唐揚げ専門店発祥の地として、いまや全国的に有名になった大分県宇佐市。
最近では、「カラアゲUSA」という映画製作の記者発表も行われ、飛ぶ鳥落とす勢いだ。
そんな宇佐に、こんなところがあった。
何故、宇佐に平和資料館があるのだろうか?
歴史を紐解くと意外なことが分かった。
このゼロ戦は、今年公開される「永遠のゼロ」にも登場する。
「永遠のゼロ」は、特攻隊員たちの苦悩や生きざまを描いた作品である。
実はここ宇佐にも、特攻隊と深い関係があった!
<歴史>
昭和14年10月、宇佐海軍航空隊は、艦上爆撃機、艦上攻撃機の搭乗員育成のため、
練習航空隊として開隊した。
卒業後は実戦部隊へ送り出され、真珠湾攻撃などにも参加した。
敗戦が色濃くなってきた昭和20年2月には、神風特別攻撃隊の中継基地にもなり、
多くの攻撃機が宇佐に集まった。
また宇佐でも、神風特別攻撃隊が編成され、154名もの搭乗員が特攻出撃して、
戦死した。
市内には、滑走路跡地や爆弾が投下された池など、戦争の爪痕が現存する。
最近、「永遠のゼロ」を読んで以来、鹿児島県の知覧に行きたいと思っていたが、
身近にこんなところがあることを知って、驚かされた。
まさか宇佐に、特攻隊基地があったとは・・・
その存在を知ったアメリカ軍は、宇佐に対し空爆も行っている。
館内には、「永遠のゼロ」に使われたゼロ戦のコックピットも展示されている。
これは、CG合成するためのもので、恐らくここの主役の岡田准一が乗っていたはず。
実際のコックピットは、こんな感じだ。
さらに、資料館から車で10分ほどのところに、城井一号掩体壕(えんたいごう)と呼ばれるところがある。
実際ここに、ゼロ戦を格納していた。
宇佐には、掩体壕が多く残されていて、農機具などを置く倉庫として使われている。
さらに、慰霊碑が設置されていて、戦死した特攻隊員たちの名前も刻まれていた。
僕自身、自らの命を引き換えに、敵の戦艦に体当たりする行為を美化しているわけではない。
しかし、家族や親兄弟のため、純粋に命を捧げた若者たちの想いは大切にしなければ、
ならないと思う。
いま、尖閣諸島や竹島の領土問題で、弱腰の態度をとっている日本だが、
祖国のために命を捨てた人たちがいたことを忘れないでほしい。
決して戦争を美化してはいけないと思うし、もうこんな悲惨な戦争は、ないと思う。
だからこそ、語り継がないといけない。
島根県松江市の小学校は、「はだしのゲン」の貸出を制限したらしいが、
大変危険なことだと思う。
年々、戦争体験者が減っていく中、悲惨な戦争を描いた本は、非常に大切である。
今年は、戦争に関する映画目白押し。
その集大成が、12月に公開される「永遠のゼロ」である。
かなり期待しているのだが、挿入歌にサザンの曲を使っているが、ちょっと雰囲気が
合わないんじゃないだろうか?
ほんの68年前に、こんな日本人がいたことを痛感できる映画であってほしい。









