今思えば、笑ってしまう話だ。
かつて俺は、日本で一番頭が良かった!
幼少期、少なくとも俺はそう信じて疑わなかった。
小学校の教師である父親は実に教育熱心だった。
父が英才教育を通じ、俺にそう思い込ませたのだ。
小学中学、俺は勉強に関しては負けなしだった!
いや、実際には塾に学校に、
少なくとも自分と同等に勉強が出来る秀才は何人かいただろう。
しかし俺は、決してそれを「負け」とは認めなかった。
県内随一の進学高に進み、
俺の相手は好敵手から数字へと変わった。
校内模試学年47位、43位、25位…
若すぎた俺にとって「成果」とは、
まさに「努力」に正比例するものであった!
そして俺は2浪の果てに、平々凡々な私大へと進んだ。
ものの見事に大学受験に失敗したのである!
しかし受験勉強に青春の全てを捧げた俺にとって、
その現実は到底受け入れられるものではなかった。
こんなはずではない…
こんなんで終われるはずがない…
大学2年時、俺は国税専門官試験を志した。
別に国税専門官になりたかった訳ではない。
動機は極めて不純、
「大学受験の雪辱を晴らしたい!」
そして公務員試験予備校にて、
高校の同窓、甲氏と机を並べることになる。
甲氏とは高校時代より極めて親しい仲でありながら、
勉強の相手として意識したことは全くなかった。
初めて受験の好敵手として見る甲氏。
そして俺は、まさに規格外の才能を目の当たりにすることになる!
甲氏は別格であった!
他に形容が見つからない。とにかく何もかもが別格だったのだ!
例えば「数的処理」なる知能教科がある。
中学の数学を極めて難しくしたような、最重要教科の一つだ。
一般に合格に必要な正答率が4割と言われる中、
俺は比較的優秀な方だろう、常時7割の正答率を誇っていた。
しかし甲氏はこの教科、常に満点を獲るのだ!
本試直前模試ではついに全国1位!
長い付き合いながら知らなかった…これが甲氏か!
法律系科目、経済系科目、政治系科目…
どれ一つとっても甲氏の足元にも及ばない。
もはやまるで次元が違うのだ!
相手は数字ではない、生々しい人間だ!
自分の才能を思い知るに、これ以上説得力ある壁はなかった。
そして本試。
国税専門官を始め、俺は全敗であった。
かたや甲氏は、国家Ⅰ種試験に合格した。
わずか半年の勉強でだ!
しかし、一体どんな事情があったのかは知らない。
甲氏は国家Ⅰ種内定を辞退、県庁へと進んだ。
どうしようもないやりきれなさ、俺は激昂した。
「俺が飛んでも跳ねても、たとえ死んでも適わない、
そんな甲氏でさえ、結局国Ⅰキャリア官僚じゃないのかよ!
じゃあ俺は一体何だ?
自惚れあがった、ただのクソじゃねえか!」
あれからもう10年か。
恥ずかしながら、現在俺は無職である。
もしあの時、甲氏と机を並べることがなかったら、
俺は今頃どうしていただろう?
いまだ自分の才能を頑なに盲信し、
公認会計士でも目指していたのだろうか?
とある就労支援機関を頼り、再就職活動をしている。
若き日の思い上がりはもうない。
自分に合っていれば、どんな仕事でも精一杯勤めたい。
俺は自分の身の程を知っている!
甲氏が教えてくれたのだ。