大成功を収めた!
「剣岳 点の記」
監督 木村大作
出演 浅野忠信 香川照之 仲村トオル 松田龍平 宮崎あおい ほか
物語 明治40年、軍から測量官・柴崎芳太郎 に、当時前人未到だった
剣岳の測量の依頼がある。
当時不可能といわれた剣岳に命を賭けた男たちの物語である。
昨日、「剣岳 点の記」で、初監督を務めた
木村大作監督が来社して、映画制作現場のこぼれ話や
もの作りについて講義があった。
こんな機会は、もう二度とない!
木村監督の経歴を簡単に説明すると・・・
1939年東京生まれ 現在70歳
18歳のとき、黒澤組に、撮影助手として参加。
以来、宮川一夫カメラマンのもと、「どですかでん」まで
黒澤組にて撮影助手を務める。
黒澤組を離れてからは、降旗康男監督や岡本喜八監督、
深作欣二監督など、日本映画界を代表する監督の
撮影を担当。
撮影として参加した主な作品 「駅 Station」 「鉄道員(ぽっぽや)」 「日本沈没」「八甲田山」など
日本映画界の黄金期から斜陽の時代、そして現在の日本映画界の盛り上がりを
つぶさに見てきた、大変貴重な映画人である。
50年近い撮影を担当したのち、70歳を前に、「剣岳 点の記」を初監督!
そんな、映画界の栄枯盛衰を見てきた貴重な人物とお話をすることができた。
とにかく、よくしゃべる人で、1時間の講義のあと質疑応答の予定だったが、
1時間30分くらい、しゃべり通し、司会者が慌てて、止めに入ったぐらい。
もうこんなタイプの映画監督は、日本にはいない!
と、思う。
いま若手の映画監督は、良い作品は作るかもしれないが、人間的には
魅力を感じる人がいない。
その中、御年 70歳の木村監督は、バイタリティーに溢れ、人懐っこく、
愛情があり、何より人間的である。
「俺は、この映画を撮って死ぬんだ!」
それくらいの思いでこの映画を完成させたそうである。
何度も言うが、こんなタイプの映画監督は、いない。
深作監督が「バトルロワイヤル」を撮っていたとき、
何度が、メーキングの風景を見たが、この人も
同じようなタイプで、バイタリティー溢れる人だった。
自分も、こんな生き方できればなぁ・・・
と、何度も思った!
これが男の生き方だね。
講義のあとは、監督を囲み、30人くらいでお酒を飲んだ。
飲み屋でも、監督の独壇場で、とにかく、食べるのも忘れ
延々としゃべり続けた。
おかげで、いろんな俳優たちのこぼれ場話や黒澤監督、降旗監督のことを
聞くことができて大変充実したひとときだった。
別れ際に、今後の活動を聞くと、はっきりした答えは、明言されなかったが、
次回作の準備を進めているような、口ぶりだった。
70歳になっても、自分のスタイルを崩さない男の生き様に乾杯!
