私の100、0思考(対人関係編)
今回は私の特性である、「100、0思考」について書きます。
発達障害を持つ者は、物事を捉えるとき、「100か、0か」「白か、黒か」「全か、無か」の極端な思考形態に陥りやすいといいます。
私にもその考え方の傾向が顕著に見られ、何事も極端な考え方になってしまいます。
良いときにはものすごく舞い上がって興奮して喜び、悪いときにはとことんまで落ち込んで、世界に絶望する。
「中間」という概念がなかなか理解できないのです。
よく物事は何事も「中庸」が良い、「ほどほど」が良いと言いますが、私はそれを実践することが困難な性質を持っています。
この「100、0思考」は生活の様々な場面で現れてきます。
例えば、ある人と仲良くなりたいと思って、コンタクトを取るとします。そうした時に私の中に巻き起こってくる思考は、「できるだけ良い風に見られるために、どんどん話しかけないといけない」「頭が悪いと思われないように、間違った事を言わないようにしないといけない」「おかしなやつと思われないように、冷静に振舞わないといけない」などなど…
こんな嵐のような思考が、頭の中にぐるぐると渦巻いています。脳は完全にフル回転・オーバーヒート状態です。ただ、外見はいつもにこにこ笑顔で、落ち着いているように見えるため、相手には実情がわかりにくいようです。
こういうコンタクトの取り方をした結果、うまくいくときと、うまくいかないときがあります。
うまくいったとき、というのは、相手もこちらに興味を持ってくれて、話がはずむ場合。
うまくいかなかったとき、というのは、相手の反応がイマイチで、避けられたと感じる場合です。
この成功や失敗は、私の主観の概念でしかないのですが、どちらの場合であっても、私にとって問題となることがあります。
うまくいったとき、通常であればそれは喜ばしいことで、引き続きその方と仲良くしていけば良いと思うのですが、私の場合、一筋縄ではいきません。うまくいったときほど、それが今後、少しでもうまくいかなくなることを恐れて、自らその関係を絶ってしまうような所があるのです。以前、私はこれを「自己破滅願望」と呼んでいました。
おそらく、このような行動をとってしまう原因のひとつとして、私の中に存在する「完璧主義的思考」「100、0思考」が関係しているように思われます。
客観的に見れば、多少うまくいかなくても、後で関係を修復したり、改善したりすれば、それほど問題はないと思われます。ただ、その「客観的に見る」という行為が、私にとって非常に困難な行為なのです。
また、もうひとつのうまくいかなかった場合においても、この特性は現れてきます。
コンタクトを取ろうとした相手に冷たい態度をとられたり、無視されたりしたときは、誰でも落ち込んだり、不快な感情を抱くとは思います。
私の場合に問題となるのは、その不快な感情が、いつまでも延々と継続してしまい、どんどん悪化していってしまうことです。
「どこがいけなかったのだろうか?」「やはり外見が悪いためだろうか?」「何か失礼な事を言ってしまったのだろうか?」…このような負の思考のループに陥ります。
その結果、「どうせ、私は何をやっても嫌われ者だ」「やはり私など、他人には理解されない存在の人間だ」「世の中に良いことなんて何も無い」…といった、極端な否定的発想に行きつきます。その否定的な発想はどんどん深いものとなっていき、やがては自己否定感、無気力感、無価値感といった「うつ状態」を生み出します。
このように、私は、良い場合、悪い場合、どちらの場合であっても、自分から物事をダメにしてしまうような所を持っているのです。これでは、人生がとても楽しくありません。
最近、様々な人との交流を交わしているなかで、その両極端な思考はいくぶん和らいできたようにも感じます。でも、発達障害の特性「100、0思考」は、まだまだしっかりと、私の中に根を張っているようにも感じます。
今後の私の課題としては、この「100、0思考」を存在するものと認識して、物事の中間のライン、グレーのラインを意識的に捉えていこう、と思っています。
今回の記事には医学的な根拠等はありませんが、この両極端な思考は、今後の為に少しずつ変えていかなければならない、と感じています。
私にとっての「100、0思考」は、色々なケースにおける事例がまだまだ残っていますので、今後徐々に記事にしていきたいと考えています。
非常に乱筆長文になりましたが、お読み頂いた方には感謝しております。
※(明日、発達障害関連のSSTが開催されるため、ブログをお休みさせていただくかもしれません(仮)…今後ともよろしくお願いいたします!)
私の好きな音楽 「ゲームミュージック」
今回は私の好きな音楽、「ゲームミュージック」について書かせていただきます。
非常にコアで、マニアックな内容となりますので、興味のない方はお読み飛ばしくださいね。
私は子どもの頃から電子音が大好きです。当時、「ピコピコ」という擬音で表現されていた音です。
子どもの頃、ファミコンに熱中していた影響も多々あるのですが、他の音楽よりも、コンピューターの電子音が何故か落ち着くのです。
中学生の頃、ほとんどのクラスメイトは流行のポップスを聴いていたのですが、私はそれに馴染めませんでした。歌詞の内容で一部共感できる歌手の方もいたのですが、声が混じっている音楽が苦手だったのです。
当時のファミコン、スーパーファミコン時代のゲームミュージックは、他の音楽と比べると使用できる音の数が非常に少なく、限られたリソース(8ビット、16ビット)で演奏される、独特な音の世界でした。
でも、それが逆にメロディーラインを際立たせて、私には心地良く感じられたのです。
人生で一番最初に購入した音楽は、スーパーファミコンの有名ロールプレイングゲーム「ファイナルファンタジーⅣ」のオリジナルサウンドトラックでした。
当時はまだカセットテープ版も販売されており、貯金していたお小遣いをはたいて、それを購入しました。
作曲者の植松伸夫さんという方は、ゲームミュージック界でも1、2を争う非常に有名な方で、その方が生み出される楽曲は、非常に魅力のある、独創的なものでした。
当時中学生だった私は、そのテープを繰り返し、繰り返し聴き、心地よい音の空間に浸っていました。
楽曲の中でも一番のお気に入りは、戦闘シーンで使用されるテンポの良い曲でした。
悲しい事があったときや、イライラしたとき、私はいつもカセットデッキにテープを入れて、この音楽を聴いていました。
現実の世界ではない、ゲームの世界の優しい音楽が、私の心を癒してくれていたような気がします。
同じ中学校の不良の先輩からは、ゲームミュージックが好きなことをよく馬鹿にされていました。一時期は、「普通の中学生」になろうとして、いくつかポップスを借りてきて聴いていましたが、やはり合わないものは続きませんでした。
中学生~高校生にかけては、ほぼ、ゲームミュージックしか聴いておらず、他の学生達とは全く話が合いませんでした。
大学生以降になって、ようやくポップスや他の音楽も聴けるようになりましたが、やはり一番しっくり来るのは、音数の少ない時代のゲームミュージックです。最近の豪華になり過ぎたゲームミュージックには、少し違和感を感じます。
少し前までは自分の事を、「いつまでもゲームの音楽にこだわっていて、幼稚なやつだなぁ」と卑下していた時期もありましたが、最近では発達障害のことも含めて、ありのままの、感じたままの自分を大切にしよう、と思うようになりました。
ありのままの自然な状態を作ってくれる「ゲームミュージック」は、私の生活の一部になっています。
私のブログでは、他人に伝わりにくい、コアな話題は極力避けようと思っていたのですが、これも含めて私だと思いましたので、記事にさせていただきました。
ファイナルファンタジーIV オリジナル・サウンド・ヴァージョン/ゲーム・ミュージック
(このサントラのカセットテープ版を初めて購入しました。「バトル2」という曲がとても気に入っています。)
(こちらは、初めて購入したゲームミュージックのCDです。こちらもお気に入りの一品です。)
今回はイラストも入っていない、非常にマニアックな記事内容となってしまいましたが、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
私の仕事7 「工場内ライン作業」
今回は私の仕事シリーズ第7弾「工場内ライン作業」をお送りします。
私はこれまで数多くの工場でライン作業に従事してきました。
以前書かせていただいた栗工場は、本当に小さな町工場で、ラインと呼べるラインはありませんでした。
今回取り上げるのは、中規模以上の大きさで、常に製品が流れ続けているラインの存在する工場です。
どれもほとんど勤務期間は1週間~1ヶ月位までの短期間のものばかりです。工場の種類を見ていくと、(1)印刷、(2)惣菜製造、(3)パン製造、(4)漬物製造、(5)和菓子製造、(6)家電製造、(7)化粧品製造…こんな感じの所で働いていました。
これらの工場を、それぞれ別々の記事で取り上げることも出来るのですが、毎回同じような内容でマンネリ化すると感じられましたので、今回まとめて取り上げさせていただきます。
どの工場のラインにも共通して言えるのが、ライン稼動中は手を休められない、ずっと立ちっぱなしの作業である、ということです。手を休めてしまうと、作業待ちの製品がどんどんたまっていき、最終的にはラインを一旦ストップさせることになります。ラインをストップさせると、その分生産効率が落ちるわけで、ラインのリーダーからは厳しい言葉を浴びせられます。
眠たくても、疲れていても、調子が悪くても、ラインを止める事は許されないのです。なかなか、ストイックで、ハードな職種だと思います。
工場によってラインの流れるスピードが異なり、スピードの速いラインに当たった時には、地獄そのものの状態でした。息つく間もなく製品が流れてきて、それを即座に確実に処理する。もう、製品の流れが速すぎて、めまいを起こしそうになることもありました。
現場ではラインの駆動音や、他の機械の動作音が常に鳴り響いていて、耳がほとんど聞こえません。なので、リーダーや同僚から話しかけられる時には、大声で話しかけられます。同じように、こちらから相手に話しかける時にも、大声を出さなければなりません。声が低くて小さい私にとって、それは非常に苦手な行為でした。
また、食品製造系の工場は職場環境が厳しい所が多く、冷凍室に近い寒い場所から、熱風の吹きすさぶ暑い場所、蒸気で息がしにくい蒸し風呂のような場所まで、様々な環境が揃っていました。
ライン作業のデメリットばかりを挙げてきましたが、メリットも確かに存在します。ライン作業のメリットとして挙げられるのは、(1)単純な作業しか行わなくて良い(物を移動する、シールを貼る、材料を投入する、フタをはめる、飾りを付ける等)、(2)仕事中は周囲の音がうるさく、仕事も忙しいため、余計な雑談をしなくて済む、(3)無表情でやっていても怒られない、(4)比較的似た性質の人間が多い(あまり喋らない人、不器用な人、ワケありの人等)…このような所です。
あいかわらず休憩時間は苦手でしたが、工場によっては休憩時間中、製品を無料で食べ放題の場所もあったので、その点に関しては非常に助かりました。
工場は日の光の差し込まない密閉された空間で、独特の雰囲気のある場所ですが、人間関係の苦手な私にとっては、まだ落ち着く場所であったように感じます。一緒に仕事をする人も、ガラの悪い人や派手な人、怖い人から優しい人まで様々なタイプの方がいらっしゃいましたが、仕事の性質上、密接なコミュニケーションを必要としないため、なんとかやり過ごすことができました。外国人労働者の方も多くいらっしゃいましたが、逆に気を使わずに気さくに話すことが出来ていたように感じます。
ライン作業のアルバイトでは色々な体験をすることが出来ましたが、私の忍耐力を養って貰えた場であったと感じています。


