激動の1989年 | コーキのテキトーク

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2007年に公開された映画「バブルへGO!」は、1990年へタイムスリップする話だが、


今回は、その1年前、1989年に起きたことを書く!



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■2007年製作 「バブルへGO!!」


結構この映画馬鹿馬鹿しくて面白いよ!



この年に起きたことは、鮮明に覚えている。


何故なら・・・・


この年は、自分にとって激動の年であった!




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■ 昭和天皇の崩御


時代は、昭和から平成へ


そう・・・この年、1989年は、平成元年である。


続いて・・・



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■ 手塚治虫氏 逝去


子供の頃から、ずっと読み続けてきた大好きな漫画家であり、大変尊敬していた。


好きな作品は、「ブラックジャック」「火の鳥」「どろろ」「ブッダ」など


そして・・・



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■昭和の歌姫 美空ひばり


昭和を駆け抜けた歌姫・美空ひばりが亡くなった。


前年に、東京ドームのこけら落としとして不死鳥伝説を行う。



この年、自分は、東京文京区にある小さな制作会社に入社する。


その会社では、音楽PVやVシネマ、企業VPなどを制作していた。


特に、三井不動産のVPは、バブルという時代の反映を受け、


破格の予算で受注していた。


中でも・・・



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■Vシネマ「ストロベリータイムス2」


その頃自分は、「ストロベリータイム」というシリーズもののVシネマの助監督を


やっていた。


とにかく低予算の映画であるが、勢いだけはあって、朝から晩まで撮影して、


夜中に終わっても飲みに行く毎日だった。


とにかく映画界の人間は、常識は通用しない人ばかりで、


普通であることは、恥と思え!と、よく言われた。


金は無いが毎日が楽しい時代だった。


映画は、まったくどうでもいい内容だったが、脚本家は、「踊る大捜査線」でブレイクした


君塚良一氏である。


ストロベリータイムス2がクランクアップしたのが、9月の終わりころだったと思う。


10月は、編集作業に追われていた。


そんな時、映画の打ち上げに来ていたスタイリストと出会う。


同い年の九州出身、お互い感性が似ていて惹かれあった。


その後、何度かデートに誘ったが、断れる。


向こうは、蝶よ花よの世界であるスタイリスト!


こっちは、しがない助監督!


不釣合いであるが、諦めきれなかった!


そんな時・・・僕ら映画仲間を震撼させることが起きた!



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■ 松田優作 享年39


松田優作の死


この人に憧れ映画界に入り、いつかこの人と仕事をしたいと思っていた。


1989年11月6日 逝去


亡くなるちょっと前に、遺作となった「ブラックレイン」を見たばかりだった。



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■「ブラックレイン」


優作の鬼気迫る演技に圧倒された。



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多分、こんな役者はもう出てこないと思う。



優作が通っていた下北沢のレディージェーンにも行ったし、多摩霊園にも行った。


優作が亡くなって、気持ちが落ち込んでいたとき、スタイリストとデートの約束がとれ、


二人でブラックレインを見に行った。


僕は2回目だが、彼女は初めて見る映画だった。


映画のあと一緒に酒を飲んだと思う。


結局僕らは、その後一緒に生活するようになり、翌年1990年に結婚する。


とにかく、80年代の終わりから90年代初頭は、僕にとって激動の年であった!