大相撲蒙古時代の終焉と新能登時代の開幕!  | 迷えるオッサンの老惨禄

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チェンマイ18年の日誌を中心にやってきましたが、2021年9月帰国、タイトルを変更したいました。

大相撲蒙古時代の終焉と新能登時代の開幕! 

 

 

令和6年の5月場所は初土俵からわずか7場所の新人大の里が堂々の優勝を遂げ、同3月場所で110年ぶり幕内初優勝の尊富士(10場所)に続く大銀杏の結えぬチョンマゲ力士が賜杯を抱いた。

 

 

 

 

 

■画像は5年前の令和元年11月のスポニチ紙で・・、

日体大1年で学生横綱となった現大の里関(当時名・中村泰輝)で、卒業後二所ノ関部屋(稀勢の里親方)に入門後わずか1年半での幕内優勝の快挙であった。

 

顧みれば日本大相撲界は2020年3月の朝青龍優勝以来20年間にわたって日本力士が低迷する中・蒙古(モンゴル)力士の全盛時代が続き、この間白鵬45回・朝青龍25回・日馬富士9回・照ノ富士9回・鶴竜6回など横綱5人と豊昇竜・霧島・玉鷲2・逸ノ城・旭天鵬ら10人のモンゴル人力士が105回の幕内優勝と、実に全優勝の8割を独占してきたのである。

 

敗戦後の日本はアメリカに占領されて以降・金玉抜かれて去勢されたが、国技大相撲はモンゴル人力士に20年間占領され、大相撲の基本である「心技体」は蒙古人には理解不能で,勝ちゃあいいんだろうの風潮だけが蔓延、大相撲は凋落の一途を辿って来たのである。

 

そんな中令和6年元旦能登半島で勃発した大地震は輪島・珠洲・七尾・穴水などの各都市に壊滅的被害を与え,遠藤・輝ら能登出身力士は意気消沈して連敗を続け、5月にはともに十両へと転落したのである。

 

そんな中で出現した大の里・尊富士らの超大型新人力士の台頭は正に相撲界の大谷翔平的救世主であった。・・中でも能登津幡町出身の大の里は打倒モンゴルを目指す日本大相撲再興の原動力であり、十両遠藤・若貴影・輝らの復活は彼ら若手の活躍に刺激された成果といってもよいだろう。

 

来る7月名古屋場所以降の大相撲が何とも楽しみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんちゃん