麻由子の俳句エッセイ
1 夏料理

 これまで30回を超えてお送りしてきた「麻由子っ句」、新たに俳句エッセイとして、自作・他作交えて広く味わいつつ、季語と俳句の世界をそぞろ歩いてみることにしました。
 今回取り上げる「夏料理」は、検索サイトの説明によれば、夏場に食卓に並ぶ一般の料理のことだそうです。アイスティー、アイスクリームなど「アイス」や「冷やし」と名前につくものや、甘酒、飴湯、鮎狩、葛餅、氷水など、個別のものも夏の季語になっています。
 夏料理はこれとは別に、涼し気で夏場に供されるもの全般を指します。同じ感覚の季語として、私は夏座敷を思い浮かべます。夏袷、白靴などの服装もありますが、料理と同じく広く色んな風景を連想させる季語としては、夏座敷が好きなのです。
 夏料理は「料理」なので、ざっくりいえば食べるか作るかどちらかのテーマが詠まれることがほとんどになるわけですが、検索してみると、ヒットする句は作者が男女どちらかを問わず、圧倒的に「食べる」ものが多いことに気付きました。

大皿を廻し廻して夏料理 星野椿
 私が師事する星野高士先生のご母堂で、著名な俳人である椿先生は、宴の席に招かれることも多いでしょう。この句には、和やかに集った人々とともに、笑いさざめきながら大皿をあれこれ回し、それぞれに料理を取り分ける様が静かながら生き生きと描かれています。回すといっても、中華料理のように大皿や皿が乗った台そのものを回転させて取り分ける人の方に料理を向ける動作と、長いテーブルやお膳に運ばれてきた大皿を順繰りに渡していく動作のどちらだろうと想像が膨らみます。
美しき緑走れり夏料理 星野立子
 高士先生の祖母に当たる星野立子の句は、夏料理といえばこれ、というくらい有名な一句です。「美しき緑」という鋭敏な言葉に、夏料理の涼しくシャープな色合いが詠まれ、「走れり」という言葉によって、涼感の中に秘められた植物の緊張感を感じます。

鐘の音や箸待つのみの夏料理 中村草田男
 食卓を前にして準備が整い、これから食べるという一瞬の静かな瞬間が切り取られています。「いただきます」の直前の期待と、幸せな食卓でふるまいを受ける作者の喜び、そしておそらく、口にはせずとも心にある感謝も伝わってきます。
 このように、夏料理は供される側から詠まれるものが多いのは、私には意外でした。おもてなしをする側として夏料理を作り、「どうぞ」とお膳に並べるときの気持ちよりも、供してもらう喜びのほうが強いのかもしれません。あるいは、写生という俳句の手法を使うには、自分で作って供するよりも、驚きと期待とともに供してもらうほうが読みやすいのかもしれません。
 検索して見つけた句の中で唯一、作る側からの句と読むこともできそうなのは、

真中に鮑が坐る夏料理 鈴木真砂女
 でした。真砂女は長年、銀座で料亭の女将を務めるとともに俳人として活躍しました。実際にこの句がどんな成立由来なのかは調べられていないので、本当はどちらの側から詠まれたかはさらに確かめる必要があるでしょう。
 ただ、背景知識なしで素朴に読者として味わう場合、どちらの側から読んでも秀逸な瞬間が切り取られているのです。アワビを中心に据えた贅沢な夏料理が「運ばれてきた」場面として読めば、先に挙げた他の句に通じる「供される側」の喜びを感じるでしょう。「いまから運ぶ」場面として読めば、美しく盛り付けられた繊細かつダイナミックな夏料理を「供する側」の誇りと、喜んでもらえたらという期待感が伝わります。どちらの側にも喜びと期待がありますが、感覚が微妙に違っています。真砂女の背景を考えてあえて「供する側」として読んでみるのも楽しいと、私は思うのです。仮にこれが「供される真砂女」の句だったとしても、女将としての心は常にあるので、「供する真砂女」もそこにいるはずです。ですから、この句はどちらの側からも味わえる、ちょっと不思議で個性的な句に思えるのです。
 私は自炊をしているので、会食や訪問で外食するとき以外は料理を「作る側」にいることが多いといえます。けれど、作った料理を食卓に並べて「いただきます」と箸を持つときには、自分の作った料理であってもそれを「供される側」に立場が変わります。
 一瞬前の自分が作った料理、はたして美味しいのかしら。そもそも、ちゃんと火が通せているのかしら。基礎的失敗の心配から味の出来栄えまで、食卓の私は「さっきの私」の料理を供され、吟味するのです。この感覚は、料理を作ることを日常としている人ならではの楽しみ方ではないでしょうか。
 作ってもらう料理はもちろんありがたく嬉しいです。けれど、作る楽しさも、たとえ自分の料理でもその出来栄えを鑑賞する楽しみも、同じく尊く豊かなものだと思うのです。

整へば正しき風情夏料理 麻由子

*このエッセイで取り上げる俳句、季語に関する情報は主にネット検索を基本としております。分析は私個人の主観であり、事実関係含め責任を負うものではないことをご了承ください。

(誤変換等、ご容赦ください)

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