人生の価値観を失ってしまったようだ。

 

これまで成してきた事が形として、手元にあれば喪失感もないのだが。

 

収入は障害年金が頼りの今は、生活に費やすことで手一杯。

 

自己表現の記録として、ネガとポジのフィルムが残るのみ。

 

これをCDにしたいが、お金に余裕がない。

 

フィルムカメラを使おうにも、フィルム代とプリント代が出せない。

 

これからの活動はiPhoneのカメラに頼るより他はない。

 

何とも味気ないことだが、致し方なしか。

 

表現者たり得たい思いを託すのはスマホ1台になってしまった。

 

あと、30年の時間は大きな変化もなく過ぎるだろうが、記録を続けたい。

 

40代に茉悠子と出会った時、夢を見た。

 

表現者になれたら良かれと思い、写真を始めた。

 

茉悠子に会うのは遅すぎたのだろう。

 

もうすぐ定年を迎えるので、家庭を持って子育てをすることはできない。

 

写真も然り、クリエイターの活動は20代から始めないと形にならない。

 

夢を見たために負債を抱えることになったが、60歳までに完済を目指す。

 

夢の後始末に後、4年、労務に耐えたら、静かに余生を送ろう。

先日の面接で、プラスチック加工工場の内定を貰った。

 

もう一つ、自動車部品製造工場の面接が、19日にある。

 

自動車に係わる仕事の方が、やりがいを感じるので、それの結果を見てから決めたいと思う。

 

もう56歳になるので、仕事を選ぶ余裕などないのだが、何とか60歳まで勤められる仕事を探したい。

 

債務整理が終われば、精神的に余裕ができるだろう。

 

60歳でリタイアを考えて、それまではひと踏ん張りが必要だ。

 

兎に角、今は最後の勝負にかかる。

もう、56歳になってしまった。

 

60歳まで、あと4年。

 

活発な活動を続けていた20代から40代を振り返る。

 

したいと思ったことを自由にしてきたので、過去に後悔はない。

 

50代になって、アクティビティが低下してきたことは多少、寂しく思うが。

 

表現者としての活動も縮小傾向にある。

 

このまま、静かに終焉を迎えるのだろうか。

 

ただ、活動期の負債を片付けなければならないので、60歳までは仕事をしなければならない。

 

債務整理が終わったら、あとは静かに余生を送ることになるだろうか。

お昼頃、窓の外を見ると雪が降っていた。

 

妙に静けさを感じてのこと。

 

勝手口を開けて雪質を見る。

 

積もりそうな気配は当たり、16:00頃には4cm程、積もっていた。

 

4輪駆動車に乗っていた頃は気にも留めなかったが、FF車に乗っている今は心細さを感じる。

 

スタッドレスタイヤを買うお金がないので、尚更である。

 

20:50現在、雪は止んでいるが、明日の朝は路面が凍結するだろう。

 

車での外出は、昼頃まで控えた方が良さそうだ。


兎に角、職探しから。

 

3件の求人に応募。

 

15日頃までには、結果がわかると思う。

 

背中の関節痛のため、整形外科を受診する予定。

 

今月は求職活動に注力しなければならない。

 

労務に備えて、体も正常な状態ににする。

 

新年早々からすることが多い。

 

ひとつづつ、片づけていこう。

PCを初期化したら、ブログに不具合が発生。

 

FC2ブログでは正常だが、アメーバブログでは、横の写真が縦に貼り付けられてしまう。

 

iPhoneを横にして撮影してきたが、縦で撮影して、貼り付けしてみる。

 

写真は通院している病院のそばにある縁結び神社。

大晦日の夜、PCが壊れる。

 

13年以上、使い続けてきたPCのハードディスクがそろそろ、危ない。

 

デフラグと初期化をしたが、初期化中に誤って電源を落としてしまった。

 

再起動できず、パソコン修理店に持ち込む。

 

新年早々、痛い出費になってしまった。

 

初期化のためにデータが消失。

 

iTunesのデータ消失は非常に悔しい。

 

16歳から現在までの人生ともいうべき、音楽を失った。

 

窮乏生活のため、CDは全て売却して、手元にない。

 

iPhoneにデータが残っているのが救いである。

 

iTunesデータ復旧はできないものか、思案している。

 

八幡神社へ二年参りに行く。

 

コロナの影響で、参拝客の出足が鈍い。

 

23:30になっても人影がない。

 

年が明ける15分前から、参拝客が三々五々、集まってくる。

 

これからの安寧を祈って帰宅する。


昨年に続き、フォトコンテストで銅賞を受賞。

 

これは、写真技術と表現力の限界を示すものと見て良いだろう。

 

つまり、人並み以上の能力は無い事の査証である。

 

広く世間に認められる事は無い。

 

自己表現の活動は趣味の範囲に留まる事になる。

 

然し、生きてきた事の記録として、写真を撮り続ける。