあとに外食に出たが、そのときにはじめて「はっきりとした胎動」を

感じた。

それまでは、動いていると言えば動いているんだろうし、

動いてないと言えば動いていない(動いているのは気のせい)だろうなというくらい。

でも、この食事に行ったとき(正確には、食事が終わってから、某ホテルの喫茶店で

お茶を飲んでいたとき)は、明らかにグニングニンと動いた。


ビックリしたし、あらためて、自分のお腹の中にBabyちゃんがいることを

感じた。


しかも、ちょうどそのときは、理由は忘れたが夫とちょっとした喧嘩をしていた

時だった。(もちろん、喫茶店内だったから、お互いにむっとして、

外を眺めているくらいだったけど・・・)


  



妊娠5ヶ月 その1

平成X年12月7日(金)  妊娠17週0日


妊婦検診の中には、いくつかの検査があって、

私が通っていた病院(他の病院もそうなのかな??)でも、


「全員が受けなければいけないもの」

→妊娠初診時:子宮癌検診、クラミジア検査、

  妊娠初期:貧血検査、B型肝炎の検査、梅毒検査

         血液型、C型肝炎の検査、成人T細胞白血病、HIV

         血糖値

  妊娠中期:貧血、血清鉄

  妊娠後期:貧血、血糖値、膣細胞培養検査、ノンストレステスト


「希望者のみ受けられるもの」

・甲状腺機能検査

・風疹

・クアトロテスト

・トキソプラズマ

・サイトメガロウィルス



と、たくさんの検査があった。


私は、元々とても不安の強い方なので、受けられる検査はすべて受け、

この日は、「クアトロテスト」の結果を聞く日だった。


クアトロテストは、ダウン症候群の確率をはかるもので、

「1/295」より高いか、低いかが一つの基準になるらしい。


結果は「1/21000」


「どのような障碍を持ったこどもでも育てられる!」という

ことを正直言って言えない私は、ちょっと安心した。


つわり止めの漢方を処方してもらったが、

もとから「粉薬」が苦手な私は、飲んだ瞬間にまた吐いてしまう

という状態だった。



妊娠4ヶ月 その1

平成X年11月26日(火)  妊娠15週3日
  

まだ妊娠初期のため、4週に1回の検診。

本日は第2回目の妊婦検診だった。


当時、私はまだ仕事をしていたので、仕事の合間を縫って

受診し、終われば急いでで職場に戻る・・という

毎回あわただしい検診だった。


エコーでは、Babyちゃんは形がはっきりわかるようになっていた。



   子宮底長    12cm
   腹囲       +2cm(妊娠前より)
   ママの体重   -1.2kg(妊娠前より)


つわりが非常に酷く、それこそパイナップルばかりの毎日。



仕事だけは何とか頑張っていたけれどね。



職場では、一番トップの上司と、直属の上司しか今回の

妊娠・結婚を知らせていなかった。

夫も同じ職場だったため、仕事がやりづらくなるのが

とてもイヤだったから。


妊娠前より体重が減ったのは、ちょっと嬉しかったが、

何よりも「トイレとお友達状態」の日々で、

身体的には辛い頃でした。


妊娠3ヶ月 その2

平成X年10月29日(月)  妊娠11週3日


2回目の妊婦検診。

この日は、血液検査等があった。

エコーに写ったBabyちゃんは、すっかり人間の形になっていた。



   子宮底長    4cm
   腹囲       4cm
   ママの体重   ±0kg(妊娠前より)



つわりが酷く、仕事に行くのも結構大変だったこの頃。

新婚生活も始まったが、家のこともなかなかできなかった。

夫も、週末は出張が多く、一人で過ごす時間が多くなったが、

それはそれで、自分のペースで過ごせるから、ちょっとヨカッタかな?



結婚式について、

夫の両親は「招待客も呼んだきちんとした式を」希望し、

私の両親も、当初は同じようなことを望んでいた。


しかし、夫も私も、元々「結婚式」に興味が全くなかったことと、

急に決まっていった結婚で、仕事を開けることができなかったこと、

つわりが酷かったこともあって、

妥協案として、「挙式と、双方の家族での食事会」

ということにおさまった。


おさまったけれど、それはそれで準備をしなければならない。

ホテルを探しはじめ、

料金の問題、チャペルでの挙式と家族だけでの食事会ができる場所、

交通の便が悪くないところ・・・等々考え、

結局、某市にある、海の望めるホテルに決めた。



ホテルへ出向き、打ち合わせ。

日にちを決め、時間を決め、食事会での食事の内容を決め・・・。

色々決めていくわけだが、ブライダル担当者にとって、これほど

やる気のない夫婦は初めてだっただろう(苦笑)。



担当者「ご招待客は?」

夫「あ、双方の家族だけです。」

担当者「当日、プロのカメラマンが挙式~食事会の間の写真や

     ビデオを撮影することができますが。」

私「あ、いりません」

担当者「衣装は何点くらい?」

夫「あ、挙式の時のウェディングだけで」



すべて、このようなやりとり(苦笑)。

ただひとつだけ、こだわった物が、「ブーケ」。


造花のブーケもあったし、セットになったブーケもあったが、

私はどうしても、ブーケだけは気に入った物を、私のために作られた

物を持ちたく、夫も了承してくれたので、それだけは力が入った。

(たぶん、担当者の方も、その時はじめて、こちらが積極的に

なったと感じただろうなぁ~)



生花担当の人を呼んでもらい、色合い、形、どのような花を

使いたいか・・・etc 細かく細かく話し合った。



結婚式が平成X年の11月23日。

式当日までに、ホテルへ足を運んだ回数はわずか3回。

ドレス決めに至っては、わずか20分弱で終わらせた夫婦であった。