枝ぶりの日ごとにかはる芙蓉かな 芭蕉
芙蓉(フヨウ)は葵(あおい)科の落葉低木。花は8─10月に咲きます。いわゆる一日花で、夕方にはしぼんで薄緑色の実ができます。
季語としては、木芙蓉、白芙蓉、紅芙蓉、花芙蓉、酔芙蓉などがあります。文字を見るだけでも美しい花色が思い浮かびます。酔芙蓉(スイフヨウ)は、花の色が白からピンクに変わる種類のことで、酒が少し入って顔色が赤みを帯びる様子に見立てています。フヨウにしてみれば素面でも酔芙蓉とはこれいかにというところでしょう。
私の母はフヨウが大好きで、実家の庭には二階のバルコニーに届くほど大きなフヨウが植わっていました。毎年幹の下から順番に花をつけ、最後は天辺まで咲いていくと聞かされました。実際にはその通りの順番ではなかったかもしれませんが、そう見えたようです。
私も時折花に触らせてもらいました。はっきりした形の花の中に、秋の透明な空気が貯まっているような気がして、両手で包んでそっとゆすってみたくなるのでした。
でも実は、フヨウの木には大きな毛虫がたかるため、一人では触らないように言われていました。
調べてみると、これはフタトガリコヤガという蛾の幼虫らしく、フヨウを食害する種類のようです。罰ゲームで十回かまずにいう、なんていうのができそうな名前ですが、大量発生するので笑い事ではないのです。母はこの毛虫が現れると、噴霧器で駆除していました。
「噴霧器するから庭に出ないでね」
というのが定番の「注意報」でした。
芙蓉と同じアオイ科の花には、アオイ(またはタチアオイ)はもちろん、ムクゲ、ハイビスカスなどがあります。アオイ科の一種にはトロロアオイ族という仲間があり、和紙を作るときに糊として根をすりつぶして使うトロロアオイが属しています。
こうしてみると、アオイ科の植物は食べられないのかと思うのですが、トロロアオイ族には、野菜のオクラやモロヘイヤも属しています。とろろというと、普通はとろろ芋を指すようですが、アオイに関してはトロロアオイという言い方があり、「とろろ」はとろろ芋のように粘り気のある物質の意味なのでしょうか。
トロロアオイ族の植物は有毒で、オクラも食用にできるのは花の部分だけ。モロヘイヤも育ちすぎると有毒になるので、自分で育てて食べるときには注意が要るようです。ある日、宅配の野菜詰め合わせにモロヘイヤが入っていて初めて自分で調理することになり、心配になって調べたことがあります。売られているものは育てる期間をしっかり管理しているので有毒になっているものはないとのことで、ほっとしてゆで上げたのでした。
俳句に戻りましょう。
この芭蕉の句の面白いところは、フヨウの色が書かれていないばかりか、季語としての芙蓉が意味する花には着目せず、枝ぶりを見ているところだと思います。二階のバルコニーにまで届くほど大きくなるフヨウの木は、おそらく成長が速いのでしょう。毎日見るたびに枝が伸びたり増えたりしているのかもしれません。伸びすぎた枝は剪定されているかもしれません。
ただ芭蕉の時代には、いまの日本のように枝が道路にしだれていると危ないから切ってくださいと通報されるといったことはあまりなかった気がするので、庭木にすることの多いフヨウをあえて丁寧に剪定する頻度はそう高くはなかったようにも思います。この想像が当たっていれば、枝ぶりが変わるという表現は素直に「フヨウの木が見る間に成長して枝ぶりを変えていく」という旺盛な生命力を詠んだものと考えることができます。
けれども、枝ぶりに着目しているので花は全く見ていないのかというと、もちろんそんなことはないとすぐに分ります。
花を見ているからこそ、枝ぶりを変える木が「芙蓉」だとはっきり言えるのです。そうでなければ、大きな木がどんどん育つだけの話となり、クスノキでもケヤキでも良いことになってしまいます。
しかし、この句で枝ぶりを変える木は、いまこの季節に花を咲かせるフヨウでなければならなかった。なぜなら、日々変わり行く枝には、その日限りの命を精一杯燃やして咲く「花芙蓉」がポンポンと開いているからです。
俳句の技術の中で私が一番偉大だと思うのが、「言わないで言う」手法です。寒い、美しい、痛い、美味しい、悲しいといった感覚を、描く対象や現象を通してテレパシーのように言外の波動で伝えるのです。
芭蕉は、美しいフヨウの花をはっきりと認めていますが、「花芙蓉」と直接詠まず、それらを咲かせている枝の形を詠みました。こうして、花の美しさは「言うまでもなく」のレベルで描いたうえで、枝の見事さ、樹木の成長の速さと生命力の強さ、秋の青空の高さと広さ、澄んだ空気と爽やかな風、夏の暑さをまだ少し残している陽光、そして、その木に元気をもらっている人間の存在と心のあり様までを「日ごとにかはる」の一言にがっつりと詠み込んでいるのです。これほど繊細でダイナミックな手法があるものかと、あらためて天才芭蕉の底力に圧倒されました。この句は、素晴らしさを超えて「すごみ」さえ感じさせる怪物のような作品だと思うのです。
花芙蓉摘み半音階はけふ弾かず 麻由子
(誤変換等、ご容赦ください)
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