1985年(昭和60年)、九州の小さな田舎町で生まれ育った僕は、
とにかく田舎が嫌で嫌で、高校を卒業すると同時に逃げるように上京した。
この年は、バブルの入り口と言われている。
その後社会人となり、普通の生活をしていた。
1988年(昭和63年)、昭和天皇下血の報道の中、
自粛ムードが広がり、年が明けた1989年、天皇崩御。
時代は、昭和から平成へと移り変わる。
世はバブル絶頂期。狂乱の時代へと突入していた。
思い起こせば、平成は自分にとって”波乱の始まりだった”!
のちに、3度の結婚を経験することになる。
令和という新たな時代を迎えたいまだからこそ、平成に起きた
すべてを書き残したい・・・
『平成は波乱の始まり!』エピソード2
1989年(平成元年)1月の下北沢。
いつもと変わらぬ光景だったと思う。南口を出れば
ドトール、北口に出るとピーコックがあった。
その頃僕は下北沢の4畳半アパートに住んでいた。
トイレ共同、風呂なし、吹けば飛ぶような造りで
窓外には小田急線が走っていた。
業界人になったらこの街に住むと決めていた。
演劇の街であり、映画・テレビ関係者が多く住み、
毎日が刺激的だった。
しばらくプータローをしていたが、同級生から電話があり、
ある会社を紹介された。
イケイケの若社長が起業したばかりの会社で
音楽プロモ、モデルを起用したPV(プロモーションビデオ)
などを制作していた。
たまにAVの制作もしているらしく、本棚にはパッケージが
置かれていた。
なんだか面白そうで入社することにした。
世はバブル絶頂期、狂乱の時代に突入していた。
仕事も少しずつレベルアップしていった。
夏頃になると、Vシネマの仕事が舞い込んだ!
準備段階から撮影編集を終え、およそ2ヶ月で完成。
オールスタッフ、オールキャストを
交えた打ち上げをすることになった。
プロデューサーから会場を抑えろと言われ、店を探し始めた。
まだインターネットがない時代、ガイド本の店内写真を頼りに
電話をする。新宿三丁目の末広亭近くの居酒屋を抑えた。
当日開始時間より早めに会場へ行き、店に入るなり絶句した!
「店内があまりに汚い・・・」しかも狭くてテーブルしかない。
「マズイ・・・こりゃ大変なことになる・・・」と慌て始めた。
「スタッフだけならまだしも、キャスト陣もやってくる・・・
こんなところに来たらとんでもないことになる・・・」
頭が真っ白になってきた。
じきにプロデューサーがやってきて、店内を見回し怒り始めた。
「お前、いまからキャストも全員来るんだぞ!」と。
そうこうしているうちに役者たちがやってきた。
すぐさま駆け寄り、
「すいません、予約していたお店がまだ準備できてないみたいで、
ちょっとだけこちらでお待ちください」と口からでまかせを言い放った。
「早く違う店抑えてこい」とプロデューサーは小声で耳打ちした。
僕ともう一人の制作進行で二手に分かれ、夜の新宿を
走り回った。
「すいません、いまから予約取れますか?」
「はい、何人ですか?」
「50人くらいです」
「無理だ!」というやりとりを何度も繰り返した。
もう駄目かと思ってたら、もう一人の制作進行が駆け足でやってきて、
「なんとか見つけたぜ」と言った。
ちょい高い店だが背に腹は代えられない。
場所を聞き、最初の居酒屋にいる役者陣を誘導し、
なんとか打ち上げはスタートすることができた。
乾杯が終わり、制作部のスタッフと飲み始めた。
しばらくして、撮影助手の男がなんだかイカシタ女性を連れてきた。
初めは撮影助手の彼女かと思ったら、どうやら違うらしい。
みんなに紹介された女性はスタイリストだった。
僕らの組とはまったく関係ないけど、知り合いの撮影助手に
連れられやってきたらしい。
ほとんどの人間が初対面なんだけど物おじすることもなく、
すべてにそつがない。
その様を遠くて見ていた僕は、なんだか異常に興味が湧いてきた。
それは平成に入って初めての出会いだった!
to be continue