「なんか、僕の嫌いな長渕剛の歌みたいなタイトル付けちゃったけど・・・
そんな右翼っぽい話ではないので・・・」
話は、先日行われた、朝青龍の断髪式。
テレビで見ていて、中々面白かった。
いままでいろんな話題を提供してきた朝青龍だが、いざいなくなると
寂しいものである。
地方巡業のズル休みからはじまり、六本木での暴行事件まで、連日ワイドショーを
賑わせた。
断髪式を終え、記者から一問一答の質問があったが、その中で印象的なことを言っていた。
Q.「生まれ変わったら何に生まれ変わりたいですか?」
朝青龍 「今度生まれ変わったら、大和魂を持った日本人に生まれ、横綱になりたい」
この言葉を聞いて、大変ショックを受けた。
朝青龍は、ちゃんと分かっていた。自分が何者で、何をしようとしているのか、
はっきりと理解していたのだ。
そのことが、逆にショックだった。
一連の事件の根底にあるのは、この「大和魂」である。
これこそが、諸悪の根源である。
どんなにどんなに稽古を積んで、強くなったとしても、外国人の力士が、大和魂まで
身につけることなんてできるわけがない。
それは、当たり前のことである。
僕が、アメリカに行って、アメリカンスピリットとか言われても、理解できるわけがなく、
ましてや、大和魂という非常に不可解極まりない言葉である。
何故、「大和魂」が相撲界にとって、諸悪の根源かというと、
相撲協会は、外国人力士を容認した時点で、大和魂を捨てなければならなかった。
頑なに大和魂を言うのであれば、外国人力士を容認しなければよかったと思う。
しかし、日本相撲協会という大きな船は、日本人力士も外国人力士も乗船させ
動き出した。
もうあとには、戻れない。
僕の考えだが、外国人力士が当たり前になったのだから、もう古い考えを捨てて、
思いっきりパフォーマンスした方が、いいと思う。
朝青龍の話に戻るが、彼は、横綱になって、最高峰の地位を与えられても、
もがき苦しんでいたんだと思う。
横綱という称号を得ても、「大和魂」は、手に入れられない。
優勝を重ねていけばいくほど、周りの期待は高まり、「大和魂」を
意識していくようになったのでは・・・
悲しき、横綱の宿命だったのだろうか?
彼の一言は、聞き流せない、深い意味が込められていた気がする。
日本相撲協会という船は、これから何処へ行くのだろうか・・・