2007年に公開された映画「バブルへGO!」は、1990年へタイムスリップする話だが、
今回は、その1年前、1989年に起きたことを書く!
結構この映画馬鹿馬鹿しくて面白いよ!
この年に起きたことは、鮮明に覚えている。
何故なら・・・・
この年は、自分にとって激動の年であった!
時代は、昭和から平成へ
そう・・・この年、1989年は、平成元年である。
続いて・・・
子供の頃から、ずっと読み続けてきた大好きな漫画家であり、大変尊敬していた。
好きな作品は、「ブラックジャック」「火の鳥」「どろろ」「ブッダ」など
そして・・・
昭和を駆け抜けた歌姫・美空ひばりが亡くなった。
前年に、東京ドームのこけら落としとして不死鳥伝説を行う。
この年、自分は、東京文京区にある小さな制作会社に入社する。
その会社では、音楽PVやVシネマ、企業VPなどを制作していた。
特に、三井不動産のVPは、バブルという時代の反映を受け、
破格の予算で受注していた。
中でも・・・
その頃自分は、「ストロベリータイム」というシリーズもののVシネマの助監督を
やっていた。
とにかく低予算の映画であるが、勢いだけはあって、朝から晩まで撮影して、
夜中に終わっても飲みに行く毎日だった。
とにかく映画界の人間は、常識は通用しない人ばかりで、
普通であることは、恥と思え!と、よく言われた。
金は無いが毎日が楽しい時代だった。
映画は、まったくどうでもいい内容だったが、脚本家は、「踊る大捜査線」でブレイクした
君塚良一氏である。
ストロベリータイムス2がクランクアップしたのが、9月の終わりころだったと思う。
10月は、編集作業に追われていた。
そんな時、映画の打ち上げに来ていたスタイリストと出会う。
同い年の九州出身、お互い感性が似ていて惹かれあった。
その後、何度かデートに誘ったが、断れる。
向こうは、蝶よ花よの世界であるスタイリスト!
こっちは、しがない助監督!
不釣合いであるが、諦めきれなかった!
そんな時・・・僕ら映画仲間を震撼させることが起きた!
松田優作の死
この人に憧れ映画界に入り、いつかこの人と仕事をしたいと思っていた。
1989年11月6日 逝去
亡くなるちょっと前に、遺作となった「ブラックレイン」を見たばかりだった。
優作の鬼気迫る演技に圧倒された。
多分、こんな役者はもう出てこないと思う。
優作が通っていた下北沢のレディージェーンにも行ったし、多摩霊園にも行った。
優作が亡くなって、気持ちが落ち込んでいたとき、スタイリストとデートの約束がとれ、
二人でブラックレインを見に行った。
僕は2回目だが、彼女は初めて見る映画だった。
映画のあと一緒に酒を飲んだと思う。
結局僕らは、その後一緒に生活するようになり、翌年1990年に結婚する。
とにかく、80年代の終わりから90年代初頭は、僕にとって激動の年であった!







