創作漫画・「老後伝説」
今回は私が過去に描いた漫画の作品を、ほんの一部ですがアップさせていただきます。
(10年近く前のものですので、損傷激しくて見づらいと思われますがご勘弁ください)
タイトル
1ページ目
2ページ目
この「老後伝説」は、大学時代に描いた二本目の作品です。
全24ページの作品なのですが、自分の作品のなかでは最もページ数が多い漫画です(ヘタレ野郎ですいません…)。デッサンも狂いまくっていて、お恥ずかしい限りです。
作品のテーマは、「老人と格闘技と小熊」のコラボレーションです!\(*`∧´)/
・・・十代最後の、若さゆえの過ち、でした。
主人公のモデルは、うちの祖母と、現役プロレスラー・天龍源一郎選手のふたつを組み合わせたような感じです。
うちのお婆ちゃんはとにかく人間味溢れる人物でした。自分のやりたいようにやる、良く言えば天真爛漫、悪く言えばただのワガママな人でした。家族は祖母の行動に毎日振り回されっぱなしでした…
もう十年ほど前に他界していますが、私の脳裏に強烈なインパクトを残した女性でした。穏やかな祖父とは対照的に、本当に自由奔放な人でしたが、なんだかんだ言っても家族からは愛されていたようです。
肝心の漫画の内容の方は、荒唐無稽で何の意味もないギャグマンガですが、祖母の思い出を残すにはいい機会が与えられたな、と思っています。この漫画を描いていた頃が、人生で一番楽しい時期であったようにも感じます。
中途半端な作品のアップとなりましたが、不肖・まゆイヌが、どんな感じの漫画を描く人間なのかを感じてもらえたら嬉しいなあ、と思います。
はじめまして2
今回は私の趣味について書きます。
私は昔から絵や漫画を描くのが大好きな子供でした。
幼稚園児のときには、機関車の緻密な絵を描いて、幼稚園にパネルで展示表彰してもらいました。
小学生のときには、暇を見つけては新聞のチラシの裏側の白紙を使って、当時流行していたファミコンのゲームを自分勝手に創作して、ガリガリと書き込んでいました。漫画やアニメが大好きな子供で、当時連載・放送していた作品では、「キン肉マン」や「ドラゴンボール」が大好きでした。小学校では漫画倶楽部に入って、もくもくと自分の好きな世界を鉛筆で描いていました。
中学生~高校生のときは、世間に「おたく」という言葉が流行りだしていた頃で、何かと漫画やアニメが好きな人に対して負のイメージを持たれていたように思います。気の小さかった私はおおっぴらに漫画が好きだと言えずに、隠れるようにして漫画やアニメを見ていました。中学生のときは漫画を描くことからは遠ざかっていました。
高校生のときには、絵を習い始めました。動機は将来絵を描く仕事に就きたいなあ、という漠然とした思いからでした。小中高一貫して人間関係がダメだったので、フリーランスの仕事に憧れがあったのかもしれません。美大の受験も考えていましたが、自分の才能の無さ・親の反対に挫折して、結局通常の文型の大学を選択しました。
大学生に入学した後、小学生の頃に抱いていた漫画を描きたい、という思いに再びとらわれ、漫画研究部のサークルに入りました。サークル内であまりしゃべらない私は常にういていましたが、久々に漫画を描ける・みんなに見てもらえる、ということだけでもその場に十分魅力を感じました。はじめてつけペンを使用して描いた漫画が完成したときには、喜びもひとしおでした。漫画を描いて徹夜したのは、良い思いでになっています。その後、サークルの方向性に疑問を持ち、部からは離れてしまいました(今思えば、融通のきかない、発達障害独自の強いこだわりが影響していたのかな、と感じます)。
大学のサークルを離れた後は、同人誌を作って創作系イベントなどでひとり細々と活動していました。
くせの強い私の漫画を手にとって読んでいただいた、当時の参加者の方には大変感謝しております。
その活動も大学生活終了とともに終わることになりました。
もともと人間関係が非常に苦手で、日々生きることに疲れを感じていた私には、漫画の空想の世界に費やすだけのエネルギーが残っていませんでした。「就職」「生活」という人生の大きな壁の前に挫けてしまったようです。
その後、十年間近く絵や漫画を描く生活からは遠ざかり、様々な職を転々としながら日々奮闘してきました。
すべての挫折の原因が発達障害のためだとは思っていませんが、私の人生には色濃くその「生きにくさ」が付きまとっているように感じます。
今回、ブログを立ち上げた大きな目的は自分の生きなおしをしたい、と感じたからです。ずっと描きたいと思っていた漫画を、もう一度描きたいのです。休職中につき時間はあるのですが、いろいろ考えすぎてなかなか前に進めていません。でも、発達障害という存在を知り、自分のことが徐々にわかりはじめてきている今、なんとか勇気を持って頑張りたいと感じています。
今回・前回となんだか重い空気の記事となりましたが、今後はなるべく軽めにポジティブに、と思っています(^_^;)
また機会を見て過去の作品もブログに掲載して行きたいと思います。長文になってしまいお見苦しいですが、読んでいただけると幸いです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
はじめまして
はじめまして。
関西在住、三十代の働き盛り、まゆイヌと申します。
もともと文章を書くのは苦手なくせに、何を血迷ったかこのたびブログを始めることになりました。ですので、内容はまったくもって保証はできませんが、何卒よろしくお願いします。また、生来の無精者であるため、更新頻度も低いかもですが、お許しください。
このブログでは主に日々の出来事、発達障害、趣味などについて取り上げたいと考えています。実はまだ方向性がしっかり定まっていません(汗)。今後、しっかり考えながら固めていくつもりです。
まず、私の持っている発達障害のことについて。
私が発達障害(アスペルガー症候群)であると感じ始めたのは、今年の五月でした。
その頃、私はIT関連のサポートデスクの仕事をしていたのですが、職場でうまく仕事が出来なくなっていました。原因は一般で言うコミュニケーション能力の欠如でした。
まともな電話応対ができない。提出しないといけない書類を期限内に提出できない。上司の指示通りに動けない。お客様に用件を整理して伝えられない。上司との人間関係が上手くいかない…etc
「どうして自分はここまでうまくいかないんだろうなあ。。。」と感じる日が続き、その結果うつ状態で動けなくなりました。職場にはすぐに休職を申し出て、受理されました。
そのときに自分なりに原因を探っていき、ある日一冊の書籍に出会いました。
・「大人のアスペルガー症候群」 監修:佐々木正実・梅永健二
この本を読んだとき、あまりにも当てはまることが多く、非常に驚きました。
その後、地域の発達障害者支援センター、医療機関を通じて成人知能検査のWAIS-Ⅲを受けた結果、アスペルガー症候群の疑いが強い、という診断が出ました。(医師の方いわく、しっかり就職できているため、確定診断は出にくいとのこと)
私は見た目からは発達障害とはわかりにくい、定型発達者と発達障害者のボーダー上にいる人間です。
アスペルガー症候群の特性に関しては、多くの当事者の方のブログで語りつくされていると感じる為、ここでは敢えて詳しくは書きません。
アスペルガー症候群は、「場の空気を読めない障害」と言われることが多いですが、確かに私は集団の中で、その場にあった発言が出来ません。でも、「場の空気」っていうのも、実態のないもので、日本社会独自のものだなあ、という思いがあります。腹の探りあいのない、素直に言いたいことを言い合える関係もまた、素敵なことだと思います。
現在も休職は続いており、自分の将来について悶々とした日々を過ごしております。
ただ、色々な仲間に出会っているうちに、最近では発達障害であっても希望がある、ということも見えてきつつあります。
長文になりましたので、趣味についてはまた次回のブログで書かせていただきます。
乱筆乱文、厚顔無恥なブログになると思いますが、
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


