人はなぜ人を好きになるのか?
そのメカニズムはこれだけ科学が進歩したいまでも、
解明されてないらしい。
確かに不思議だ。
好きという気持ちは、どこから生まれてくるのだろうか?
やっぱり一番は顔だと思う。あとはフィーリング。
でもそんなものじゃない何か違うものが本当はあるんだと思う。
一体それはなんだろう?
理由なんかどうでもいい。ただ僕はある女性を好きになっていた・・・
平成元年(1989年)11月の下北沢。
当時でいうところの花金!
スタイリストの彼女に告白をして、OKもらって有頂天になった僕。
2軒目の店を出て、さあ次は?というところで、
タクシーがつかまんない。すべてが”賃走”になっていた。
茶沢通りの踏切で、途方に暮れる二人。
僕はそこで最後の決断を迫られる。
「風呂もトイレもない自分のアパートに行くしかない!
でもこれだけはやっちゃいけない・・・これだけは・・・」
最悪なパターンは、「えっ!こんなとこに住んでんの?わたし帰る」なんてこともありうる。
迫り来る葛藤を乗り越え、僕は最終手段に打って出た!
彼女の手を握り、茶沢通りを東北沢に向け歩き始めた。
「どこ行くの?」という声を無視して歩き続けた。
踏切から5分ほど歩いたところにある出雲荘というボロアパート。
「ここどこ?」と聞かれ、「俺んち」と答えた。
築30年以上が経過している木造アパート。
1階には大家が住んでいて、集合玄関から入り2階に上がると4部屋ある。
昔の下北沢にはこんなアパートがたくさんあった。
階段を上がると、ギーギーと音が鳴る。
「すごいところ住んでんのね」
「シーッ」と僕は言った。
実は4部屋のうち、2部屋は友人で、こんなところに女性を連れてきた
ところ見られたら、とんでもないことになってしまう。
静かに静かに階段を上がり、さらに静かに鍵を開けた。
4畳半だけの風呂なし、トイレ共同。
部屋には、簡易ベッドとコタツ、テレビとステレオ。
超小声で、隣に聞こえないように会話した。
少し声を出せば、隣に筒抜け状態。
それでもシラケないように必死に小声で会話した。
でも会話もなくなり・・・僕らは狭いベッドに入り・・・
すっかり静まり返った下北の夜は更けていった。
「バニラスカイ」という映画の中で、ソフィア(ペネロペ・クルス)とデビッド(トム・クルーズ)が出会い、
一夜をともにするシーンがある。
デビッドは、ソフィアの純真な心に惹かれ、釘付けとなる。
翌朝「お楽しみはあとにする」とデビッドは言い、仕事へ出かける。
僕はどちらかというと、「お楽しみはあとにする」タイプじゃない。
翌朝、目を覚ますと彼女は先に起きていた。
夢じゃなかったことにホッとした。
その日は土曜日だったけど、お互い仕事があり、また静かに階段を下りて外へ出た。
やっと普通に会話できるようになった。
下北沢の駅まで歩きながら、何気なく彼女の手を握った。
女性と手をつないで歩くなんて初めてだった。
小田急線に乗り込み、ぼんやり窓外の景色を見る。
すべてが輝いて見えた。
新宿駅に到着して、彼女は京王線、僕は中央線へ。
「じゃあね」と言って、僕らは別れた。
彼女は踵を返し、京王線へと歩き始めた。
僕はその後姿を見えなくなるまで見ていた。
ホームの階段を降りようとして彼女は振り向き、手を振った。
僕も大きく手を振った。
上京して5年弱、こんなすがすがしい朝の新宿は初めてだった。
始まりがあれば必ず終わりがある。
それは当然のことだろう。
でもその頃の僕は、そんな当たり前のこと、まだ知る由もなかった・・・
to be continue episode7.