運転手
「ははは、お客さん、久喜なら8,000円で行っちゃうよ」
そう、貧乏人の俺は、
タクシーなど乗ったことがない。
大宮から久喜までタクシーでいくらかかるか、
そんなこと知る由もなかった。
タクシーに揺られながら、
運ちゃんと延々と話していた。
何を話したかなど覚えていない。
しかし普段、
俺が知らない人に口を開くことなどあり得ない。
泣きたくなるほど心が満身創痍だったのだろう。
久喜駅でタクシーを降りた午後8時半。
家まではチャリで30分。
最後の力を振り絞りチャリを飛ばす。
俺にはある目論みがあった。
「昆布には大量のヨウ素が含まれる!
昆布でヨウ素を摂取すれば、
被爆症状を軽減できる!
それを父、母、妹、祖母、友人たちに伝えるんだ!!」
すがる藁にもなり得ない。
福島がチェルノブイリと化していれば、
もはや手遅れなのは分かりきっていた。
しかしそんな希望とも呼べぬ希望が、
体力的・精神的にとうに限界を越えた俺を、
そしてチャリを漕ぐその足を、
かろうじて支えていた。
請い焦がれた自宅まであと10分!!
(続く)