心身共に疲れてしまったな、という出来事があった。
(もうほぼほぼ復活している)
書くのもどうかなぁ、、、と思ったけど、
今回感じた素直な気持ちを残そうかなと思い、
書いてみようと思う。
12月半ばに「妊娠したかなぁ〜!」と思っていたら
やっぱり妊娠していた。
長男出産前を含めば、3度流産していたので、
流石に、流石に今回は大丈夫なのでは?!
と、不安半分、期待も半分で過ごしていたのだけれど、
今回も8週を過ぎて心拍が確認できなくなってしまった。。。
その瞬間、その話を医者から聞くのは本当に気が滅入る。というかなんと表現していいのかわからない。
毎回緊張しながら診察を待つ間には、
マインドフルネス瞑想が役に立った。と思った。
この1年3ヶ月の間に3回。
初めは、6週、次は10週、今回は8週。
まさか、自分がこうなるとは思ってなかった。
前回の時に「流石にもうないだろう」と思ったし、「次は産める」と自分でもなんていうか信じていた部分もあった。
特に、不妊治療や妊活をしていたわけではなく、
「自然に暮らしていて、出来なかったらそれはそれ。」
というポリシーになっていたので、
次に向けてどうしようとか、
原因はあるのか?何か調べるか?
とかそういう事もない。
このポリシーに至るまでには、少しだけ考えの変化はあったけれど、今はこれが一番、しっくりきている。
実際、一人産んでいるので、不育症ではないだろうとどの医者もいい、初期の流産は染色体の異常、という説明も毎回受け、調べようにも調べる事もないのだと思う。言うなれば、「年齢が上がれば流産の確率ももちろん上がっていくので…」という事。
それは、本当にそうだろう。
納得せざるを得ない、もうすぐ38歳。
次もまたそうなるかもしれないし、ならないかもしれない。
今回感じたことは、とてもシンプルで
「産まれてくる子は産まれてくるし、産まれてこない子は産まれてこない。」というそれだけの事なんだなぁ…と感じたりした。
毎回、だめだとわかる度に、
「これにどんな意味があるのだろうか」と考えたりもするけれど、本当の意味はわからない。
ただ、私自身が腑に落ちる何か、納得できる何かを見つけたいから「どんな意味があるのか」を考えているとも言える。
毎回、それらしき意味を見い出す。
家族が、信頼できる人生の先輩が、
色々と暖かい言葉をかけてくれて、その意味を深めてくれたり、そういう考え方もあるなと思ったりして救われたりもする。
私はなんとなく未来を想像した時に、子供が2人いるような気がしていて、だから漠然とあと1人産むような気がしていた。
だから長男を育てながらも、またいつか新生児を抱っこして、離乳食とかやって、断乳とかして、トイレトレーニングとかもして、、という今までの一連の流れを、またやるのだろうなぁ〜…となんとなく思っていた。
2人目を希望する気持ちが強かった時も、
最近のように、出来たらいいね〜、というくらいの気持ちの時も、いつか家族が4人になることに疑いを持っていなかった。
それが今回のことがあり、ふと、
1人かもしれないな。
と初めて思った。
そう思ったのは、手術日の決まった日で、
不思議なことに、病院から一人で家に帰宅した時、
「なんて幸せなんだろう」と幸福で涙が出てきた時だった。
誰もいない静かな家の中を見渡すと、
幸せに溢れていた。
散らかったおもちゃ。
取り込んだままの洗濯物。
飾られた家族の写真。夫婦の写真。
その写真のある棚に雑然と置かれた郵便物やリモコン。
普段だったら「あぁ、また散らかってるわ。」と少しイライラしてしまうような雑然とした室内が、
いつもと全く違って見えた。
住む所にも生活にも困らず、
夫は楽しく仕事をして、
子供は元気。
なんて豊かなんだ。
なんていう幸せなんだ。
今で、完璧だ。
今で、十分だ。
心の底から、そんな風に思って、幸せで泣けてきて、一人でおいおい泣いた。
今で完璧、と思うのは、初めての感覚だった。
その時に、「もしかしたらもう子供は1人かもしれないな。」とすとんと、思った。
だからといって、それは悲しいことでもなかった。
そうだった、
というそれだけのこと。
そんな風に思った。
一人いるから、二人目が出来なかったとしても
「仕方のないことだ」「それが自然のことならば」と思えるのかもしれない。
もし一人もいなかったら、もしかしたら、
必死で妊活をしたり、不妊治療をしているかもしれない。それはわからない。
でも、子供がいても、いなくても。
子供が一人でも、二人でも。
私は、私だ。
それでいいじゃないか、と思ったし、
もっと、私を生きよう。
そんな風に思った。
「今で完璧。今で十分。
そんな風に思って幸せで泣けてきて、
それで、もしかしたら一人なのかもなって思った。
でもそこに悲しさはなかったと思う。
一人でもいいなって思った。」という事を夫に話したら、
「子供が一人という可能性が広がったって事だね!
それってすごいことじゃん!」と言った。
初めはあまり意味がわからず、ぽかーんとした私だったけれど、
たしかに言われてみるとそうだ。
子供が一人という可能性が広がったのだ。
初めて私がその可能性をみた、というか。
「うん、一人でもいいよね。」
とかではなく、
「まゆこの可能性が広がったんだね!すごいじゃん!」
と感じてそう言った夫の感性を、
心から素晴らしいなと思った。
そして、やっぱり
あぁ、幸せだな。と思った。
受け入れがたい事を受け入れて
心と折り合いをつける事が
大人になっていく事のような気がする
例えば、親の老いや身近な人の死
自分自身の挫折、そしていつかは自分の老いや
伴侶の死。そんなこともあるのだろう。
どれだけの事を受け入れたら強くなったといえるのだろう。そもそも強くなる必要はあるのかしら。
いろんな捉え方で、
いろんな乗り越え方で、
成長させてもらっているんだなと思う。
だけど
受け入れられない時期にはたくさん泣いても
いいのだと思う
大人になると、泣けなくなる。
感情を抑える癖はいつからついたのだろう。
感情をきちんと味わって、泣いたり、話を聞いてもらったりする事は、どうしても前に進むために必要だと思う。そうさせてくれる人が周りにいる事に感謝する。
今回はそれが、以前よりも出来たような気がして、
だからこそ、無理なく前向きになる事も出来た気がする。
今回も一人では気づけなかったいろんな事を
気づかせてもらった。
きっと一度は宿った命も、短い命を全うしたのだろうな、という気が、初めてした。
そんな事が伝わってきた。
そうしたら、
自分に起こった今回の出来事に心から感謝する事が出来た。
ありがとう。
さて、再出発‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️
そんな気持ち。
よっしゃーーーー、いくぞーーーー。(どこに!!)
そんな感じ。
幸せな人生が続いていく事にも感謝して、
より楽しく、面白く、私らしく、
生きていこうと改めて思う。
ちょっと暖かくなったら、自然の中に行きたいなと思う🍀✨