最近、ネットフリックスで「全裸監督」を全話観た。
AV界の伝説、村西とおる監督の生き様を描いた物語である。
’80年代、熱っぽい男たちがいかにしてAVを作り上げていったか!?
役者陣もイキイキして見所満載だ。
「ああ、’80年代ってこんな感じだったなぁ」と思いながら、
あることを思い出した。
村西監督とは面識はないが、実は意外な接点があった!
1988年(昭和63年)昭和最後の年
23歳になった僕はその頃、映画やドラマの助監督をしていた。
ある日電車に乗って帰宅中に、映画学校の同級生とばったり会った。
すると彼は開口一番こんなことを言った。
「おい知ってるか?M美ちゃんがビデオに出てるぞ」と。
「ビデオ?」と僕。
この頃まだDVDなんかなく、VHSの時代だった。
「うちの近くのビデオレンタル屋にすっごいビデオがあるぜ」
とりあえず彼のアパートがある代々木上原で途中下車して、
ビデオレンタル屋に向かった。
同級生に案内されたのは、暖簾がかかったAVコーナー。
「えっ!ここ?」
さらに奥に進むと、彼は「これだよ」とビデオを差し出した。
普通のAVのパッケージ、よ〜く見ると・・・そこには知り合いの女性が!!!
「マジか?これM美ちゃんじゃん」と思わず叫んでしまった。
そこには、M美ちゃんのあられもない姿がくっきりと写っていた。
実はM美ちゃんは元彼女。
1年前、3ヶ月ほど付き合って別れた。
映画学校の同級生で、彼女は俳優科にいて女優を目指していた。
卒業制作で30分の映画を制作するとき意気投合して付き合い始めた。
でも卒業して彼女から別れを告げられた。
下北沢の駅改札で、「わたしはもっと上に行きたい。あなたじゃもの物足りない」と
言われた。
まるで、映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」の中で、
デボラがヌードルスに放つセリフと同じだった。
そして彼女は、そのまま改札を抜け僕の元から去って行った。
それから彼女の言われた言葉が、こだまのように繰り返し、
自己嫌悪に陥って行った。
「あなたじゃ物足りない」男としてもっとも言われたくない言葉の一つだろう。
それからビデオを借りて、同級生のアパートへ行った。
デッキにビデオを入れ、再生ボタンを押した。
そこには、M美ちゃんが安っぽいワンピースを着て、男優とベッドシーンが
繰り広げられていた。
「えっ!こんなことまで??マジか!」
ビデオを見終えてちょっと複雑な気持ちになった。
ちょっと前まで付き合っていた女性が、AVに出演している光景を観ながら、
ショックを隠しきれなかった。
地方から東京に憧れ上京して、明日のスターダムを夢見ていた彼女、
しかしこれが現実だった。
それから瞬く間に噂は広まり、同級生の間ではその話題で持ちきりだった。
月一くらいのペースで彼女のAV作品は発売されるようになり、ビデオレンタル屋で
見つけると借りて、僕の部屋に同級生が集まりビデオ鑑賞会が開かれた。
みんな特定の彼女もいなくて、悶々とした気持ちの中、ビデオに釘ずけになった。
この頃から第1次AVブームの到来を告げることになる。
村上麗奈、後藤まり子、豊丸といった伝説的なAV女優が輩出されていった。
時代はまさにバブル期でもあった。
そんなことがあり1年ほど経過した頃、またまたビデオレンタル屋で彼女の新作を
発見した!
タイトルは「幕張の女」。パッケージにはなんと村西とおる監督の名前が!
有無を言わせず借りて、同級生たちとビデオ鑑賞会を開いた。
驚愕の内容だった!
それは村西ワールド全快で、幕張メッセの近くの空き地で、本番を行うという
とんでもない内容だった。
村西監督の代名詞のひとつ「駅弁スタイル」も披露されていた。
駅弁スタイルとは、女性と抱き合ったまま立ち、まるで駅弁売りのようなスタイルで、
性行為を行うことをいう。
「ついに彼女は、村西監督と共演したか!ついに頂点まで登りつめた。
彼女がもっと上に行きたいと言っていたのはこのことだったのか?」
内心そんなことを思った。
いや多分違うと思う、なんか虚しさとやり切れなさも感じた。
そして時代は、昭和から平成へと移り変わろうとしていた。
ある日、下北沢の一番街商店街を歩いていると、そこでM美ちゃんを見かけた。
DCブランドの服を着て、化粧も派手になったように感じた。
遠くで彼女が歩く姿を見て、僕は何も言わずただじっと彼女の後ろ姿を見ていた。
思えばそれが彼女を見た最後の瞬間だった。
その後の噂では、AV女優をやめ実家に帰ったらしい。
それはまた過酷な運命が待ち構えていたのかもしれない。
そして、バブル崩壊とともに第1次AVブームも去っていくことになる。
昭和から平成に大きく時代が変わろうとした歴史的瞬間に、
僕もまた歴史的瞬間の目撃者になった。
「村西監督と元カノとバブル」その全てが連なっている。
生涯忘れることができないかけがえのないエピソードのひとつである。
「人生は過酷だ。でも美しい」
映画「レスラー」より