母の日の前日の土曜日
銀座に行ったら、母の日であちこち素敵な飾り付けでした。

社長は元キャビンアテンダント

社長は元キャビンアテンダント

ちょうど、母の日の前の週から海外に行ってしまった娘。
でもしっかりNicholai Bergmann のすてきなブーケを
手配してくれていました。
母の日の朝届いたブーケです。

社長は元キャビンアテンダント

カーネーションの色がとてもシックなピンクでした。
真ん中に蘭の花がアクセントです。

毎年のことですが、娘は先週から海外に行っているので

何もにかなと思っていたら、サプライズで、朝、すてきな

花のアレンジが届きました。

出かける前に手配してくれて行ったのかと思うと

本当に嬉しいです。

主人の母に送ったプリザーブド・フラワーも朝、届いた

と電話が義母から来ました。

とても素敵と喜んでくれたので、私も嬉しいです。

明日からは、毎日、びっしりとスケジュールが埋まっていますが

周りの人に感謝しながら元気に過ごしたいと思います。
田中好子さんのお通夜と告別式の様子を

テレビで拝見し、いろいろなことを思い出しました。

1978年「普通の女の子になりたい」という解散コンサートを

テレビで見たとき、、ちょうど、母が癌で最後の闘病生活を送っていました。

当時、私はアメリカから帰国し、毎日、病院に通っていて

母の看病のため、夜中は病室に付き添いとして泊まり、

昼間は看護婦さんと叔母たちがいるので、一度、家に

ふらふらになりながら戻るという生活をしていました。

病院から戻り、ほんの数時間、 家に滞在し、洗濯をしているときに

テレビをつけるとちょうど、いつも、午後3時の「ワイドショウー」

の時間帯でした。

そんなときに、キャンデーズの引退コンサートをテレビで放送して

いました。

ほとんど、ゆっくり眠ることもできず、食事もできず、自分でも

どうやって生きていたのか、、。

キャンデーズが「普通の女の子に戻りたい」と言っていたのを、、

私だって、普通の大学生に戻って、学生生活を送りたい。ゆっくり眠りたい。

外にでかけてみんなとおしゃべりしたい。おしゃれもしたい。。

という、、本当に辛かった日々のことを思い出します。

キャンデースが引退したその1か月後、

母は46歳で帰らぬ人となりました。

田中好子さんは55歳だったそうですが、

最後に自分の肉声でメッセージまで残せて、幸せだなと

思いました。

でも、そのメッセージを聴いて本当に涙が止まりませんでした。

死を覚悟している時の人の心境はどんなものなのでしょう。

亡くなった母のことを思うと、きっと娘たちに、

最後に何か言い残したかったのではと思います。

当時は携帯電話もなく、最後にちゃんと言葉を交わせぬまま

逝ってしまいました。

そのことがとても残念でなりません。

田中好子さんは癌が発病してから、19年間も癌細胞と

生きていらっしゃったということを聴いて、本当に闘病は

辛く大変な人生だったのだろうと察します。

ただ、愛する旦那様がそばにいて、好きな仕事があったことは

きっと大変でも辛くても充実した幸せな人生だったに違いありません。

人は必ず死ぬのに、ついつい、まだ、明日があると思って

やるべきことを先に延ばし、逢いたい人に「いつか会おうね」と

先に延ばしてしまいますが、いつかはないかもしれないのですよね。

命に限りがあることを自覚して生きていくことが大事。

「幸せで良い人生だった」と言えるような

日を迎えることができるように生きていかなくてはと改めて思いました。

いつ、何があっても精一杯生きることの大切さを田中好子さんの

言葉からもう一度、改めて考えさせられた一日でした。



土曜日は土砂降りの雨の中、Facebook の勉強会に参加してきました。

なかなか、奥が深いです。

これからはFacebookでもいろいろと発信していけたらと思っています。

Twitterもあるし、時間がいくらあっても足りません。

帰るころには雨も止みました。

いろいろなことがどんどん変化するのでついていくのが大変ですが、

知らないことを知ることは、楽しいことです。

また、新しい出会いもありました。
昨日はひたちなか市で研修をしてきました。

まだ、余震が続くひたちなか市。

担当者の方にお話を伺ったら10日間も

断水していて、4時間並んで給水車から

1リットルだけもらえるという不便さだったそうです。

トイレもお風呂も水がなくて、湧水を汲みに行ったり

ずっとお風呂に入れなくて辛かったと話していらっしゃいました。

避難所にいらっしゃる方の辛さはいかばかりかと思いました。

東京では、被災地は仙台や福島ばかりがニュースで流れていますが

茨城県も場所によってはまだ、道路が寸断されたままだったり

断水が続いたりしているそうです。

東京にいる私たちが知らないところでもまだまだ、辛い思いを

なさっている方がたくさんいらっしゃるのだろうと本当に

心が痛みます。

水戸でブライダルプロデュースの仕事をしている山本めぐみさんが

研修の後、会場までわざわざ会いに来てくれました。

ちょっとだけでも顔を見たいといっていただき、ふわふわのシフォンケーキ

まで頂戴しました。

お忙しい中、会いにきてくださってありがとう!!

水戸も勝田ほどではなかったそうですが、4~5日断水したそうです。

めぐみさんからお聞きしたら、茨城県の野菜が売れなくてとても

困っているようです。もちろん魚も。

でも、放射線基準値以下で、ホウレンソウやイチゴはとっても

おいしいし、ハウス栽培なので、全く問題がないそうです。

みんなで買っていただいて、支援したいと思います。

「フレッシュひたち」 はじめて乗りましたが、行きも

帰りもサラリーマンがたくさんでした。

東京に住んでいても、山の手にいると上野にはめったに

いかないので、上野駅がとってもおしゃれになっていて

びっくりしました。

夜、千葉県を震源とする強い余震がきて、また、常磐線が

ストップしたようで、昨日は無事に(徐行運転のため

少しは遅れましたが)走ってくれたので、昨日で良かったです。




今日は神奈川県の横浜市泉区のラフォンテの大ホールで講演をしてきました。

車で行くつもりで出かけましたが、東名下りで緊急工事が

行われていて、青葉台から渋滞。

という情報で、車を家に戻して、電車を乗り継ぎ2時間近くかかって

やっと到着。

思った以上に大きなホールでした。

社長は元キャビンアテンダント

社長は元キャビンアテンダント


今回はお手伝いに一緒に来てくれた元JALの後輩が

講演の写真が撮ってくれました

$社長は元キャビンアテンダント

あっという間の90分の講演でしたが、良かったというお言葉をいただき

ホッとして講演の後、元JALのひとみちゃんと少し一息ついたところで、

いただいたお花と一緒にポーズ!

社長は元キャビンアテンダント

昨日の夕方「被災地で入学式を迎える子供とおかあさんに

入学式にふさわしいスーツなどの洋服を提供してほしい」

という電話が入りました。

突然の知らない方からの電話でびっくりしましたが、**さんからの紹介とのことで

お話を聴いてみると、ある団体が洋服を集めてくださる予定だったのに

急に連絡もとれなくなってしまったとのこと。洋服を届けると約束して

トラックまで手配しているのに、届ける洋服が全くなくてとっても困っている

とのことでした。

早速、スーツや中に着るインナー、パンプスなどを家中から探しだして

東北に届けてくださる団体のもとに夜、車で届けに行ってきました。

あちこち電話をしたら今晩中にという緊急のお願いにもかかわらず

協力してくださった方々に心から感謝いたします。

私たちにも少しだけですが、被災地の方々にお役に立てたら嬉しいです。



アメリカの日本文学研究者でコロンビア大学名誉教授の

Donald Lawrence Keeneさんが 日本の国籍を取得して

日本に永住なさることにしたそうです。

東日本大震災に心を痛めたことがきっかけとなったそうですが、

キーンさんのように日本人や日本の良さを理解してくださるアメリカ人が

いらっしゃることをとても心強く思います。

そして、この日本を終の棲家として選んで下さったこと本当に嬉しいです。

Donald Lawrence Keene 氏 (現コロンビア大学教授)は半世紀以上に渡り

日本文学の研究を続け近松門左衛門の研究や『奥の細道』の英訳をなさったり

三島由紀夫らとの交流などがあったことで知られていらっしゃいます。

日本文化を海外へ普及させた功績から2008年に文化勲章も受賞されています。

政治家だけに頼らず、海外と繋がることができる日本人、私たち個人が

日本人の良さ(勤勉で嘘をつかない真面目)そして、日本という美しい国の良さを

日本の魅力をもっと、もっと、海外の方々にも理解してもらえるよう

伝えていかなくてはいけないと思いました。

NHK news
駒場公園と東京大学駒場キャンパスの桜
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桜の奥に見えているのが渋谷のセルリアン東急ホテル 
左側が渋谷マークシティーです。