先日、福岡県筑前町にある大刀洗平和記念館を訪れた。
最近こいうった所ばかりに行っているように思われるが、何故か心が引き寄せられてしまう。
突然ではあるが、日本三大合戦と言われる戦いを、ご存じだろうか?
もっとも有名なのは、関ヶ原の戦いである。
二つ目は、武田信玄と上杉謙信が戦った川中島の戦い。
そしてもう一つは、意外にも九州が舞台となった筑後川の戦いである。
筑後川の戦いは、南北朝時代、筑後川を挟んで南北朝が戦った戦である。
戦いののち、傷ついた菊池武光が、刀についた血糊を川で洗ったところから、大刀洗(たちあらい)と
名づけられたという伝承もある。
日本三大合戦に数えられるほどなので、壮絶なる戦いであったことは間違いない。
それからおよそ600年後、ここ大刀洗には、かつて東洋一と謳われた大刀洗飛行場があった。
大刀洗飛行場は、大正8年に完成し、西日本における航空拠点として、戦争終結の昭和20年までの
26年間、歴史的役割を果たしてきた。
昭和20年3月の大空襲により壊滅し、終戦とともに消滅した。
皮肉なことに、南北朝時代、血で血を洗う合戦が行われた場所が、何世紀もの時を経て、
空爆され、尊い命が奪われた。
館内には、戦後発見され、唯一の現存機である「零式艦上戦闘機32型」や
大変貴重なものが展示されている。
またここは、特攻隊も編成され、宮崎から出撃している。
隊員たちの手紙や写真が展示されていて、当時の心境を窺うことができる。
今年は、「風立ちぬ」の影響で、客足が1.5倍に増えたらしい。
この日も、多くの家族連れが訪れていて、食い入るように展示物を見ていた。
僕は30代までは、過去の戦争のことなど、全くと言っていいほど、興味が無かったが、
最近、先の戦争は何だったのかということに大変興味が湧いてきている。
こんなところに来れば、日本人なら胸が締め付けられそうな気持ちになるのは当たり前である。
自分だったらこんな苦しみを受け入れることができるだろうか?と常に思う。
見学を終え、車に乗り込むと、妻が録音していた、コブクロの曲が流れていた。
僕は聞いたことなかったが、「ここにしか咲かない花」という曲だった。
「この曲、まるで戦死した人たちのことを歌っているみたい」と妻が言った。
よく聞くと、確かに、さっき体感した特攻隊員たちの気持ちとシンクロしてきた。
一度聞いて、もう一度聞き直してしまった。
確かに偶然と思えないような、歌詞だった。
作詞:小渕健太郎
作曲:小渕健太郎
何も無い場所だけれど ここにしか咲かない花がある
心にくくりつけた荷物を 静かに降ろせる場所
空の色映し出した 瑠璃色の海 遥かから聞こえる
あなたの笑い声は よく聴けば 波の音でした
寂しさ隠せずにいるなら 一人になればいい
囁くほどの声で呼んでいるのは いつも同じ名前
あの優しかった場所は 今でも 変わらずに 僕を待ってくれていますか?
最後まで笑顔で(笑顔で) 何度も振り返り(手を振り)
遠ざかる姿に 唇 噛み締めた
今はこみ上げる 寂寞(せきばく)の思いに
潤んだ世界を拭ってくれる 指先を待っている
影が教えてくれるのは そこにある悲しみだけじゃない
うつむく顔を上げて 振り返れば そこにある光に気付くだろう
同じ数の出会いと別れ でも割り切れなくて
余るほどの想い出を いつまでも 胸に咲かせながら
雨上がりの道は 泥濘(ぬか)るむけれど
今ここに 生きている証を刻むよ
どうかこの涙を(この涙を) しおれかけの花に(心に)
喜びの彼方で もう一度 咲けるように
願いは海風に吹かれて 大空へ
やがて小さな虹をわたるよ いつの日か その足で
ここにしか咲かない花 ここにしか吹かない風
ここでしか聴けない歌 ここでしか見えないもの…
ここにしか咲かない花 ここにしか吹かない風
あの優しかった場所は 今でも 変らずに 僕を待ってくれていますか?
ふいにこみ上げる(こみ上げる) 寂寞の想いに(想いに)
潤んだ世界を拭ってくれる
雨上がりの道は 泥濘るむけれど
今ここに 生きている証を刻むよ
いつかこの涙も(この涙も) 寂寞の想いも(想いも)
忘れ去られそうな 時代の傷跡も
燦然(さんぜん)と輝く あけもどろの中に
風が運んで星にかわる そんな日を待っている
自分の命を顧みず、一身に祖国のために命を捧げた若者たちが、
いまこの時代を見たら、どんな風に思うのだろうか?
この歌は、そのことを問うているように思えてならない。



