今日は珍しく月曜日のヨガにいってみました。

暑くなってきたし、さらにすっきりさせようという魂胆。

えへへ。久し振りかも星

 

20年来ヨガを教えているナオミ先生です。

1時間という時間ながら、からだをしっかりみつめる

ハタ・ベーシックを担当されています。


ナオミ先生のヨガはとても不思議ですわんわん

一見流れるようなポーズかな?と思いきや

体のことをすごく考えられているものなので

骨盤の調整やリンパの流れがスムーズになる動きを

しっかりととりいれています。

また表面の筋肉だけではなく、体のおくの筋肉も

鍛えられるようなメニューも取り入れてくれているので

終わるころには骨盤がおこしやすくなってくるのです。


普段なにげなく生活していても、生活からくるゆがみは

さまざまあります。

それが整っていくという感覚。


今日は2か月ぶりにシャバアーサナで涙が出ましたしょぼん

じーんわり。

ヨガをはじめた当初は毎回おこっていたものですが

意識しないとすこし「慣れ」もあるんでしょうね。

最近は気持ちよくはありましたが、涙が出ることは

少なくなってきていました。


気持ちよさの、その先にある、心が解放される

ふわわわ~ん、という感覚が涙につながります。

もう、えもいわれぬ気持ち。

頭をなでられているというような、地球にゆだねているという

ような気持ちです。

宇宙とつながっているんだなーという雄大な気持ちになれるのです波


いま知りたいことはヨガとチャクラの関係ですヒミツ

あまり学問的なことはいまは気にしていないで

体の心地よさを感じているつもりですが

少しずつ「どこがどんなふうになるとキモチヨイのか」

というのも知っていけたら幸せかな。


それにしてもヨガってポーズの呼び方がいろいろですね。

「ライオンのポーズ」といったり、ダウンドックとか

キャットアップとか(笑)

みんな動物・・・。

ま、哺乳類だもんね星


 

運動不足からヨガをスタートしたわたしは、ヨガをするとたいてい

気持ちよくなり、ストレスも解消され、心地よくなり

すべてオールオッケーのはずである。


が!イマイチ、という日がでてきたんである。

気持ちよくなるどころかなんか落ち込んだまんま。

みたいな日である。


せっかくヨガしてるのにな。なんなんだ?と

ちょっとそれでまた落ち込んだりして(苦笑)


ちょっと考えたのです。

気持ちよくなるのはたんに運動量の問題か、と。

運動量が多ければ、すっきりし、すべてが解決するのか?

と。


どうも、そうではなさそうなのである。

運動量の問題、ともあながちいえないようです。

ヨガセラピーは緊張と弛緩を繰り返すことでよりリラックスするためのもの

ラージャヨガは激しいアーサナが目的ではなく、

その後の瞑想をよりよくするためのもの。

目的がまず違うのです。


気持ちよくならない日。それは頭の中にある「悩み事」を

とりあえず「おいといて」とはできない日におこっている。

悩んだり、苦しいなーと感じることが、ズシーンとのしかかっている

ときはヨガ的な考えになれないときだったりする。


ひとは悩んだりします。

が、いちばん大切なことは「悩みは悩むほどに膨張する」という事実。

「愚痴を言うとすっきりするどころか膨れ上がるものである」という事実。

つまり、悩みに食われてしまうのです。

これをわたしはこの2週間で感じたんですねー。

だから、よりよいすっきり感のためには「感情を吐き出す」以外の

行動で(極力)すっきりしていく方向にしたほうがいいように思えます。


つまり、ヨガをするときには「頭をからっぽ」に近い状態に

もっていけるかどうか、がすっきり感の鍵です。

どうしても、雑念がたまりまくっているとき。それは生活のことだったり

オトメだったら、恋愛のことだったり・・・。

 それは人間だからときには仕方ありません。そんなときは、とりあえず

「からっぽ。からっぽ」と心の中で唱えてみてください(笑)


そうすると、すばらしい時間が待っているでしょう(たぶん)


どうしても、心地よくなれないとき

そのときはたぶん、あなたは成長している最中です。

ある程度のアーサナができるようになったとか

そういうこともあるかもしれません。

そのときこそ、チャレンジしてみてください。

深い呼吸だったり、ポーズだったり。テーマをいっこ

ギアチェンジしてみるんです。


すると、きっとまた一段高みにのぼることができるでしょう。


なーんて偉そうにかいてしまったけど、わたしもまだまだ。


とりあえずからっぽ、めざして日々精進なり。でございます。


ちゃんちゃん!ドキドキ






きょうはいつものヨガがワークショップ形式だったので

4月のヴェーダーンタの教えもひっくるめてーの、お話

+アーサナ、チャンティングと盛りだくさんまつりで満足でした♪べーっだ!


でも、4月ヴェーダーンタ(とよばれる)の教えがちんぷんかんぷんだった

わたしにとっては「なっちゃんの整理されたお話できけばわかるかなー」

って思ってきいていましたが、

 理解と同時に謎もたくさんでてきました。疑問、かな~?


まずは「自分を客観視することの大切さ」でした。

もちろん、痛みや苦しみ、怒りなどマイナスの感情は

俯瞰でみられたほうがいいにきまっております。

(つまり、「ほんとうのわたし」が客観的に見ることによって

 冷静になれる)

しかしですねぇ、たとえばめちゃくちゃ痛みがきちゃったとき

怒り爆発メラメラのときにはなかなか客観的になれないものです。

だから、どーしたら客観的になれるのかしら?というところが

凡人としては知りたいところなんじゃーないかな、と。


もしかしたら、なんですけど

わたしは邪道なんですけどね。

怒りまくっても、泣きまくってもいいのかもしれませんよ?


え?ヨガ的じゃない?

わはは。

だってみんな俗物的じゃないですか。

でも、今までは泣きわめくー(エンドレスー!)だったのを

そのあとに「なんちゃってー」とか「もうおしまいー」「やめー!」

と一区切りつけます。(ま、気のすむまでどうぞ)


そして「わたしとしたことが(大前春子風に)泣いてしまった」

「それは悲しいからだな。こんな理由で」

「しかたないね。悲しかったのだね。でも、泣いたからもういいじゃないか」

と一段落したらもうひとりのわたしを登場させるのです。


そうすると、なんかすっきりするんじゃないかな。

人間だもん。急には客観的にはなれない。

だから、もし主観的になっても、がっかりしたりめげることなく

「これでいいじゃん」「よくやったよ」と一言いってあげてみてはどうでしょう?

わたしの中で、褒め褒め隊を作っておくのですクラッカー


あと、最大に思っていることはなんですが

シャバアーサナのときって客観的なわたしが

ありのままのわたしをみても、幸せ~ですよね?

「幸せで快適な」その状態をよく覚えておくんです。

そうすると、不快に感じたとき、その心地よい感情に

どうやったらもどれるのか探って行動してみること。

これがいちばん、客観的なんじゃないかな?

どう?


そして、もう一つ。よくいい行いは「プンニャ」といって

徳を積んだことになり、そうでない悪いことは「パーパ」

と呼ばれています。前世からも関係していて・・・

ナーンていわれていますが

前世なんて、知らん!(ごめん・・・。ヨガをすごく習っている方

申し訳ない 笑)

なんでこんながんばってんのにー。前世のパーパなんて

どうしようもないじゃないのよーパンチ!となってしまいます

(わたしなら、ですが 笑)


そんなときは、ふつうに「一日一善」

わたしもまわりも笑顔に。

なーんて思って、さりげないやさしさを形にしてみるんです。

もう、この際パーパなんて忘れて。

きっとそうしているうちに、プンニャの貯金がいつのまにか

つまれていくのでは?


なーんて思うのです。


ヨガやヨガ的な生き方、ぴんと来るひとはどこまでもぴんぴんくるでしょうし

まったくこない。スンともこない。

スポーツっぽいからしてる、痩せるからしてる、とかそういうひとは

もしかしたらお話の部分は退屈だし自分には関係ない、と

思ってしまうかもしれません。


でも、いつか、続けていくうちになんか生活していて

「あれ?これってもしかしてヨガでいってたことじゃーん!」

なんてなる日がきます。

わたしは真面目に取り組んでたった3か月でこんなにぴんぴん

きまくってて「ほんとに、3か月?」と怪しまれてますが

わたしはたまたま人生で悩んだり考えたり感じたり

疑問に思っていたことが、ヨガを通して謎解きが

めっちゃくちゃ行われていっているので

まいかいすっきりしてしょうがないんです


ぜんぜん、俗物的ですけど。

ちょっとだけいい人、くらいで(笑)チョキ