飽きた。
毎日食べてるインスタントラーメンに飽きた。
部屋のBGMにすらならないテレビ番組に飽きた。
そしてただ家と職業訓練校を往復する、それだけの毎日。
そんな人生そのものに飽きた。
で、ふと思ったのだ。
「なぜ人間には”飽き”という心理作用があるのか」
考察してみた。
今、俺の目の前にA、B、C、D、
4種類の食料があったとする。
このうち俺はAを好んで食べたとしよう。
果たして人間の味覚の好き嫌いに、
そこまでの合理的理由があるかどうかは不明だが。
ここではAが最も栄養価が高く、
繁殖に有利であるが故に、俺はAを選び取ったと仮定する。
普通に考えれば。
最良の選択肢であるAを飽きることなく食べ続けた方が、
個体維持、種の保存において有益であるようにも思える。
だがしかし。
何らかの環境的要因で上記4種類の食料のうち、
Bしか得られなくなってしまったとしよう。
俺の消化機能がAしか受け付けなくなっていたならば、
俺はたちどころに餓死してしまう。
ところがだ。
もし俺がAに飽きてB、Bに飽きてC、Dと、
4つ全てに食指を伸ばしていたならば。
A、B、C、D、どれが絶えても、
残りの食料で俺は生き残ることが出来るだろう。
そしてそれは摂食行為に限らず、
生命活動全般について言えることである。
以上より結論。
人間の”飽き”という心理作用、
それは生存競争におけるリスクマネジメントなのである。
多分。