大塚家具的なすべらない話 | コーキのテキトーク

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高級家具で有名な大塚家具、その大塚家具がいま大きく揺れている。




創業者である父とその娘の間で、経営をめぐり、とてつもなく深い確執が生じているのだ。




「悪い子供を産んでしまった」と父は信じられない言葉を発していた。




耳を疑う言葉である。




いつの時代でも、こんなことはあるだろうが、いまから数十年前、




僕は信じられない親と子の喧嘩を目の当たりにした。




それは生涯忘れることができないとっておきの「すべらない話」である。








1989年、僕はお茶の水にある小さな制作会社で働いていた。




仕事の主な業務は、Vシネマ、音楽プロモーション、企業VPなどである。




ある日、早朝からロケに出かけ、昼前に終了した。




会社に帰る途中、昼食をとることにした。




カメラマンが、上野のとんかつ屋に行こうと言い出したので、みんなで行くことにした。





上野駅から徒歩3分ほどの飲食店が立ち並ぶ通りには、昔ながらのとんかつ屋が




4,5店舗軒を連ねていた。




どの店も、昼時で満員だったが、比較的空いている店を選び入ることにした。




この選択が、このあととんでもない光景を見ることになるなんて、誰が思っただろうか?







約30分ほど経過して、やっと席に座ることができた。




その店は、コの字にカウンターがあり、その中でご主人と思える料理人が




とんかつを揚げていた。




見た目からして30代くらい、ひとりでお店を切り盛りしていた。




注文を済ませ、料理を待っていると、二階から初老の親父が降りてきた。




よく見ると、お店の白衣を着ているが、片手にはビールを持ち、真っ赤な顔を




していた。



着ている白衣からして、ここのご主人かなと思えた。




その瞬間、ぶつくさと独り言を言い始めた。




「まったく半人前のくせしやがって・・・誰のおかげで一人前になったとおもってるんだ!」




その言葉を聞いて、先代だということが分かったと同時に、この店の縮図が、




頭の中を駆け巡り始めた。




恐らく、このご主人が店を創業して、若いときは良い腕の料理人だったんだろう。




結婚して、跡取りもでき、順風満帆だったはず。




しかし年をとり、世代交代のときがやってきて、息子に代を譲った。




そこまではよくある話だが、息子がメキメキ仕事ができるようになり、




自分の存在が示せなくってくると、二階の部屋で酒を飲むようになったのだろう。




それでもどこかで、自分も料理人として関わっていたい。



でも老いには勝てない。



誰だって、生涯現役で仕事に関わっていたいものだ。



段々、親父の言葉は過激さを増していった。




「大体、お前がとんかつ揚げるなんて100年早いんだ。この若造が!」




ネチネチと親父の言葉は続いた。




厨房にいた息子は、最初は聞く耳持たぬ雰囲気だった。




しかし親父の悪態は、やまなかった。




そして親父は決定的な言葉を発した。




「お前のとんかつなんて、食えたもんじゃないんだ!」




それを聞いた息子は、、調理の手が止まり、見る見る表情が変化した。





そして、とんかつを揚げてる菜箸を、厨房に殴り捨て、




親父の前に、走ってやってきた。




「そんなこと言うなら、親父がやれ!」





息子は、前掛けのエプロンを親父めがけて投げ捨てた。





「俺は出ていく」と言い残し、息子は店を出て行った。




一同その光景に唖然として、凍りついた!




「えっ!俺たちのとんかつは・・・」と僕はカメラマンに言った。




もうすでに、入店してから1時間近く経過していた。




ここまで待ったんだから、なんとしでもとんかつを食いたい。




それにこの後の動向が気になったので、僕らはそこにとどまることにした。




というより、こんなシチュエーションに立ち会えるなんて、生涯に一度でも




あるかないかだろう。




すると親父は、「まったくしょうがねぇ奴だぁ・・・」と言いながら、




息子が捨てて行った前掛けを拾い上げ、自分の身に着けた。




少しは料理人っぽく見えてきた。




親父は黙って厨房に入り、息子が投げ捨てた菜箸を取り、



とんかつを揚げ始めた。



親父は、腐っても料理人としての意地を見せ始めたのだ。




僕らは、これでなんとかとんかつにありつけると安心した。




その安心も束の間、親父は客に息子の愚痴を言いはじめた。





その時、とんでもない光景を目の当たりにした。




右手には菜箸、左手にはとんかつを盛るためのお皿を持ち、




客に息子のことを愚痴り始めた。




その瞬間、手元の水平が狂い、地面に1個のとんかつが落ちて行った。




親父はそのことにまったく気づかず、平気な顔して、




1個少なくなったとんかつ定食を客に差し出した。




1個がデカいもんだから、客としては堪らない。




その光景を見た僕は「やっぱりお前が一番駄目じゃん」と心で思った。




酔っているせいか親父の包丁さばきは遅く、一人前が出されるのに、




相当な時間がかかる。




入店してから、もう2時間が経過していた。




「もう出ない?」とカメラマンが言ってきた。




「うーん」と曖昧な答えをしていると、なんと息子が帰ってきた。




すると息子は、何も言わずに厨房に入り、とんかつを揚げ始めた。




親父と一切目を合わせず、一言も会話もなく、淡々と二人の調理は始まった。




酔っていた親父も職人魂を見せ始め、軽やかな包丁さばきを見せ始めた。




まるで人が変わったように見えた。




それはまるで、包丁人と包丁人の真剣勝負のように見えた。




「うわっ!すごい、親父やればできんじゃん」とカメラマンが言った。




親子の包丁さばきは、絶妙なハーモニーを奏で始めた。




そしてやっと僕らのとんかつが運ばれてきた。




食事を終えたときは、入店から3時間が経過していた。




長い、とても長い昼食だった!




あれから20数年、いまでも忘れることができない貴重な体験である。




切っても切ることができない親と子。




どんなに確執があろうと、やっぱり親と子は永遠なんだということを




思い知らされた出来事だった。




泥沼の大塚家具だけど、いつの日か親子の関係も雪解けするときがくるだろう。




だってそれが、親子ってものだよね!