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「板前MAX」その2

今回も引き続き「板前MAX」のつづきをアップします。

あいかわらずトーン無し、デッサン崩れまくりの作品ですが、どうぞよろしくお願いいたします。





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私はやっぱり、格闘モノの漫画を描くことが好きなようです。この当時、ゲームセンターで対戦格闘ゲーム(ストⅢなど)が流行していた影響もありますが…


でも、リアルなものは描いていてあまり楽しくないので、つい妄想的なギャグ要素が入った漫画になってしまいます。


あまりに昔の作品で、アップするのが気恥ずかしくなって参りました。しかし、あと1回で終了ですので、もうしばらくお付き合いくださいませ…

創作漫画 「板前MAX」

今回は、私が大学生のとき、はじめて描いた漫画「板前MAX」を掲載させていただきます。


最近重い内容が続いたため、ガラッと方向性が変わりますが、お読みいただければとても嬉しいです。


ただ、一番最初に描いた作品のため、非常にアラが目立ちます。等身が違う、線は汚い、トーンは皆無、ストーリーは適当…タイトルのみ、後日描き直したものになっています。


大変お目汚しになると思われますが、わずか8ページの短編ですので、どうぞよろしくお願いいたします。





アスペと、漫画と、まゆイヌと-タイトル

タイトル




アスペと、漫画と、まゆイヌと-1ページ目

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この作品は、非常に恥ずかしい私の青春の1コマですが、初めてまともに完成した漫画作品とあって、自分では結構気に入っています。


非常につくりの荒い作品ですが、当時描きたいと思っていたものが、素直にそのまま描けた作品になったと感じています。


たいへん読みづらくて申し訳ないのですが、お付き合いいただけましたら幸いです。






安心できる「居場所」

今回は、近頃感じていることを書きます。


完全な自分語りになっている箇所があります。不快に感じられた方は、お読み飛ばしくださいませ。


(今回、内容が内容のため、適切なイラストが思い浮かびませんでした。絵無しの長文記事になりますが、どうかご容赦ください)


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私はずっと、「居場所」という存在を探し続けていました。


くだらない争いがない場所、無理をして虚勢を張らなくてもいい場所、心が落ち着ける場所…

趣味が同じ人がいる場所、同じ価値観を持った人がいる場所、自分が必要とされる場所…


そんな数々の理想を思い描いて、「居場所」という存在を頭の中で夢想していました。


けれども、それは、あくまで私の頭の中だけに存在する空想の存在であって、現実世界にそれを求めるのは愚かなことだ、とも感じていました。


実際の現実世界には、生き残りを賭けた醜い足の引っ張り合い、嫉妬、欺瞞、エゴ、裏切り、などが至る所に存在しています。とても見て見ぬフリをして、生きていけるものではありません。


少し前までの私は、この人間の汚い側面に非常に執着していました。「どうせ、人間は自分自身が一番可愛いんだ。他人と仲良くするなんていうことは、何の意味もない事だ。」…こんなひねくれた、世の中を斜に構えて見ているような人間でした。


何故、そういう歪んだ思考になっていったのか、はっきりとした原因はわかりません。ただ、集団いじめの体験から、「他人」「人間」という存在が、全く信じられないものになってしまった、ということはあると思います。


「何を、潔癖な。自分だけが良い子のつもりでいるのか。そういうのを偽善、というんだ。」


こういう言葉をかけられたこともありました。


ただ、そのときの私は、他人を許すことが出来ず、結果として、自分という人間が、最も許されない存在である、と感じるようになっていきました。


過度の潔癖は、欲にまみれた汚い自分自身の否定へと繋がっていきました。


その結果、自分自身を肯定することがまったく出来なくなり、生きている意味が見出せない状態へと陥りました。


ただ、死ぬことの恐怖感だけに急かされて、生きるために仕方なく働いている、というような毎日でした。楽しいことや、ためになること、生きがい、などのような前向きな発想はことごとく、消えていました。


それは、私の人生に寄り添っている、万年うつ状態の影響なのかもしれません。


ところが最近になって、これまで生きてきて、初めて頭の中の考えが転換する出来事がありました。


それはドラマのような劇的な出来事ではないのですが、これまで夢に見ていた「居場所」のような存在の場所に出会えたのです。


その「場所」は、以前に思い描いていたような、すべてが思い通りの、理想の存在ではないと思います。でも、これまでに出会ったことのない、気持ちの転換のきっかけを与えてくれたことは、確かです。


私は、現在休職という出来事を通じて、自分の発達障害・アスペルガー症候群という特徴を知りました。


休職した直後にその事実を知ったときは、ホッとした安堵感とともに、障害とともにこれからどうやって生きていくのか、という強い不安感にも襲われました。これまでの自分は一体何者だったのか、という虚無感もありました。


しかし、それと同じ時期に、とあるNPO法人の臨床心理士の先生が開設されているブログを見つけ、そこに書かれている内容にすごく心を惹かれました。心理学者V.E.フランクルの実存主義の観点からの、生きる意味、生きる目的についての考察や、発達障害当事者として歩んでこられたご自身の半生などが、そのブログには記載されていました。


それまで様々な発達障害関連のサイトや書籍を見てきましたが、ここまで率直に、自身について真摯に語られているブログは、これまで一度も見たことがありませんでした。


その後、同NPO法人が主催している発達障害当事者向けのグループワークや、SST(ソーシャルスキルトレーニング)に参加し、自分に対する理解をさらに深めていきました。


そのNPO法人の主催するグループワークが、現在の私の「居場所」であるように感じます。


グループワークだけでなく、そこで知り合えた様々な当事者・関係者の人たちも、私にとって非常にありがたい存在となっています。


今後、理想通りにうまくいかないとは思いますが、せっかく見つけ出した現在の「居場所」を大切にして、自分の道をしっかり歩いて行きたい、と思っています。


ぐだ、ぐだと、自分の思いばかり長く綴ってしまいました。


でも、これが現在の私の、本音の思いです。