レディー・ガガ主演の映画「HOUSE OF GUCCI」を鑑賞した。
「HOUSE OF GUCCI」
出演 レディー・ガガ アダム・ドライバー アル・パチーノほか
監督 リドリー・スコット
<STORY>
世界的ファッションブランド「グッチ」の創業者一族出身のマウリツィオ・グッチにとって経営参加は魅力的には映らず、経営権は父ロドルフォと伯父アルドが握っている状態だった。そんな中、グッチの経営権を握ろうと野心を抱くパトリツィア・レッジアーニはマウリツィオと結婚し、グッチ家の内紛を利用して経営権を握っていく。しかし、一族間の対立激化と共に夫マウリツィオとの関係が悪化し、夫婦間の対立はやがてマウリツィオ殺害事件へと発展していく。
今回の映画で知ったことだが、グッチはイタリアのトスカーナ地方の革製品のメーカーから
始まったらしい。
■ フィレンツェ
映画の中で、アル・パチーノがグッチの専門店に訪れた日本人に、
「コンニチワー」と挨拶するシーンがある。
「日本人はブランド好きで金持ち、だから日本語を勉強している」と
アル・パチーノは言う。
そのセリフを聞いて、ある事を思い出した。
それはとっておきのすべらない話である。
今から16年前の2006年3月、僕らは新婚旅行でイタリアを訪れた。
3泊5日の安い弾丸ツアーで、観光客はもちろんガイドも日本人だった。
最初、ローマから始まり、ミラノ、フィレンツェ、ヴェネチアを貸切バスで周る。
イタリアを代表する景勝地ばかりだった。
安いツアーの宿命だが、どこに行くのも日本人だと海外に来たことが薄れてくる。
食事も観光地巡りも周りを見ると日本人ばかり。
それでもイタリアは全てが世界遺産のような景色ばかり。
そんなこんなで最終日はローマに戻ってきた。
最終日は、半日自由行動になった。
何をしようか妻と相談していると、なかなかイカしたイベントを発見した!
「カンツォーネを聴きながら優雅なディナー」というタイトルだった。
「カンツォーネ、いいねぇ〜イタリアっぽい!」と僕らはすぐに申し込んだ。
ホテルから目的地に向かうと小洒落た雰囲気のイタリアンレストランだった。
店外からも早速カンツォーネが聴こえてきた。
「いいね〜」と僕が言った。
早速店内に入り、生演奏をしている人たちの前の席に案内された。
周りを伺うと、日本人は僕らだけで、イタリア語が飛び交っていた。
なんかやっとイタリアに気分になってきた。
そこで優雅にイタ飯を食べながらカンツォーネを聴く。
4、5人のバンドメンバーがいて熱唱していた。
♪オー・ソレ・ミオ(私の太陽)
♪帰れソレントへ
♪サンタ・ルチアなど
小学校の音楽の時間に習ったようなカンツォーネ定番の名曲が演奏された。
妻も大変満足気だった。僕らは、「イタリアに、カンツォーネに乾杯」と言って
キザに乾杯した。
僕らはその歌声に心酔しきっていた。
すると突然、少し曲調が変わった。
「ん?」と僕らは顔を見合わせた。ローテンポの感じでおよそカンツォーネではなく、
どちらかと言えば演歌に近い感じだ。
すると、ヴォーカルの男性が勢いよく、
♪ ズンズンズン ズンドコ キヨシ〜 と歌い出した!
「えっ!!!これって、まさか」僕らは顔を見合わせた。
「これってまさかの♪きよしのズンドコ節!?」と思わず言った。
それは紛れもなく、氷川きよしの代表曲「きよしのズンドコ節」だった!
しかも、メインヴォーカルが、♪ズンズンズン ズンドコと歌うたびに、バックコーラスが、
♪キヨシ〜と絶妙のコーラスを入れてくる。
笑いが込み上げてくるが我慢した。
「折角のカンツォーネが台無しになる〜やめてくれ〜」と心で叫びながら、
イヤイヤ手拍子を始めた。カンツォーネでイタリア気分に浸っていた僕らの優雅な時間は、
一瞬で音を立てて崩れていった。
「サビだけにしてくれよ〜」と心の中で切に願った。
しかし、思いをよそに1番が始まった。
そして、サビのパートがくると、
「サア、ゴイッショニ〜」とボーカルが僕らに呼びかけてくる。
僕らもしらけさせちゃいけないと必死に、「ズンズンズン ズンドコ きよし〜」と絶叫した。
「もうこれくらいでいいだろ、もう勘弁してくれ」と心で願うが、2番3番とフルコーラスで熱唱した。その間僕らはずっと手拍子を行った。
最後はお決まりの「♪ズンドコ〜」で歌は終わった。
締めに、「ニホンカラキタオフタリ二カンシャシマス ドウモアリガトウゴザイマシタ」と、
流暢な日本語で挨拶してくれた。僕らも恐縮して頭を下げ、精一杯の拍手を贈った。
地獄ような時間は終わった・・・完全にしらけてしまっていた。
演奏も終わり、僕らは店をあとにした。
僕らの間をなんともしれない残念な空気が流れていた。
「最後のズンドコ節、いらなかったよね」と妻がボソリと言った。
「あれなければ最高に素敵な夜だったね」と僕。
日本から来てくれた僕らのために気を効かして日本の歌を歌ってくれたんだけど、
まったく逆効果だったような気がする。
冒頭の話に戻るが、アル・パチーノが日本人客に、「コンニチワ〜」と言うシーン。
恐らくバブル期に金持ち日本人たちはあらゆるところでブランド品を買い漁り、上客だったと思う。だからイタリア人たちは、日本人を喜ばせる日本語や歌を覚えていったのではないだろうか?でも日本人にとっては、ちょっとありがた迷惑な感じも否めない。
帰国して、この話をある女性リポーターにしたところ、大ウケしてくれた。
今でもこのエピソードははっきり覚えていて、生涯忘れることはないだろう。
それから3ヶ月後の2006年6月、ドイツで開催されたワールドカップでイタリアが
4回目の優勝を果たした。この年はなんやかんやでイタリアの年だった。
機会があったらまた行ってみたい、思い出のイタリア。



