どうも、あたくしでございます。

 

 

2話目からネームを全部やり直して大幅に遅れたため

今月の漫画更新は無いです。

 

 

 

 

 

 

完成するまで語ることもないんで前々回の続きを。

 

前々回の後編に当たるので未読の方はこちらから読んでください。↓

 

 

 

 

 

 

 

  失われゆくコマ割りの技術②

 

 

 

前回コマ割りの奥深さについて熱弁を振るったわけですが

ブログ読者の方に質問があります

 

 

 

 

最近紙の漫画読みましたか?

 

 

 

 

 

どうでしょうか?

昔は読んでたけど今は紙の漫画読んでないって人多いのではないでしょうか?

 

斯くいう私も紙の漫画本はほとんど買ってないです。

 

あんなに好きだったのに、あんなにページをめくることにわくわくしたのに

 

コミックス買ってない。

 

なぜなのか?

 

理由を一つずつ紐解いていきます。

 

 

 

 

 

■PC、スマホ、タブレットの普及

 

まず漫画全盛期の80~90年代頃はメディアの媒体は基本紙でした。

あとはテレビ、ラジオ、これだけです。

特に漫画を読む媒体は紙しかなかったのです。

全人類が紙で情報を得ていた時代です。

この土壌があったことで本での見開きでコマ割りのあるページという

漫画文化が醸成されて行きました。

庶民の暇つぶしと言えば漫画と言えるほど猫も杓子も読んでましたね。

 

 

 

 

2000年代

モニターが高解像度化し、ネットが普及してきます。

そうなると情報を得る媒体が紙だけではなくなりました。

しかしまだみんながPCを持ってるわけでもなく、

手軽ではないのでまだ紙の漫画が主流です。

 

 

 

 

2010年代

スマホが登場してきます。当たり前のようにほとんどの国民が持ってます。

あらゆる情報は紙ではなくこの端末から得る時代になりました。

もはや紙ではなく画面で文字や写真、絵を見るのが主流になります。

 

これは時代の流れであって止められません。

漫画もスマホで見ることを前提に作られる時代の過渡期に今あると思います。

読書用のタブレットもありますが、持ってる人は少数派です。

あくまでスマホなんです。

 

 

 

最近電車で縦読み漫画読んでる人居ますよね?

逆に電車で紙のジャンプ読んでる人ほぼいません。昔はすごい居たし、

ホームレスが駅のごみ箱から漁って売りさばいてました。

 

 

 

 

時代が変わったんですね。

 

 

 

 

 

 

縦読み漫画、読んだことありますか?

 

 

基本的に一画面に一コマしかなく抑揚がないので

時間の流れが一定なんです。よってすごく単調でなかなか没入できません。

コマ割りという概念はほぼ無いです。

滝のように指で流して、まさに流し読みです。

 

 

そもそもスマホの画面が小さいので入れられる情報も少なくなり

一つの画面で緩急がつけられないです。

やろうとすればある程度できると思いますが、それでも左右見開き形式の迫力は

出せないです。

 

従来の漫画が左右上下に視点を動かすのに対して、スマホで見る前提の漫画は

上から下に落ちるだけです。紙芝居に近いです。

 

映像として脳内で再生されるのではなくセリフや文章がメインとなり

絵は挿絵のようなものです。

 

 

 

そこに時間の流れは無い。

 

 

 

 

そういう作り方がダメというわけではないです。

大衆に見てもらいたいならスマホで見せることを前提にしなければならないし

これからは縦読みでいかに緩急をつけるかという技術が醸成されていくでしょう。

かなり難しいですが。

 

 

 

じゃあ見開き形式の漫画は廃れるのか?

となりますが、これはこれで残ると思います。

 

 

 

ジャンルによって使い分けられる時代が来ると思います。

重厚なストーリーのもの、アクションメインのものは見開き形式の方が合ってます。

 

 

 

エッセイや体験談系、キャラクターをただ見せるだけの漫画など

映像としてではなく内容が伝わればいい漫画は縦読みの方が良いです。

なにしろ手軽に読んでもらえるので。

 

 

 

 

ただし、コマ割りをしっかり計算して描ける作家は確実に減っていくと思います。

 

 

 

 

ここまでがスマホの登場でコマ割りの技術が消えていく理由です。

 

そして情報は画面で見るという習慣がすっかり身に付いてしまった私自身もまた

アナログな紙の本と縁が無くなってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

■SNSとyoutubeでのコンテンツのファストフード化

 

 

 

コマ割りが消えていく理由はまだあります。

 

 

 

一昔前はみんなが漫画を読んでました。

私自身もアホみたいに読んでました。でも今は読んでないです。

 

では漫画を読み漁ってた時間を今は一体何に費やしているのか?

 

 

 

 

私の場合ですが

だらだらとツイッターのタイムライン見たり、

youtubeの毒にも薬にもならない動画をだらだら見てしまっている。

 

しょーもない大喜利みたいなツイートを延々とスクロールして

10分以内の短い動画を次から次へと再生している

(大体がレトロゲームの動画とかおっさんほいほいのヤツ、オカルト、都市伝説系など)

 

 

 

1日の余暇時間を合計すればコミックス5冊ぐらいは読めそうです。

 

しかし現実はだらだらネット見て一日が終わるのです。

 

 

時間はあるのに細かい端的なコンテンツしか見ない

 

 

時間はあるが気力がない

 

 

 

 

 

もうみんな腰を据えて作品を読む元気がない

 

 

 

 

 

紙の本読まない理由の一つはこれなんですよ。

短い動画しか見る気がしないので2時間の映画も見なくなっている。

 

ネット社会に毒された現代人はこのように調教されているのです。

 

頭も使いたくないし、長時間集中したくない。

休憩時間くらいは楽で気持ちいい方向に流れたい。

みんな疲れてるんです。

 

 

 

推しのチャンネルとか、知ってるゲームの動画とか、

すぐに楽しいインスタントな作品が好まれるのです。

 

 

 

それは漫画にも当てはまっていて、長い作品はまず読まれない。

SNS映えする、パッと見てすぐ伝わるもの、

1~4ページぐらいで収まるものしか見ない。

 

 

 

そもそもコマが割れてる必要すらない

 

 

 

 

ただかわいい、ただエモい、共感性がある、感情を揺さぶる、意外性がある

そんなシーンを断片的に描くだけでいいんです。そこに物語は要らないんです。

ハイライトでいいんです。

 

 

 

面白くなるまでが長い作品なんか読む気力がない。

 

 

 

 

 

物語よりもキャラクターに偏重したコンテンツが人気なことも

コマ割りの衰退につながってます。

 

キャラ属性を見せるのにコマ割りなんか邪魔です。

1ページでキャラの魅力をポスターのように構成すればいいんです

 

絵に吹き出しがあればそれでいい

 

その方が見る方も楽なんですよ

 

SNSとスマホ、この組み合わせから導き出したエンタメの最適解は紙芝居なんです。

一コマ漫画こそ疲れた現代人が求めるコンテンツなのです。

 

 

 

 

 

 

今の子供は漫画を読みません。しかしアニメや動画は見てます。

常にswitchやスマホでyoutubeを見てます。

 

 

白黒の漫画がもう無理だそうです。

音も出ないし動かない。想像力を使うのが疲れるんです。

動画になってないと受け付けない体になってます。

 

 

 

頭を使わないファストフード的コンテンツはyoutubeでも人気です。

カラーのイラストに音声と吹き出しを付けた紙芝居ですね。

これが結構再生数稼いでるし、自分も見てます。

 

 

 

漫画は読まないけど紙芝居動画は見てしまう、こんな人多いんじゃないですか?

 

 

 

文章やセリフを読んで頭の中で想像するのは疲れます。

しかし音声がつけばスっと頭に入ってきます。

色も白黒から想像するのは疲れます。色がついていることで楽に頭に入ってきます。

動画なので自動で再生され、終始受け身で楽しめるわけです。

 

 

 

 

こんな楽なコンテンツがあふれている現代で

コマが細かく割られた白黒の無音声の漫画を好んで見るか?

 

 

 

 

見ないですよ。

 

 

 

つまり従来の見開きの漫画スタイルは

かなり気力の居るコンテンツになってしまっているんです。

 

ちょっと前は小説は苦手だけど漫画は読めるって時代でした

 

今は漫画は苦手だけど動画なら見れるって時代です

 

 

 

現在は昔漫画を読んでいた大人が人口のボリュームゾーンになっていて

見開き漫画の需要はまだありますが、

このまま子供が漫画離れしていくことを考えると

見開きスタイルの漫画の将来性はかなり厳しいと予想しています。

 

 

 

 

漫画は読む側にもある程度の慣れを要求します。

紙芝居動画や一コマ漫画しか読まない世代が大多数を占めた時

緻密に練られた映像をコマに落とし込んだ作品を作る意味はあるのでしょうか?

 

 

 

 

費用対効果を考えるとどこかで見切りをつけなければいけない時が

来るかもしれません。

 

 

 

物語やキャラクターを売り込むのに必ずしも

従来の漫画形式である必要はないんです。

 
 
 
 
 
じゃあなんでお前はクラシックな漫画描いてんだって話ですね
 
 
 
 
 
やっぱり漫画の技術ってすごいと思ったからです。
この技術が消えていくのは寂しい。
自分が好きな90年代のノスタルジーが私を突き動かしてます。
 
 
 
 
技術も実績もない4.5流漫画描きが口にするには大変おこがましいですが
コマ割りというか、見開き漫画表現そのものの未来についての私見を述べてみました。
 
 
 
 
最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
 
 
 
 
 

二月もう終わるよ

やべえよやべえよ

 

 

どうもこんちわっす

 

 

てるてる坊主13話アップしました。

未見の方は下からどうぞ

 

 

 

 

前回のコマ割りについてのコラムの続きは後日書きます。

 

 

 

導入なんで話の内容は無いんですが

今回でまた得るものがありました。

今回はまだそのメソッドを生かせてないので

次回の話以降よりクオリティが上がると思います。

 

まあ反省は全話終わってからにします。

 

今回の話「missing」は全4話となります。

 

 

 

 

 

  完成してからも調整が入る

 

 

 

毎回の漫画制作の作業で個人的に難しい点を一つ挙げます。

 

 

 

それは最後のセリフ修正です。

 

 

 

当然脚本からネームの段階まで何度も吟味するわけですが

仕上げてからも手直しが入ります。

 

完成版を読んでみないと違和感に気づかない現象があるのです。

 

作画が完成してからセリフを変えなかった話は一つもないですね。

必ず最後の修正が入る。これがキツイ。

 

具体的な理由は分からないんですが、おそらく完成原稿が一番客観視が

出来る状態なんだと思います。

 

 

創作は客観視が出来なくてはならない。

客観的に見て面白いかどうかです。

 

 

文字だけの脚本を何度読み直しても限界があります。

ネームの状態でもやはり客観視のレベルはMAXではない。8割程度です。

完成版を読んでこそ客観的に作品を見れる。

 

 

そして至らない所が見えてくる。

だから作画が完成してからも2日程度調整に時間がかかります。

吹き出しの位置や大きさ、文字の大きさ、セリフ等、

ネームの段階では見えてこなかった細かいミスが見えてくる。

 

作画で気力が尽きてる状態でこの作業をやるのがキツイです。

 

 

 

データをアップする最後の最後までセリフを熟考します。

語尾が一つ違うだけでシーンがガラッと変わりますから。

 

少しでも面白くしたい。悪あがきしたい。

もがいてもがいて最適のセリフが見えてくる。

そういう時間が最後の最後で襲い掛かってきます。

 

難しい。

 

まあみんなそうなのでしょう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

ところで今回もナオちゃんのセリフがあります。

唐突に関西弁を話してますが、もともとそういうイメージがあったので

関西人という設定で行きます。

 

 

 

 

設定

 

ノリが軽い

霊感がないので幽霊は見えないがオカルトが好き

よって霊感があるすずめを羨ましがっている

すずめはナオの容姿に憧れている

 

中二病

 

 

いずれ二人の関係をもっと深堀した話を描きたいです。

 

日常の親友はナオ、浄霊師としてのライバル兼友人は砕羅となります。

 

 

 

 

そんじゃこの辺で

 

月イチ更新は去年から引き続き継続できればなと思ってます。

 

 

どうも。あけおめっす。

 
シナリオを加筆修正したことで大幅に進行が遅れました。
ページは2ページ増えただけなんで大筋は変わってないですが
まあ良くなったはずです。
 
 
 
 
 
2025年どうですかみなさん。
kof2000から25年ですか。ストライカージョー地獄から四半世紀!
当時はノートに絵や漫画描いてましたが
いまだに漫画描いてるとはねぇ。
 
特に書くこともないんで適当に個人的見解を披露していきますよ。
 
 
 
 

 

  失われゆくコマ割り

 

 

漫画のコマ割りってすごいですよね。

絵の集合体に過ぎないページから脳内で映像が再生されるのです。

しかも音声付きで。

 

これって日本独自の技術で、アメコミとは少し違います。

後者はどちらかというと絵本に近いです。

日本も手塚治虫の頃はまだ小さい絵の集合体でアメコミに近いです。

 

現代日本の漫画は構図とコマ割りでメリハリをつけて

映像を時間と共に紙に落とし込んでるんです。

だからその瞬間の「空気」が読者の脳内で再生されて、
その場にいる臨場感が映像として流れるんです。
同じスピードじゃないんです、BGMが聞こえるくらい緩急の付いた映像です。
この技術を極めればカメラも役者も必要なく
 
誰でも映画監督になれるわけです。
 
紙とペンさえあれば。
 
 
 
あたくしは漫画が好きで昔は呼吸をするように読みふけていました。

その中で自然とコマ割りの技術が身に付いて何も勉強せずに漫画自体は描けました。

 
しかし大人になり漫画を日常的に読まなくなりました。
経験と直感に頼ったコマ割りの技術は時間とともに失われて行きました。
ただ、いつか漫画は描くつもりでいました。
 
時は過ぎ、それなりに自分の絵が認知されてきたものの、
絵師として繰り返しの作業に飽きつつありました。
塗りの技術は高めていくつもりでしたが、やりがいは薄れていってました。
 
 
イラストと並行してネームを描き始めました。
 
 
ストーリーを作る力は別として、コマ割りには自信があったのですが
 
 
 
どうにも上手く割れない
 
 
 
昔は直感でできてたものができなくなっていた。
 
 
テンポを速くしたいところで停滞したり、間を取りたいシーンで
淡々と進んでしまったり、頭の中で作られた映像がネームにすると
その通りに再生されないんですね。全く心に響かないんですよ。
 
商業誌の作品は
話の面白さは別としてこのコマ割りができてない作家は基本居ません。
話はつまらなくても一応脳内で映像として再生されます。
それすら出来ない状態でした。
 
昔は出来たのに・・・・
 
 
一から研究し直しました。
 
 
 
なぜ「間」がとれないのか?
なぜテンポが悪いのか?
なぜ感情が伝わらないのか?
 
 
なぜ脳内でメリハリの付いた映像として再生されないのか?
 
 
 
私の漫画には時間の流れとBGMがない・・・・
 
 
 
 
 
改善メソッドはここでは書きませんが
努力の結果、一応満足のいくものが描けるようになりました。
(話の面白さは別としてね)
何が起きているかを理解するのに時間を取らせるような漫画には
なっていないと思います。
読みやすさだけは自信があります。
 
コマを割る際に気を付けなきゃいけないことが山のようにありました。
それだけ難しい技術だし、ものすごい可能性を持つ技術だと思います。
 
上手い人のコマ割りは
ページ単位で考えられていて無駄なコマ無駄な構図は一切ありません。
コマの大きさ、構図、全てが映像として脳内で再生されることを目的として
デザインされています。
ただの絵の集まりじゃなかったんです。
 
絵に映像としての時間を持たせるにはコマの全てでそのための配慮をして
数ページ単位で調整していたわけです。
 
一からやり直して見えてきました。
 
 
深い。
 
 
よく漫画で原作、絵コンテ、作画と分担されて作品が作られてますが
そりゃそうなるわな。
ネームだけで一つの職業に匹敵するほどの技術が内包されてるんです。
絵は描けるけどコマは割れない人って多いと思います。
 
 
だからこそ一人で全部やってる人はバケモンだと思います。
 
 
そんなバケモンの世界を垣間見てしまった。
 
ちなみに私がコマ割りが上手いと思う漫画家は
 
富樫義博、三浦健太郎、田村由美(昔の時代)、
 
この辺です。
 
何が上手いかって言うと少ないページで
めちゃくちゃ時間の凝縮と解放を詰め込んでます。
特に富樫先生ですね。最近はセリフばっかと思われがちですが
時間の操り方が上手い。極限まで凝縮したかと思えば大胆な大ゴマが見事。
 
 
私ごときが技術的なことを語るのはおこがましいですが
 
 
まじでコマ割りってすごいんすよ。
 
 
この技術は学問として保全すべきだと思ってます。
 
そもそも絵の描き方を教える人は多いですが
コマ割りを理論立てて解説してる人は少ないです。
 
 
しかし
 
 
あたくしは
 
 
 
近い未来、この素晴らしいコマ割りの技術が失われていくのではないかと予想しています。
 
 
 
 
 
次回へ続く↓