封切り二日目に、「永遠のゼロ」を妻と観に行った。
僕より先に原作を読んでいた妻は、感動のあまり、僕に読んでと勧めてくれた一冊である。
「永遠の0」
<物語>
26歳になる佐伯健太郎が、自分の祖母が亡くなり、葬式で祖父が号泣していたことが気になっていた。
実は祖母には、戦時中死に別れた夫がいたことがわかる。
その男性は、宮部久蔵という名で、26歳の時、特攻隊で戦死している。
健太郎は、自分と同じ世代の人間が、国のために死ぬということに、興味を抱いていく。
健太郎は、祖父の宮部のことを知っている戦友たちの元へ行き、宮部という男の生きざまを
探っていく。
誰よりも臆病で、死にたくないと言っていた宮部は、特攻隊に志願し、自ら死を選ぶ。
彼は何故、そんな行為に出たのか?妻子に託した思いとは?
宮部の決断には、意外な結末が待っていた。
■ 「永遠の0」
原作 百田尚樹 2006年出版
百田氏のデビュー作
とにかく読み終えたとき、感動のあまり涙が止まらなかった。
現代人が忘れかけている特攻隊の悲劇を、見事な手法で表現している。
果たして映画は、どんな感動を巻き起こしてくれるのか、ワクワクしながら観に行った。
ただ少しだけ嫌な予感がしていた。
監督は、VFXの山崎貴氏である。あまりVFXとかに傾倒すると、薄っぺらい内容になるのでは?
そんなことが頭をよぎっていた。
2時間24分にわたる上映が終了した。
僕は妻に開口一番こんなことを言った。
「原作はラスト50ページ、涙が止まらなかったけど、映画にはまったくそんな感動がなかったんだけど」
妻も同意した。
相当がっかりの内容である。
この物語の主人公は、まぎれもなく健太郎だと思う。
いわば健太郎は、現代人の代表者なのである。
そこをはき違えると大変なことになってしまう。
現代人の健太郎が、先人たちの時代に起こった戦争の悲劇を改めて、
確かめていくのが根本的な物語である。
一体誰が主人公で、誰の気持ちで観客は見なきゃいけないのか、まったくはっきりしないまま、
終わってしまった。
だからまったく感動しないのだ!
その辺りが曖昧だから、心に響かないと思う。
原作はいいのだが、脚本で失敗している。
正直なところ、VFXのような特撮は、どうでもいい。
それは、「パールハーバー」あたりの駄作にやらせとけばいい。
それよりも大事なのは、心の機微であったり、心理描写である。
あれだけ誰よりも命を大事にしろと言っていた宮部が、どうして特攻隊に志願したのか?
何故彼は、妻への思いを、ある男に託したのか?
もっと丁寧にそのあたりの心理描写を描いてほしかった。
そうすれば、エンディングに繋がる気持ちが大きく違っていたと思う。
最悪、編集でもう少し救えたかもしれない。
色んなスケジュールやしがらみがある中、撮影は進んでいったと思われるが、
編集さえ間違わなければ、最後の感動も違っていたと思う。
僕の中では、今年の映画界注目度ナンバーワンだっただけに、
残念な作品になってしまった。
せっかく良い原作なので、僕がリメイクしたいくらいだ。

