年末に、いきなり大騒動に見舞われました。
 なんと、自宅の浴室のドアが、突然開かなくなったのです。
 前夜いつものように浴室を使い、普通に扉を閉めて浴室乾燥を作動し、朝、これまたいつものようにドアを開けようとドアハンドルを押したのですが、びくともしないのです。ドアを持ち上げたり引っ張ったりしながらハンドルを押してみましたが、ロックがかかったように頑なに動きません。何かはさまったのか、はたまた閉め方がいけなかったのか、業者にきていただくなら早く手配しないと・・・。このままシャワーもお風呂も使えずに年末年始に突入ではあまりに悲惨です。実家にお風呂を借りにいくには遠すぎるし、パニックしたり途方にくれたりと、脱衣所に立ち尽くしたまま心の中だけが大嵐になっていました。
 母に「どうしよう」と電話してみると、「朝ごはんを食べたらすぐに見に行くから待っていて」とありがたい返事。しかし、母が見てどうにもならなかったとなってから業者に連絡したのでは、この年末の時期に遅すぎるのではないか、ということで、マンションの管理人さんにSOSの電話をかけてみました。
「(マンションを建設した)○○不動産直営のサポート会社につないでもらえますから」
 と教えていただいた電話に早速コール。あちこち部署を回った末、現場担当の会社の若き技術者さんが折り返しで電話をくれました。状況を話すと、「最後の手段としては、ドアを壊すところまでいく可能性がありますね。うちでは対応できないかもしれないので、そうなったらメーカーさんに直接言ってもらうしか・・・」と、最も至極ながらこちらとしてはどうしようもないお返事でした。
 しかし、その後が驚きでした。
「浴室のドアには普通、外からロックを解除できる装置があるはずなんですが、ドアの上のほうにつまみがあるとか、ハンドルの周辺にドライバーやつまようじが入りそうな穴があるとか、何か分かりませんか。ドアに説明のシールが貼ってないですか」
 と、思いがけない質問を投げてくれたのです。浴室やトイレは、中からロックした後に何らかのはずみで解除できなくなったら外から開けられる仕組みがあるのですね。そのことを、私も聞いたことがあったとは思うのですが、いざ自分の身にこんな事態が降りかかったら、そんな記憶は引き出しのどこへやら、思わず「知らなかったですう」と泣き声を出してしまいました。
 電話をスピーカーモードにして話を続けながら、スツールにのっかってドアの上のほうを触ってみると、なるほど、ドアの枠につまみと思われる突起がありました。ただ、これは私には動かすことができませんでした。
「つまみはありますが、動きません」
「その辺りにシールは貼ってないですか? そこに説明があると思うんですが」
 シール、はい、ありました。ということで、スマホの視覚サポートアプリ「シーイングAI」にSIRIから「読み上げて」と話しかけ、シールの辺りにカメラをかざしてみました。しばらく記号を読んでいたので、やはりこうした半透明のシールの文字は読めないかしらと落ち込みかけたとき、「このつまみを動かすことでドアが外せますが、非常時以外は触らないでください」と読み上げたではありませんか。
 その通りに伝えると、サポートの高青年は「じゃあ、ドアハンドルの辺りはどうですか」と落ち着いて問いかけてくれました。
 ドアハンドルの上に、やはり小さなシールが貼ってあるのが見つかりました。同時に、ハンドルの下に鍵穴に似た円い突起があるのに気が付きました。シールを読む前に、まずはマイナスのドライバーをあわてて引っ張り出し、突起を二分している横線のような穴にドライバーを差し込んで回してみたら、あらららら、くるりと90度回転してドアが軽々と開いたではありませんか。
 まるで玄関の扉のカギを開けるかのように、何事もなくさらりとドアが開きました。浴室なのに「ただいまあ」と言ってしまいそうです。
「あ、あ、あ、開きましたー、鍵が開いたみたいです」
「開きましたか。何かのはずみで閉めたときにロックがかかってしまったんですね。同じことが何度も続くようなら、早めに部品交換する必要があるかもしれないので注意してくださいね」
 その昔、「開いてて良かった」というコンビニのコマーシャルがありましたが、「開いてくれて良かった」と心の中で叫んでしまいました。サポートのおにいさんは、良かったともびっくりしたとも言わずに淡々と会話していましたが、本来なら有料出張でサポートしてもおかしくないことを、根気よく電話口で行ってくれ、最後まで見届けてアドバイスまでくれたのです。なんとすてきな方でしょう。何度もお礼を言って電話を切り、管理人さんにもお礼と報告を済ませたのでした。もちろん、母に「緊急出動」してもらう心配も要らなくなりました。
 それにしても、「シールに説明が書いてある」と言われて、では、とスマホで読み上げてみることができたというのは、つい数年前には想像すらできないことでした。電話口に「読み上げて」という私の指示や読み上げるスマホの声は聞こえていたと思いますが、シーンレスがスマホを使う場面を見ていなければ、おそらく何が起きているかは想像できていないでしょう。それでも「読み上げて」と何度も発声したので、普通に目で読んでいるわけではないんだな、くらいの想像はついていたかもしれません。私もおにいさんも、私がシーンレスでシールの文字が目では読めないということには一言も触れませんでした。もしどうしても困ったら状況を話そうと思っていたのですが、読み上げがうまく行ったのでその必要がなかったのです。
 こうして、私が目で文字を読めないことは、最後まで話題に上らずにサポートが終わったのでした。予期せぬはずみとやらで浴室のドアににロックが、しかも、外からかかってしまうという経験は文字通り生まれて初めてでしたが、その対応でスマホで普通にシールを読んで、書いてあることを電話で伝えるということもまた、初めてでした。
 この騒動でしばし打ち合わせを待ってくださっていた編集者さんに事の顛末をお話したら、「そういえば、うちのトイレにも10円玉で開けられるところがありました」とのこと。我が家の浴室ドアも、たしかに10円玉で開錠できるくらいの大きさの穴かもしれません。今回は慌ててドライバーで開けましたが、10円玉でもできるか、今度やってみておこうと思いました。ついでに、トイレのドアもチェックせねば。
「なあんだ、そんなことも知らなかったの」
と笑われてしまうかもしれませんが、私のように家のことにあまり頓着していなければ、知らない人もおられるかもしれません。良かったら参考にどうぞ。
 というわけで、厄落としということにして、新しい年に向かっていこうと思います。
 今年は、朝日カルチャーで初めて「リスト音楽」に特化した講義をしたり、ピアノ教師の団体向けに連載したり、また大学の専門誌に論文を書いたりと、それこそ「初めて」のジャンルでお仕事をする機会に恵まれました。さらに、このブログを書いているまさにその日に、時代小説を巡る対談という新たな「初めて」の原稿が掲載になりました。絵本などの執筆も進みました。
 Ⅰ年間、応援ありがとうございました。
 来年は、連載などいま「仕込み中」のプロジェクトも動き出します。変わらず応援、ご愛読、どうぞ宜しくお願いいたします。
 皆様が良い新年を迎えられますよう、来年が素晴らしい1年となりますよう、お祈り申し上げます。

(誤変換等、ご容赦ください)

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2023年の主な活動

幻冬舎主催の対談  小説「まいまいつぶろ」を巡って
https://www.gentosha.jp/article/24772/


「小説幻冬」1月号掲載)


「おいしい おと」重版


8:26 朝日カルチャーセンター新宿教室で「フランツ・リスト 深音の伝道師」演奏付き講義
ピアノ教師のグループ「ピティナ」のウェブに連載しました。二回目のアドレスは以下です。前回もここからたどれます。
https://license.piano.or.jp/news/2023/06/iroha_020-2.html

6:18 日本野鳥の会レンジャー研修講義 「バリアフリー探鳥会」

エッセイ収録
忘れないでおくこと 随筆集 あなたの暮らしを教えてください2
暮しの手帖社
https://www.kurashi-no-techo.co.jp/books/b_1205.html
高知新聞6月6日に高校講演会記事掲載
神奈川大学「評論」 特集◎「境界」を考えるに論文執筆「境界、その存在への意識と対応」
生協新聞1月29日の紙面にインタビュー掲載。「スタートライン」、電子版もあり。

心のともしび」



https://tomoshibi.or.jp/radio/


「センス・オブ・何だあ? 感じて育つ」(福音館書店) 重版
絵本「でんしゃは うたう」(福音館書店)重版
「月間視覚障害」一月号にエッセイ執筆

近著
フランツ・リスト 深音の伝道師
紙面、電子版で発売中
風のささやき、水のきらめき──心に映る風景を奏でたい。
人気エッセイストがはじめて贈る音楽の本!
金子三勇士氏(ピアニスト)推薦!
https://artespublishing.com/shop/books/86559-258-0/

『どうぶつえんで きこえてきたよ』
三宮麻由子 ぶん 北村直子 え
ちいさなかがくのとも2022年5月号(福音館書店)

『センス・オブ・何だあ? -感じて育つ-』
福音館書店より、3月2日発売、定価1000円、税込み1100円

「バス はっしゃしまあす」
福音館、代理店向けハードカバー


福音館書店の雑誌「あのね」3月号に執筆。新刊紹介エッセイ「深く楽しく感じるために」

「この町で」を一緒に作曲した新井満さんの追悼番組に出演しました。自宅からのズームインタビューとピアノ、そしてこの歌が誕生した日本ペンクラブ平和の集いの本番が収録されています。私の出番は15-21分辺りです。ユーチューブでごらんください。
https://www.youtube.com/watch?v=KkOQwGWYmck

佼成出版社の共著「子どもだって哲学 家族って何だろう」が重版となりました。自立直前の私の心情が織り込まれたエッセイが収録されています。親離れ、子離れについて考えたい読者には特にお勧めです。
絵本 「おいしい おと」重版、21擦
絵本「でんしゃは うたう」 重版、20刷
絵本「かぜ フーホッホ」(福音館)増刷
四季を詠む 365日の体感 (集英社文庫)発売中
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絵本「でんしゃは うたう」の合唱譜
信長貴富氏作曲、「混声合唱とピアノのための鉄道組曲(音楽之友社)」 発売中

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